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第29話 治療の方法

「……勝者、グエン・シーバ!!」


 アーノルドが決着を宣言する。

 レイフィードは突き出していた剣を下げると鞘におさめた。

 先程まで放っていた覇気もすでに霧散させていた。

 レイは、未だ両手に双剣を持ったままのグエンに礼をする。


「お手合わせいただき、ありがとうございました。さすがは騎士さまですね。

 今後も精進致します」


 頬から血を流したまま、にこりと微笑むレイ。

 敗北したにも関わらず澄ました態度のレイに、グエンの右の眉が一瞬上がる。 


「……貴様、最後のあれはどういう意味だ」


「意味とおっしゃられても、そのままの意味しかありませんが?」


「…………」

 

 グエンはそれ以上尋ねることなく、双剣をおさめて門へ向けて歩きだす。

 レイはその背へ呼びかけた。


「よろしければ、3ヶ月後もいらしてくださいね」


 グエンは止まることなく、しかし一瞬目線だけはレイへとよこし去っていく。


 3ヶ月後はレイをはじめとする上級学校の生徒にとって卒業のときだ。

 その時には、希望する者たちへハンターとしての実力を示すための実践演習が予定されていた。


 レイは、ふぅっとやりきった想いで大きく息を吐いた。

 と、次の瞬間に胸元にどんっと勢いよく体当たりを受けて転倒しそうになった。


「ふぅ……じゃないよ、この馬鹿姉さん!!」


 ミリルがレイの手を掴んで、ずんずんと歩いていく。

 引きずるように強引に引っ張っていくミリルに、レイは抗議の声を上げる。


「ちょ、ミリル、待ってください! どこへ行くんですか!?」


「私の部屋! 先生達はポーションしか持ってきてないって言ってたし、防護魔法や結界魔法を使用していたせいで回復魔法を使えるだけの魔力は残ってないみたいだから!

 私の部屋ならハイポーションあるし!!」


「はぁ? …………もしかして、この傷のことですか? この程度でしたらポーションで十分だと思うんですけど」


 レイはミリルに引っ張られながらも自分の手足を見て、頬に手をやる。

 数箇所に切創があるものの、それほど深くは斬られていない。防護術による護りと、レイ自身も斬撃を致命傷にならないようよけていたおかげだ。

 放っておいていい傷ではないが、適切な処置をしておけば回復薬に頼る必要もないくらいであった。


 レイはそんな風に気楽に考えた。

 しかし、レイの手を取って前を歩いていたミリルは振り返って睨む。


(姉さん! 今は私たち、貴族の女の子っていう立場だってわかってるよね!?

 何で斬られて平然としてるの!! もっと慌てるでしょう普通!?)


(……はっ!? 確かに)


 先程までの戦いの高揚感で、レイはついつい己の立場を失念していた。

 レイは慌てて困ったような表情をした。


「それによりにもよって顔も斬られてるんだよ!? 傷が残ったらどうするの!?」


「こ、困ります? よね……?」


「当たり前でしょ!? ハイポなら傷も残らないだろうから! ほら!! もたもたしないで!!!

 下手に時間経ったらちゃんと治るものも治らなくなるんだよ!!!」


 ミリルの言うことはもっともである。

 しかしレイは、微妙に釈然としない気持ちであった。 


(…………ミリルは、今の偽りの貴族の立場として困るから言ってるんですよね?)


 レイも頭でわかっているつもりではあるのだが、ミリルがガチギレしているようなテンションだったので、レイは実際に聞くことを躊躇った。

 改めて聞いたら、さらに怒られる気がしたのだ。正解である。

 ミリルがレイを引っ張りながら、さらにぶつぶつと文句を言う。


「まったく姉さんは……だいたいあの騎士だって相手にする必要なんかなかったのに……」


「ええぇぇ……ミリル、私たちの試合を面白がってませんでしたか?」


「それとこれとは話が別!! 怪我するほど本気でやるなんて思わなかったし!!」


「怪我ってそんな大袈裟な…………いえ、なんでもありません」


 きっ!! とミリルに睨まれて、レイは口を閉じる。沈黙は金であった。

 レイは、もう余計なことは言わないでおこうと決めたとき、走り寄ってくる人がいることに気づいた。

 ミリルも気づき、足を止めた。ティオニアであった。


「二人とも、待って」


「ティオさん、ごめんね。いろいろとお馬鹿姉さんに言いたいことはあるかもしれないけど、後にしてくれる?

 とにかくこの馬鹿姉にハイポだけは飲ませたいから」


「馬鹿姉……」


 妹に容赦なく馬鹿馬鹿言われてしゅんとなるレイ。


「私の用事はすぐに終わるから」


 ティオはそう言って、目を閉じて言の葉を紡ぐ。

 ティオは詠唱を開始していた。


「「……え?」」


 レイとミリルが同時に疑問符を浮かべる。

 二人は今までティオが魔法を使うところなど見たことはなかったのだ。


(それに、これってもしかして……)


 レイが確信を持つ前に、ティオは目を開き、レイの身体に手を当てて魔法を発動させた。


「ハイヒール!」


 ティオが唱えると、レイの手足や頬にあった切創が見るまにふさがっていく。

 ハイポーションの上位、フルポーションと比べても遜色ない効果であった。


「わぁ、すご……」


 ミリルが呆然と呟く。回復魔法の使い手は希少で、回復魔法を使える者の多くは最も簡単なヒールしか使えない。

 とはいえ、そのヒールでもハイポーション程度の回復力はあるため有用性は高いのだ。


 レイとミリルが呆気にとられていると、ティオがレイの頬に手を当てた。 


「……傷は大丈夫そうね。綺麗に斬られていたせいか、跡は残ってないわ。

 まったく、貴女って本当に無茶苦茶ね。そんなにあの騎士が気に食わなかったの?」


「い、いえ、別にそんなことは……あぁ! ティオさん、ダメですよ!!」


 ティオは、取り出したハンカチでレイの頬の血を拭き取っていく。

 見る間に赤く染まるハンカチを見て、レイはため息を漏らした。


「あぁ……綺麗なハンカチだったのに……ごめんなさい、台無しにしてしまって。

 こ、今度新しいのをお渡ししますから!」


「いいわ別に」

 

 ティオはレイの頬だけでなく、手足についた血も拭きとっていく。

 ハンカチは完全に赤く染まった。

 ティオは気にせずハンカチを仕舞うと、


「制服は部屋に予備があるわね?

 一応聞いておくけど、今痛いところや違和感のある箇所はある?」


「い、いえ。ありません……」


「そう。なら私は事務員に代えの制服を用意するよう話を通しておくわ」


 そうしてティオはレイ達に背を向けて歩いていこうとする。

 ミリルはティオの手際に関心した。


「ふぇ~。ティオさん、すごいね。ハイヒール使える人なんて高ランクハンターでも滅多にいないのに……って、ちょっと姉さん!?」

 

「きゃっ!?」


 レイがティオの背から抱きついた。

 突然の行動にティオは驚く。が、相手がレイとわかり薄く頬を染めながらほっとする。


「な、なに? 急にどうしたの?」


「ごめんなさい、ティオさんの魔法に感動してしまいましてつい。

 治していただいてありがとうございます」


「……いいのよ。別に」


「でもよかったのですか?

 ティオさんは……隠してきたのでしょう。魔法が使えることを」


 レイは少しだけティオに回した手に力を込める。

 ティオは一瞬だけ震えて、


「……そうね。でも深い意味はないわ。

 貴族の娘が回復魔法を使えると知られれば、有用性が高いから周囲が騒がしくなると思ってたの。

 でも、ここではその心配はなさそうだから。なにせ……」


 ティオは後ろから回された手に自分の手を合わせた。


「貴女たちがいるもの。

 私が多少回復魔法が使えようが、そう目立つことはないわ」


「いやいやいやいや」


 レイが頬をひきつらせる。

 回復魔法の使い手である貴族の娘を放っておく貴族はいない。

 レイはティオの世間知らずっぷりに心配になるが、ティオはどこ吹く風であった。

 レイが小さくため息をつく。


「私はティオさんの今後が心配ですよ。

 きっと、皆さんからたくさんお誘いを受けますよ」


「ぷっ。大丈夫よ。そんなもの断ればすむ話だし。

 私は貴女の方がよほど心配」 


 軽く噴き出すティオ。


「いえ、割りと本気で言ってるんですけど……」


 反対に心配されてしまったレイは、それ以上は何も言わなかった。


「…………」


「…………」


「………………で、二人ともいつまでそうしてるの?」


 ミリルが半眼で尋ねると、レイは慌ててティオから離れるのだった。

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