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第31話 依頼選びは慎重に

 中間試験後、上級学校では一週間の休暇期間に入った。

 ほとんどの生徒たちは実家へと帰省した。

 学内の寮は閑散としており、昨日までの賑やかさが嘘のようだ。


 静寂が満ちる廊下に、3人の足音が響きわたる。


「な、なにも今日から行かなくてもいいんじゃないですか……?」


 Bランクハンター、レイフィード。16歳。

 銀色に輝く髪を、簡素なゴムで三つ編みに縛り、前から垂らしている。

 上級学校の女性用制服に身を包んでいるが、レイフィードは歴とした男性である。

 華奢な体格と高めの地声、極めつけはその顔。十人が十人とも愛らしいと評するであろうその顔は、緩くふわっとした雰囲気で、並み居る女性をなぎ倒す程度には整っていた。


「そ、そうだよ。今日くらいはゆっくり休んでても、いいんじゃないかなー?」


 Cランクハンター、ミリル。14歳。

 レイフィードと同じ、銀色に輝く髪を頭頂部付近で左右に束ねて肩下まで流している。

 ミリルはレイフィードの妹であり、こちらは正真正明の女性である。

 基本的には兄とよく似た顔をしているが、兄と比べてツリ目で勝気な印象を与える。


「せっかくの休暇期間なのだから、今のうちに様々な依頼をこなしておくべきよ。

 学校で学ぶ期間も、もう半分も残っていないのだから」


 ティオニア・エルリエール。15歳。

 藍色の髪を背中まで伸ばしているが、今日は頭頂部と首の間あたりで一つにまとめて縛っていた。

 切れ長で冷静な眼差しをしており、レイフィードより僅かに華奢な体格である。

 落ち着いた雰囲気をしており、この3人の中では一番年上に見える。


 ティオニアは、王都から離れた地であるローズレイクやその周辺を治める、ニーグレッツ・エルリエール伯爵の娘であった。

 レイフィードとミリルは、ティオニアの護衛のため上級学校の生徒として共に生活をしている。

 ニーグレッツからの依頼により、ティオニアの護衛は秘密裏に行われていた。、

 レイフィードとミリルは伯爵が偽装した身分により、辺境の地に住まう下級貴族として振舞っていた。


「さ。早くギルドへ行きましょう」


 もはや行かないという選択肢はありえない雰囲気のティオニアを前にして、二人の護衛は揃って小さくため息をつくのだった。




 冒険者ギルドに到着して、ティオはすぐさま掲示板へと向かい張り出さている依頼に目を通していく。

 ティオの横にはミリルがつき、二人で仲良く相談を始めていた。


(ミリル、うまくティオさんを誘導して、無難な依頼を受けてくださいね)


 レイの視線に気づき、ミリルがサムズアップした。


 レイの見立てでは、ティオは伯爵の懸念どおり何者かに狙われている。

 昨日の中間試験の日、何者かが悪意をもってティオを視ていたことにレイは気づいたのだ。

 できれば数日は外に出ず、学内でやり過ごしたいと考えていた。


(……ですが、今は休暇期間に入っていますし、学内にほとんど人はいません。

 誰もいない寮にいるよりも、人のいる外にいた方が返って安全なのかもしれませんね)


 レイは二人から離れて、受付へと向かう。

 レイ達はすでに、このギルドで何度か依頼を達成しており、受付の女性職員とも顔見知りであった。


「今日も、よろしくお願いします」


「はい。承りました」


 受付の女性はレイの護衛事情を把握している。

 爽やかに笑っているの受付女性を見て、レイは安堵する。

 この様子なら、職員の方からティオに対して、レイやミリルが中堅ハンターであると口を滑らすことはないだろう。

 レイは軽く頭を下げて、二人の元へと戻った。




 ◇ ◇ ◇




 薄暗い森を歩く。

 先行していくティオに少し遅れてレイとミリルがついていた。


「ねぇ、姉さん……姉さんってばぁ。……そろそろ機嫌直してよぉ。

 ね? ね? そうだ、次の休憩で姉さんの髪結ってあげるね。いつも三つ編みじゃつまらないでしょ? わー、私いい考え!」


「…………」


「……はい。冗談です。ごめんなさい」


 ミリルなりに場を和ませようとしたが、レイはきっぱり拒絶した。


 レイが不機嫌な理由はただひとつ。

 ミリルとティオが受注した依頼にあった。


 依頼の難易度は高くない。Dランクである。アイリーン湖という場所へと向かい、湖の水を汲んでくるだけのお使いクエストだ。

 湖へ向かう途中の魔物がDランク相当である、というだけの話だ。

 上級学校に通う一般的な生徒であれば苦労はするだろうが、レイとミリルは貴族の子女などではなく現役のハンターである。

 レイの剣の腕、ミリルの魔法の実力であれば問題はまったくない。

 ティオは伯爵の娘ではあるが、弓の扱いに長け、回復魔法も使うことができる。

 はっきり言って、この3人であればDランクの依頼など取るに足らないものであった。


(……はぁ。本当に困ったものですね)


 レイは胸中で嘆息して、うなだれるミリルを見た。


 いつもこなしている依頼のように、森に入った付近であれば他の人の目もあったかもしれない。

 しかし、こんな森の奥では誰の目もない。

 相手がどのような目的なのかはわからないが、ティオの身柄、もしくは命であれば、どうぞ襲ってくださいと絶叫しているような状況であった。


「片道二日の行程でしたっけ。この依頼」


「そ、そうだね。せっかく一週間も休みなんだし、ちょっとくらいの遠出も悪くないよね!

 ……って、ティオさん言ってたよ……」


「で、それに対してミリルはなんと?」


「…………え、へへへへへ」


 笑ってごまかそうとしたが、レイの冷たい視線にミリルは息を詰まらせた。

 数秒逡巡して、ミリルは意を決して答えた。


「いいね!!」


「よくありません」


 レイは、すかさずミリルの頭にチョップを見舞った。

 強めに降りおろされたため、思わずミリルは頭を抑えた。


「うぅ~、体罰反対。ドメスティックバイオレンスだよぉ……」


「ミリルだってわかっているでしょう、今がどういう状況なのか。

 近場ならまだしも、泊まりの行程など危険度が無駄に上がるばかりです」


「そうだけどさぁ……」


 ミリルが前に視線をやる。

 つられてレイも前を見ると、ティオの姿が目に入った。

 いつもは落ち着いているティオが、興味深そうに周囲を見ながら歩いている。


 ティオはまともに森など歩いたことがない。依頼で森に行くことはあっても、入口付近のみで奥まで行くことはなかったのだ。

 草や木の根などに足を取られることが多いが、見たこともない花や木の横を歩くことは、新鮮に感じて大変さよりも楽しさが勝っていた。

 

「ティオさん。この依頼見つけたとき、あんな感じの目をしてたんだよ?

 『……休みは一週間もあるのだし、遠出も悪くないわね』なーんて、わくわくした顔するんだよ?

 無碍にダメだなんて言えないよぉ」


「……その気持ちはわかりますけどね」


 端的に言って、はしゃいているティオはかわいかった。

 こんな歳相応の一面もあったのかと、レイは微笑ましく思った。


「でしょでしょ!? だったら私悪くないよね?

 あれー、悪くないのに私叩かれたよ? チョップされたよ? どうなのそれ? 姉さん、どう落とし前つけるの!?

 これはもうね、姉さんは一つくらい、私の言うことを何でも聞いてくれなくちゃ許されないよね!!」


 レイは、きゃいきゃい文句をつけてきたミリルの頭を手のひらで押さえて、抗議をスルーした。

 冒険者ギルドにて、ミリルとティオが楽しそうに持ってきた依頼について、別の依頼にするよう説得できなかった自分についても、華麗にスルーしたのだった。


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