第33話 熟睡姫
朝霧が浮かぶ中、日差しが湖へと降り注ぐ。
レイフィードは目の前に何物かの圧力を感じると共に、
「姉さん!!」
妹の呼び声を聞き、一瞬で目覚めた。
レイが目を開くと、それは目の前にいた。
「な……!?」
大口を開ける魔物、シーサーペントを前に、レイは手元に置いていた剣を取り即座に斬りかかった。
レイの斬撃を顔面に受けた魔物は、忌々しそうに甲高く吠えながら後方へと下がった。
「サンダー・スピア!!」
シーサーペントの蛇のような身体の横腹へと、ミリルが魔法を撃つ。
ミリルが投擲した雷槍はシーサーペントへと突き刺さり、続いて空より雷が放たれた。
魔物から絶叫が上がるが、レイもミリルも警戒を解かない。
シーサーペントは海や湖畔に生息する、竜の顔をして蛇のような身体の魔獣である。
5メートル級の巨体から振るわれる尻尾による打撃、鋭利な牙を持つ噛み付きは数々の冒険者を容易く死地へと追いやってきた。
本物の竜と比べれば威力は劣るが、水系統のブレスを吐くBランクの上位モンスターである。
先の攻撃程度で倒せる相手ではなかった。
「ミリル、これは一体どうしたのですか!?
なぜシーサーペントが!?」
「わかんない!! 急に現れたの!!」
レイは動揺していた。
シーサーペント自体は強力な魔物だが、レイとミリルがまともに戦えば決して倒せない相手ではない。
しかし、レイはその気配にまったく気付かなかった。魔物や襲撃者に備えて浅い眠りをしていたのだ。過去、レイはこれだけ接近されるまで魔物に気づかないことなどなかった。
なにより、ミリルが起きていたはずなのだ。
レイは疑問に対する答えをもたなかった。
(いえ……考えるのは後です!)
レイは剣を構えて、油断なくシーサーペントを見据える。
レイに斬られた顔や、ミリルの放った雷槍によるダメージが、おそるべき早さで治癒していった。
と、もう一体のシーサーペントがレイの視界の端から消えようとしていた。
(……え? もう一体?)
レイが思わずそちらへと目を向けると、レイ達を襲ってきたものとは別のシーサーペントが地面を滑るように森の奥へと移動していく。
その口には、目を閉じたままぐったりとするティオニアの姿があった。
「ティオさん!?」
「……嘘!?」
レイの声と視線でミリルも気づく。
ティオをくわえるシーサーペントは二人の声に反応して、首を向けてきた。
レイ達とシーサーペントが数秒間にらみ合う。
目を閉じたまま反応がないティオ。
「まさか……ティオさん……」
青ざめるミリル。
レイは、目を見開いてティオを注視する。
(…………馬鹿な!? ……まさか、そんなはず……)
驚愕するレイの頬に一滴の汗が伝った。
自分の判断に誤りがないか、穴があくほど目を向けるが間違いなかった。
レイは、ミリルにゆっくりと告げた。
「…………もしかして、ティオさん。寝てませんか?」
「え? そんなわけ…………あ、あれぇ?」
ミリルも冷静になって様子を見たところ、ティオはシーサーペントにくわえられたまま、規則正しい呼吸をしていた。
寝息であった。
「え、ええ!? ティオさん、どんだけ眠り深いの!?」
驚愕するミリル。
B級ランクのモンスターに、すわ、食われる状況下にあって爆睡したままでいる者など前代未聞である。
「……考えてみればティオさんて、お嬢様ですからねぇ。もしかしたら、今まで朝は使用人とかに起こしてもらっていたのでは?」
「だって学校では普通に起きてたよ!?」
「慣れない森の中をいいペースで歩いてましたし、ティオさんにはめずらしくはしゃいでましたからね。
疲れもあって熟睡しているのでは……」
「それにしたって限度超えてない!?」
レイはミリルの主張に激しく同意したが、意識を切り替える。
と、同時にティオをくわえていたシーサーペントが離れていく。
レイはすぐさま追おうとするが、最初にいたシーサーペントが吠えてブレスを吐いた。
氷雪がレイを襲い、レイはやむなく後退した。
その間に、ティオを加えたシーサーペントの姿はどんどんと小さくなっていく。
(見失うわけにはいきません!!)
レイは目の前のシーサーペントへと疾駆する。
「ミリル!! 私が時間を稼ぎます!! できるだけ速く一撃で決めてください!!」
レイは返事を待たずに跳躍して魔物へと斬りかかる。
シーサーペントが高速で尾を振りレイを襲った。
「はぁぁぁ!!!」
レイは尾に叩きつけるように剣を振るう。
ギィィィンと耳障りな高音が発されて、レイは後方へと吹き飛ばされた。
「まだまだ!!」
レイは飛ばされながら態勢を直し、森に生えている樹の幹に両足をつけて反動で再度シーサーペントへと跳ぶ。
シーサーペントは口を開け、再度ブレスを吐こうとしたが、
「遅い!!」
レイが顔面を幾度も斬りつけた。
血飛沫が舞い、苦悶の声をあげるシーサーペント。
レイが着地し追撃しようとしたところ、
「デグス・フレア!!!」
ミリルの突き出された両手から、小球の火の玉が放たれてシーサーペントの腹に触れる。
その瞬間、巨大な炎柱が生じてシーサーペントを包んだ。
シーサーペントは絶叫するも、すぐにその声は勢いをなくしていき、数秒後には炭化した魔物が残された。
「姉さん、すぐにティオさんを追いかけなくちゃ!!」
レイは頷き、森の奥へと全力で疾走した。
それから間もなく。
レイたちは、森の中で仰向けに倒れ伏しているティオを発見した。
シーサーペントの姿はない。
ティオはところどころ黒ずんで汚れているものの、負傷はなく無事な様子だった。
レイたちは安堵した、のだが……、
「…………それにしてもティオさん、よく眠ってるね」
「……そ、そうですね」
安堵よりも、とにかくティオはよく寝る子だということが、レイとミリルの脳みそには深く深く刻まれたのだった。




