第3話 その依頼、詳細未説明につき
「あぁ!! レイさん、ミリルさん!! ようやく来てくれましたね!!!」
砂漠で水源でも見つけたかのように、女性は感激を隠すことなく二人のハンターの手を取った。
「……え、えと、ど、どうかしましたか?」
ハンターのうちの背の高い方、レイフィードはいきなり女性に手を握られたことに対する動揺を抑えきれずにどもってしまう。
ここはギルドの依頼受付所。
レイとミリルは何かしらの依頼を受注しようとギルドを訪れたのだが……。
二人の手を取るのは見知ったギルド職員。依頼の受付係の女性だった。
何度も顔を合わせているので親しみはあるが、レイにはこれほどまでに歓迎を受ける覚えはなかった。
「いえいえいえいえ、大したことではないんです。全然大したことではないんですが……ちょぉぉっとお二人とも奥の部屋まで来てくださいねぇ」
女性職員はあくまでお願い口調ではあるが、有無を言わせぬ勢いで二人を連れていく。
レイは「え? え?」と戸惑っていたが、女性職員は気づいていないフリをして歩みを止めようとはしない。
「一体なんだろね、姉さん。私、不安になっちゃうわぁ。うふふふふ」
「…………ミリルはいつも楽しそうで羨ましいです」
不安とは正反対の表情をするミリル。
レイは、どうか悪いことにはなりませんようにと気休めに祈るのだった。
女性職員に案内されたのは、テーブルを挟んで椅子が2脚ずつあるだけの簡素な部屋だった。
いかにも、ギルドでなんらかの内密な話をするために用意された部屋、といった風であった。
そして奥にある椅子の1脚には、すでに壮年の男性が座っている。
整えられた髭に、ひと目でわかる品のいい高級生地の衣服。
レイとミリルは一瞬だけ視線を合わせて目と目で会話する。姉妹……兄妹ならではの以心伝心である。
(……この人、どう見てもどこぞの偉い人ですよね?)
(きゃぁぁぁぁ!! すっごい羽振りよさそう!!!)
意思疎通はできても、意味はまったくなかった。
全員が席につき、女性職員がこほんと咳払いをする。
「エルリエール卿。こちらの二人が件のハンターたちです」
男性は頷き、レイとミリルへ交互に顔を向ける。
「はじめまして。私はニーグレッツ・エルリエール。
今日は二人に、内密の仕事を依頼をするため来てもらった次第だ」
「…………はい」
どうにかレイは意識外で空返事だけはする。
レイはニーグレッツの言葉ではなく、女性職員の言葉に理解が遅れたのだ。
えるりえーる……えるりえーる卿…………。
エルリエールの名には聞き覚えがある。
ニーグレッツ・エルリエール。
このローズレイクの街、及びその他数箇所の街や村を治める伯爵であった。
いきなりのお偉いさんの登場に、レイの頭は理解が追いついていないのである。
「実は私の娘のティオニアが、間もなく上級学校に入校することになったのだ。
だが、最近は貴族同士の小競り合いが表面化してきていてな。そんなことはないとは思うのだが、娘に危険が及ぶ可能性もゼロとは言えない状況なのだ。
そこで君たちには、秘密裏に娘の護衛を頼みたい。
半年間、娘と共に上級学校の生徒として過ごし、娘を護ってもらいたいのだ。
報酬は一人に対し正金貨10枚。必要経費は無論こちらで持とう」
レイは『はぁ? いきなり何言ってるんですか?』と危うく口に出しそうになり、すんでのところで飲み込んだ。
相手は伯爵。迂闊な言葉はどんな不利益を被るかわからない。
「レイさんたちは、上級学校は知っていますか?
主に貴族の子女たちが通う冒険者学校ですけど」
「は、はい。それは知っていますが……」
「そうですか。では問題ありませんね! これにて契約成立ということで」
「はぁ…………って、なに勝手に話まとめようとしてるんですか!?」
女性職員の言葉には、突然のことで頭が回りきっていないレイでも聞き流すことなどできなかった。
さすがに、概要くらいしかわかっていない依頼を即決で受けることなどできない。
期間も半年と長期に渡るし、依頼の危険度もわからないのだ。
「あら、もしかしてレイさん。卿のご依頼をお断りするのですか……?」
女性職員が目をキラキラさせながら、チラチラっと伯爵の方に視線を向ける。
「い、いえ。別に断るというわけではないのですが、せめてもう少し詳細を……」
「ですよね! あぁよかったぁ。今このローズレイクのギルドでは、適任者がレイさんとミリルさんしかいなかったんですよ!
長期的な護衛依頼ですし、なにより卿のご希望もあって女性のハンターでなくてはダメなんです。
イシュラーバさんやユリアさんは学校に行くには年齢が高すぎますし、メチレアさんとリファーさんは遠方の討伐依頼に出てしまっていますから、しばらく戻られませんし!
外見と実力から考えて、レイさんとミリルさんのお二人しか頼める方がいないんですよぉ!!」
怒涛の勢いで女性職員が現状の説明をする。
若干目が血走っていた。
ギルドにとっても、伯爵自らの依頼を宙に浮かせるわけにはいかないのだ。
文字通りの必死さであった。
レイは気の毒に思ったが、それで自分の都合を譲るわけにもいかない。
改めて話を聞こうと口を開きかけたところ……、
「わかりました! そのご依頼、このレイフィードとミリルの姉妹がお引き受けいたします!!
この身に変えましても、必ずやご息女をお護りいたしましょう!!!」
これまで黙っていたミリルが勢い良く立ち上がり、自信満々にドンッと胸を叩いたのだ。
「ちょ、ミリル!?」
「おお受けてくれるか!! レイフィード殿! ミリル殿! 感謝する!!」
「ありがとうミリルさん!! やっぱりこの手の依頼はあなたたちに限るわ!!!」
「大船にのったつもりでお任せ下さいな!!!」
「あ、あのー……」
テンションだだ上がりの3人の中で、レイだけが一人取り残されるのだった。