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第34話 穏やかな日差しの下で

 シーサーペントの襲撃から数時間後。


 ミリルは湖畔を歩いていった。魚をとりにいったのだ。

 ティオニアは薪を並べて、あとは火をつけるだけという状態にしていた。

 そこへレイフィードが戻ってくる。森に入って食べられる果実や葉物を集めていたのだ。


「ティオさん、お疲れ様です。ミリルはまだですか?」


「ええ。湖をぐるっと一周してくると言っていたし、まだ時間はかかると思うわ」


 レイは集めてきた食物を布袋にまとめてから、ティオの隣に座る。

 ティオはレイの手際の良さに、感心した。


「大したものね。それだけの食物を採ってくるだなんて……一体どこでそんな知識を得たの?」


 ティオのもっともな質問にレイの動きが一瞬固まる。


 貴族の子女が、森の食物に詳しい理由。

 むしろレイの方が知りたいと思った。


「え、と……、あ、その、私の家は裏に森がありまして、こことちょっと似た感じなんですよね!

 もちろん、ここほど大きくはないですけど!! だから自然とですね、ははははははは!!」


「ふぅん。いつか機会があれば、そこへも行ってみたいわね」


「ええ!! そうですね!! 機会があれば!!!」


(どこにも存在しない家と森ですけども!!!)


 ティオはそれなりに興味があるようで、穏やかに微笑んでいた。

 レイは、あははははと笑って誤魔化す。


「と、ところで、さきほどは大丈夫でしたか?

 なにせ、ティオさんはアルフェツリーに連れていかれてしまったんですからね」


 アルフェツリーとは森の中に出現する定番の魔物の一種である。

 周囲の樹と同化し、見た目ではほとんど区別がつかなくなる厄介な森の魔物である。

 しかし、力は弱く魔法や独自の技も扱えないため、危険度は低いEランクの魔物であった。


 レイとミリルは、襲ってきた魔物はシーサーペントではなくアルフェツリーだったと口裏を合わせていた。

 大したことのない魔物に襲われたことにして、ティオの恐怖を和らげようとしたのだ。


「……ええ。その、私は眠っていたから、何も分からないウチに気づいたら終わっていたわね」


「そうですね。ティオさんぐっすりでしたから」


 レイは、ティオを見つけてからもなかなか起きなかったことを思い出していた。

 呼びかけても揺すっても反応は鈍く、ミリルにティオの頬を何度か叩かせてようやくティオは目覚めたのだ。堂の入った眠り姫ぶりであった。


「く、うぅ……どうにか今まで隠してこれたのに……」


 ティオが恥ずかしそうに顔を赤くして俯く。

 レイは、はっとして無神経な発言をしてしまったことに気づいた。


「すみません。……でも、そんな隠すほどのことでもないですよ。

 あ、そういえば、以前ベンチで眠っていたこともありましたね。

 もしかして、お昼寝とか好きなんですか?」


「…………悪い?」


 ティオが赤くなったままレイを見る。


(す、好きなんですね。

 それにしても、寝るのが好きなことがそこまで恥ずかしいものなのでしょうか……?

 乙女心は複雑ですね)


 ティオは言い訳をするように、ぶつぶつとレイが聞いてもいないことを語りだした。


「別にいつも眠いわけではないわ。

 たまにあるじゃない。日だまりの中、じんわりと暖かいときとか、寒い朝、布団の中が暖かいときとか、身体を動かして、適度な疲れがあるときとか。

 そういう時は、まぁ、横になりたくなるときもあるわ」


 結構あるなぁとレイは思い、つい笑ってしまった。

 

「ふふ。しっかりもののティオさんには、意外な趣味があったんですね」


「からかわないでちょうだい。……まったく、だから知られたくなかったのよ」


「いいじゃないですか。ちょっとくらい寝ぼすけさんでも、かわいいと思います」


「……そうかしら。さすがに魔物に連れ去られても、ぐうぐう眠っているのは自分でもどうかと思うわ」


(それに関しては同意します)


「そ、そんなことないデスヨー」


「本当に? 本当にそう思ってる?」


「ハイホントウデス。カワイイトオモイマス」


 レイは極力心の声が漏れないように無心の境地を目指した。




 ◇ ◇ ◇




 ミリルがとってきた魚を焼き、レイが集めた果物と合わせて空腹を満たした。


「……この余った一匹は、もしかして妖精の分ですか?」


 ミリルは魚を4匹とってきていた。

 3人で一匹ずつ食べて、レイは残りをどうするのかと思っていたのだ。


「そだよ。もしかしたら食べにくるかもしれないからね。あと、これ」


 ミリルが荷物を入れた革袋の中から、包みに入れていたクッキーを取り出した。

 焼いた魚の隣に包を広げてクッキーを置く。


「ね? これでバッチリ!」


(何がバッチリなんでしょう……)


 満足気にやりきった顔をするミリルを見て、レイは苦笑した。


「それにしても」 


 ミリルが穏やかな日差しの下、気持ちよさそうに眠るティオに視線を向けた。


「……ティオさん、豪胆だよね。一応シーサーペントとは知らないまでも、魔物に襲われたっていうのは話したはずなのに。

 それでも、またすやすや寝るなんて」


 ティオは、3人で食事を採ったあと、しれっと横になった。

 レイに話したことで、完全に開き直ったようだ。


「なんだか私も眠くなってきちゃったな」


「皆で昼寝もいいですけど……」


 レイはティオの顔を見て、眠っていることを確認する。

 念のため、ティオには聞こえない程度に声を抑えた。


「ミリル、シーサーペントが私たちを襲ったとき、最初はどういう状況から始まったのですか?」


「……あのとき、言ったとおりだよ。急に現れたの。何もない空間からね」


 目の前にシーサーペントがいたときは考えがまとまらなかったが、今はレイもミリルもその意味するところに心当たりがあった。


「魔物召喚、ということでしょうか?」


 レイの言葉にミリルが頷く。

 魔法使いの中には、攻撃魔法や補助魔法、回復魔法などある程度の種類があるが、魔物の召喚魔法といったものも存在している。

 自分の実力以上の魔物を召喚することはできないため、あまり研究が進められていないマイナーなジャンルだ。


「うん。それもかなり高位のね。低級の魔物ならまだしも、シーサーペントだから。それも2体同時に。

 ……私は召喚については専門外だから詳しくはわからないけど、少なくともそれほどの技術を持ってる人は聞いたこと無いな」


「厄介な相手ですね。そんな相手に未だ狙われているかもしれない、というのもぞっとしない話です。

 今からでも寮へ向けて出発しますか?」


「ううん。さすがにAランクモンスターをぽんぽん喚び出すことはできないと思う。

 それにどっちにしろ移動中に狙われることもあるし、ちょっと急いだところで変わらないよ。

 この場にはもう私が結界を張ってるし、魔法による干渉があっても少しは時間稼ぎできるよ」


「不意打ちをもらわない分、移動中よりもむしろここで襲われた方が有利、ということですか」


「うん、それにね……私は、そこまで危険だとは思ってないの」


「え? 襲われてるのに、ですか?」


 ミリルがレイを指差す。


「召喚魔法は術者から、あまり離れたところに使うことはできないの。

 その距離にいて、姉さんが気配察知できないっていうことは、ね」


「……あぁ、そういうことですか」


 レイはミリルの言わんとすることを察して合点がいった。

 レイは気配察知に優れているが、それは悪意あるものに限られる。

 悪意がない場合、もしくはレイよりも数段上の実力者が気配を消している場合は、レイの気配察知能力は人並みレベルだ。


「あのシーサーペントは、ティオさんをさらっていったでしょ?

 でも傷つけてはいない。術者がどういうつもりでこんなことをしているのかはわからないけど、悪意全開とは思えないんだよね」


「…………私たちを試していた?」


「わかんない。だけど、今すぐどうこうっていう危険性は薄いのかなって思う。

 じゃなければ、姉さんが術者に気づかないはずないもん」


 そうしてミリルはティオの隣で丸くなった。


「だからミリルも休むよ。

 妖精さんが来たら教えてねー」


 それだけ言うと、ミリルは数分で眠りについた。

 レイは二人の寝顔を眺めながら、妖精も眠るのだろうかと、ぼんやり考えるのだった。


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