第27話 そんなことは棚上げして、私はあなたのことが嫌いです
中間試験、決勝戦の決着がついた。
最後の最後に関しては疑問が残るが、その過程の内容に生徒たちは歓声をあげた。
勝者として呼ばれたレイフィードは曖昧な笑みを浮かべた。
「もう、もっとサービスしないとだめですよ」
ナナミがレイの手を取ってかかげ、ぶんぶんと円を描いた。
それに応えて歓声や口笛が鳴り響く。
「あの、ナナミさん……今更なんですがあまり目立つのは……」
「レイ様、それ本当に今更ですね」
ナナミの呆れた様子を見て、レイはうぅぅと片手を顔を抑える。
「いえ、本当はもっと最初の方で退場する気だったのですが……諸般の事情により……」
「調子に乗ったミリル様とは何か別の理由でもあったのですか?」
「…………すみません、調子に乗りました」
ぐうの音も出ない。
レイは、この迂闊さは血筋なのだと、今だけは思考を放り投げることにした。
ニマニマと笑いながら突き刺さるナナミの視線に、レイは耐えることしかできなかった。
レイがいろいろなモノを堪えてぷるぷると震えていると、拍手の音が聞こえてきた。
「見事な試合だったよ。どうだい、君たち。騎士になるつもりはないか?」
グエンがレイ達へと歩み寄り、開口一番勧誘が始まった。
「「いえ」」
「……そ、そうかい」
レイとナナミは綺麗にハモって否の返答をした。
グエンは即座に否定されるとは思っていなかったため、動揺してしまう。
「し、しかし、それだけの腕であれば騎士になるのも悪くはないと思うぞ。
上級学校の生徒であれば最低限の出自は問題ないだろうし、女の騎士というのはかなり貴重なんだ。
よければ少し考えてみてくれ」
「と、言われましても。私は一介のメイドで若の面倒を見なくてはなりませんので、騎士などしている暇はございませんね」
すげなく返すナナミに、グエンはぐっと息を詰まらせる。
しかしグエンはすぐに気を取り直し、レイの両肩を掴んだ。
「ならば、君はどうだい?
それだけの容姿をしているんだ。将来的には、もしかしたら王族の護衛任務にあてられることもあるかもしれないぞ。
光栄なことだと思わないか?」
「いえ。私はすでに…………田舎に帰るつもりですので」
レイはうっかり、「すでにハンターをやっていますので」と答えようとして、無駄に心臓をばくばくさせた。
「田舎に帰ってどうするんだ? 嫁に出るくらいしかないだろう?
わざわざこんなことを言われなくても承知だろうが、この学校の生徒であれば君は貴族であっても微妙な立場なのだろう。
ならばその力を少しでも世の為に生かそうとは思わないか?」
「……その、お気持ちはありがたいのですが遠慮しておきます。
私よりも騎士になりたいという方は他にいると思いますし」
「は? 何を言ってるんだ君は」
グエンが嘆息する。
「なりたいだけでなれたら苦労はない。
君たちは僕が実力を認めたから声をかけたにすぎないよ。
いくら出自が確かであるとはいえ、こんな学校の坊っちゃん嬢ちゃんに用はない」
「ですが、私もナナミさんも、この学校の生徒ですよ」
「それは君たちが例外なだけだ。
僕もこの学校の生徒だったころがあるんだよ。だからこの学校がどういうシロモノであるかは痛いほど知っている。
どれだけふざけたところなのかということをね」
グエンが周囲に目をやり、吐き捨てた。
「親の半端な地位に胡座をかいて、何の苦労も努力もしていないくせに自分はなんらかの価値があるなどと夢想している。
豚のように飼われて死んでいく家畜と同じだ。いや、最後に食われる分、家畜の方がよほど役立つな」
「なるほど…………なるほど」
レイの落ち着いてきていた心臓は一転、今度はゆっくりと打ち始める。
俯き加減のレイに気づかず、グエンは再度声をかける。
「そうさ、こんな学校にいる意味など君たちにはない。
僕から隊長に紹介しよう。うまくいけば部隊に配属されるかもしれないし、悪くても見習いにはなれるよう取り計らうよ。
これだけの才能を埋もれさせるなど、僕には…………」
「ナナミさん」
語り始めたグエンを完全に無視して、レイはナナミに顔を向ける。
「もしかして、こうなることまで読んでました?
だからさきほど、最後までは抵抗せずに負けたのですか?」
「万が一レイ様が怪我をしてしまったら、こうはならなかったじゃないですか。
なったら面白そうとは思っていましたよ。
レイ様は真面目ですし…………女の子ですから」
ぱちりとウインクするナナミ。
『女の子』の部分のイントネーションが微妙におかしかった。
「そうですね。これでも女の子ですから。このまま黙っていては廃りますね」
苦笑するレイ。
レイとナナミは決勝戦が始まる前のグエンの言葉を聞いていたのだ。
グエンが上級学校の生徒を無能呼ばわりしたとき、ナナミはレイの表情を見ていた。
かわいらしい顔をムっとさせ、ともすれば舌打ちでもしそうな気配をしていたレイを。
「騎士さま」
レイがグエンへと向き直り、きっぱりとした口調で告げた。
「せっかく学校までご足労いただいたのです。遊んでいきましょう?」
レイの物言いに、グエンは意味が分からず眉をひそめる。
「……遊び?」
「はい。それとも腰にぶら下げたそれは儀礼用ですか?
でしたら、木剣でもご用意致しますよ。それこそ本当にお遊びになってしまいますが」
「…………」
クスクスと笑うレイに対して、グエンは急速に機嫌が悪化していく。
「これは僕の愛用している剣だ。
……なんだい、もしかして近衛騎士である僕に声をかけられたから勘違いでもしてしまったのかい?
ならば訂正しなければならないね」
グエンがレイを見下ろした。
「驕るのも大概にしておけよ、小娘」
「あら怖いですね。ご自身のことを棚にあげてよくものたまったものです」
レイがグエンから間合いを取る。
具体的には、10メートル程度。中間試験の試合開始位置と同程度の距離だった。
「近衛騎士という身分に驕る騎士さま、無能の生徒と遊んでくださいな」
「……はっ」
両者が剣を抜くのは同時だった。




