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第30話 視る者

 近衛騎士グエン・シーバが、学外に出て十数分を歩いた頃。

 グエンは表通りから数回曲がり、裏路地へと入った。

 すると、その者は音も無く現れた。


「さすがはグエン殿……呼びかけに応じていただき感謝しますよ」


 存在感の希薄な黒装束に身を包む男だった。

 男は気配を絶って、数分前からグエンの後を尾行していた。


「人を尾けることを呼びかけとは言わない。

 何の用だ」


「くくく。用、などというほど大層なものではありません。

 私はただ、今後に誤解なきよう伝えに参っただけです」


「…………」


 もったいぶった言い回しに、グエンは舌打ちする。

 グエンの苛立ちは黒装束の男にも十二分に伝わっていたが、男は意に介さない。


「見ていましたよ、グエン殿とあの生徒が戦う様子を……。

 すばらしい試合でした。よもや近衛騎士に対して一歩も退くことなく戦える生徒がいるなどと。

 グエン殿もさぞ興味が出てきたことでしょう。

 しかも、残念ながらグエン殿は見ておりませんが、かの生徒の傷を癒したのは……」


「言え。貴様の用件はなんだ」


「くくく。我々が何者であるか、貴殿は存じているでしょう。

 であれば……決して、藪はつつかぬことです」


 男はそれだけ言うと、グエンの前から立ち去った。

 グエンは見送ることなく、すぐに踵を返す。

 男はオルレシアン王国の暗部であった。


(……気に食わない連中だ。

 しかし、奴らを敵に回すわけにはいかないか)


 戦闘能力でいえば、グエンに軍配が上がる。

 しかしそれは単純な1対1での戦いの場合だ。

 男の所属する組織の者たちであれば、そのような戦闘をすることはない。

 そして彼らが得意とする舞台は、決して戦闘などではなかった。

 なにより彼らの背後にあるのは、騎士と同じく国であるのだ。


(あの娘、確かレイフィードといったか。

 彼女か、それとも別の生徒か。

 わからないが、奴らに目をつけられるとはね)


 グエンは気の毒に思う。思うだけだ。

 仲間でもないものを、リスクを負ってまで助けようとは思わない。

 対象は誰か、目的は何か。

 まったく興味がないわけではなかったが、


(暗部が動く理由など、知るだけ百害でしかないな)


 グエンは以降、考えようとはしなかった。




 ◇ ◇ ◇




 ティオニアが事務室の方へと歩いていく。

 その姿をレイが見送っていると、ミリルが半眼のまま聞いた。


「それで姉さん。さっきの奇行はなんだったの?

 いきなりティオさんに後ろから抱きついたりして……。

 見方によっては完全にセクハラだよ? 訴えられたら姉さん負けちゃうよ? 姉さんは姉さんなんだからね? わかってる?」


「奇行とかセクハラとか言わないでくださいよ……急なことで、私も焦ってしまったところはありましたけど……」


 レイは疲れた様子をみせつつも、周囲の気配を探った。

 結果、すでに一帯に不審な気配は確認できなかった。


「何者かはわかりませんが、視られていたようです。殺気まではありませんでしたが、先の瞬間だけは強い悪意を感じました。だからこそ、私もその者の気配を感じ取ることができたのですが……。

 対象は私たちのうちの誰か。となれば、必然的にティオさん以外に考えられないでしょう」


「それってひょっとして……」


「はい。残念ながら伯爵様の懸念が的中していそうです。

 ……ティオさんは何者かに狙われている可能性が高いです」


 これまでティオに危害が及ぶ様子などまるでなかったせいか、レイもミリルも護衛という認識が薄れつつあった。

 弛緩していた意識が水をかけられたように冷えていく。


「だったら、今ティオさんを一人にするのは……」


「そうですね。あの者の気配は消えましたが、また現れないとも限りません。

 念のため、ミリルはティオさんについていてくれますか?」


「うん。今姉さんがティオさんと顔を合わせたら微妙な空気になりそうだから、私一人で行くね!」


 微妙に余計な一言を残してミリルがティオの後を追った。


(……このまま何事もなく平穏に学校生活が送れればよかったのですが……ままならないものですね)


 レイは右手を頬にあて嘆息する。

 ティオのかけた魔法のおかげで、斬られた箇所がどこであったかは完全にわからなくなっていた。


(確かに素晴らしい魔法の腕です。

 何かあったときの保険として、手元に置いておく者――妻や側室の役割としては十分でしょうが……)


 それが原因なのか、それとも伯爵の娘としての立場なのか。ティオを捕らえるつもりなのか、それとも……。

 現時点では、レイには何もわからなかった。


(いえ、何も分からないなど、最初からわかっていたことです。

 ……ティオさんは、必ず護ります)


 レイはティオの歩いていった方角を見て、決意を新たにした。


「レイフィード様!」


 呼ばれて振り返ると、ナナミが祈るように胸の前で手を組み、目をキラキラさせていた。


「ど、どうしたんですか?」


 あまりの輝き具合にレイは普通に引いた。

 ナナミは気にした様子もなく、頬を赤く染める。


「いえ……さすがの私も衆人環視の中であのように、お美しい光景を見られるとは思わなかったもので……」


「……はぁ」


 レイは首を傾げる。

 思い当たることが何も…………と、レイは背筋が寒くなった。

 周囲を見回すと、レイから十数メートルは離れているものの、生徒たちが半円状になってレイを見ていることに気づいた。

 気のせいか皆、肌がやたらとツヤツヤしているように見える。

 レイは、ギギギギと音がしそうな動きで、首だけをナナミに向けた。


「もしかして、さきほどのティオさんとの……」


「ええ!! ティオニア様の癒やし手からのレイ様のハグ!! ああもうっ、最っ高でしたわ!!

 今もレイ様ったら、頬に手をあてて、ぽぅっ……とされてましたし!!!」


 はぁはぁ、と文字通り息荒く力説された。

 いや、ぽぅっなどしていませんでしたよと反論する前に、ドルドレーグが眼前に立ちはだかった。

 

「レイフィード君! いけないよ! 不健全だ!! 女性同士など!!

 君ほどの女性がそんな…………世界の損失だ!!

 しっかりと男に目を向けるべきだよ!! そう、たとえば僕とか!?」


「ちょっと!! 若は黙っていてください!! 美しさの前にはいかなる道理も通用しないのです!!!」


「あ、こらナナミ!? お前は僕の付き人だろう!! 僕の邪魔をしてどうする!?」


「若の付き人である前に、私は私です! たとえ若相手でも理不尽な要求には屈しませんよ!?」

 

「…………」


 盛り上がる主従を前に、レイは心のやわい部分をボコボコにされ、地に手を付きそうになった。


(……みなさん…………私は、男ですよ……男なんですよ…………。

 というか、ナナミさん、私のことわかってますよね?

 先程の発言、すごい真に迫ってましたけど、好意で私の正体を隠そうと演技をしてくれているんですよね?

 まさかまさか……うっかり忘れてなんか、いないですよねぇ…………?)


 レイの口から、ふふふふふふふ、と無意識に声が漏れた。

 僅かたりとも目は笑っていなかった。

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