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第26話 愛らしい娘とメイドの娘

 レイフィードとナナミの前で、教師たちが真剣な表情で魔法を詠唱した。

 防護魔法を再度かけなおしているのだ。


 グエンはその様子を冷めた目で見ていた。


「一人は剣も握らぬような愛らしい娘。もう一人は口を挟む余地もないほどにメイドの娘、か」


 グエンは、戦闘に場違いとしか言いようのない二人を見て、もはや文句を言う気力もなぎ払われていた。

 アーノルドがグエンの肩を叩く。


「グエン、お前さっきの試合を見ていなかったのか?」


「見るまでもないですよ。僕から見たら、上級学校の生徒など無能の集まりでしかありません。

 僕は一刻も早く帰って寝たいですね。

 次で終わりなんでしょう? それまではいますよ。一応、仕事ですからね」


「…………そうだな。決勝だけでも見ればわかる」


 アーノルドが再度グエンの肩を叩いて、レイ達の元へと歩いていった。

 グエンはアーノルドの背を見ながら、ふと思い出した。


(そういえば、中間試験にゲシュタイン殿の息子さんは参加しなかったのか?

 まさか参加した上で負けているなんてことはないだろうね……。

 近衛騎士5本の指に入る実力者といえど、かわいい我が子に関してはその目も曇ってしまうなど。笑えないよ)


 グエンが中間試験を行う上級学校に来たのは、恩師であるアーノルドに誘われたからである。

 グエン自身は乗り気ではなく、ゆえに隊長の許可が得られなかったという体で断ろうと考えたら、逆に実力者がいないか査察をして来いと指令を受けてしまったのだ。

 

「女の子二人の決勝であれば、生徒の無能ぶりについて隊長に報告するには充分な説得力を持つ、か」


 アーノルドの「決勝だけでも見ればわかる」という言葉を、グエンはそのように受け取っていた。




 レイは教師に防護魔法をかけられながら落ち込んでいた。

 防護魔法をすでにかけてもらったナナミは、ずぅぅぅんと沈んだ様子のレイの隣に並ぶ。


「レイフィード様。剣、握るんですか?」


「…………ええ。それはもう砕ける程度には」


「まぁ! せっかくそのように愛らしい外見をしていますのに危のうございますよ!」


 ナナミの追い打ちに、レイは心中ではらはらと泣き散らす。

 レイとナナミにも、近衛騎士グエンの声が聞こえていたのだ。

 レイを知らぬ者に女扱いされることは、女装するようになってからは日常茶飯事なのだが、いつまで経ってもレイの心が慣れてくれることはなかった。


 ナナミは、レイが肩を落としているのを見て心が満たされていくのを感じた。

 思わず抱きしめたくなるが、間もなく決勝も始めるのでそれは後にしようと我慢するのだった。

 加えて、近衛騎士といえど無為に侮られるのはナナミにとって許容できなかった。


「レイ様の魅力は外見だけにあらず、です。

 その程度のことは、あのヘボ騎士にも痛感していただいた後にお帰りいただきましょうか」


「……ほどほどにしましょうね」

 

「ええ。程々に致します」


 微笑むナナミに、レイは不安が的中しないことを祈った。




 ◇ ◇ ◇




(ああああああああ!!! ほどほどって言ったじゃないですかぁぁぁぁあああああ!!!)


 決勝戦開始直後、ナナミの槍による猛攻を剣で弾きながら、レイは早々に頭を抱えたくなっていた。

 ナナミの槍術は鋭い突きと、死角から振りかぶられて襲いかかる打撃の混合技だった。


「さすがですね、レイフィード様!!」


 ふわりと舞うメイド服には似合わない強烈な打撃がレイを襲う。

 今までの打撃よりも明らかに重いと見られる一撃。まともに受ければ骨折程度は免れないであろう一撃を、レイは剣で受けた瞬間に無理に踏ん張ることなく、吹き飛ばされる勢いを殺すべく後方へと跳んだ。

 大きく間合いが開き、レイとナナミは睨み合いに入る。


(適当な一撃をもらって終わりにしようかと思っていましたが……さすがナナミさんです。容赦なさすぎですよ……)


 レイは、防護魔法程度で抑えられる攻撃が一度もこないことに頭を悩ませた。


(ナナミさんを倒すにしても、やはり槍相手では間合いの差がありすぎますね。

 飛び込むタイミングを読まれていたら、一合目の不利が大きすぎます)


 レイには、覚悟を決めて数撃を受け流して間合いを詰める以外に、突破する手段が思いつかない。


(いえ、他にも方法があるにはありますが、さすがにそこまでやるわけにはいきませんよね……)


 レイは、ゲドーの斧を破壊したときのことを思い出して、これはないと首を振った。


「来ないのですか? それでは、これで決めさせていただきますね」


 宣言と共に、ナナミが槍を手元で回転させ、今までにない鋭い視線でレイを射抜き両手で構えた。

 僅かに腰を落とし、ナナミがレイに迫る。


(これは……ナージュさんのときと同じ感覚!?)


 ナナミから発される気配に、レイは体内感覚のスイッチを瞬時に切り替えた。

 レイのこれまでの経験が、急速に接近するナナミの姿から全力で警戒を促したのだ。

 

「奥義、千烈絶華!!」


 襲い来る千の如き突きの雨に、レイは自身の反応の良さを頼りに捌き続ける。

 ナナミの突きは女性とは思えない力強さも相まって、レイは剣を取り落とさないよう弾き続けるのが精一杯であった。


「……ッ!!」


 十数撃を受けたころから、ナナミの表情が歪んでいく。

 初撃のころと比べて、若干速度が落ちてきていた。


(それでも反撃する隙がないですね。ですがこれだけの連撃、体力的な限界が近いこともさることながら、攻防の切り替え時には必ず大きな隙が生まれるはずです。

 その瞬間に一撃を叩き込みましょう)


 レイの考えはナナミも覚悟するところであった。

 ナナミは薄く笑って、なおも数撃の突きを見舞い、  

 

「ぁぁあああ!!!!」


 突如、ナナミは斜めに槍を振り下ろした。

 突きに目が慣れていたレイは一瞬反応が遅れるが、


(この一撃には鋭さも力強さも足りません、ならば!!)


「はぁぁぁあああ!!!」


 振り下ろしの一撃をレイは剣で弾き返した。

 ナナミが突きから振り下ろしに無理に転換させたため、力をのせきれなかったのだ。


 レイは崩れた態勢をすぐさま戻して、ナナミに攻勢をかけようとして……動きを止めた。


「…………あの、ナナミさん。何してるんですか?」


「? レイ様の一撃を待っているのですが何か?」


 小首をかしげるナナミは両手を地について座っていた。

 レイはナナミの槍を弾いたが、吹き飛ばすほどの力は加えていなかったのだが……。


「あの、槍は……」


「あちらですよ。レイ様に弾き飛ばされてしまいましたので」


 座りながら、しゃあしゃあとのたまうナナミ。

 口元に片手をやって、うるうると瞳を滲ませていた。

 傍目に見れば力及ばず獲物を弾かれた頼りない素手のメイドに見えるが、レイは釈然としない気持ちで溢れかえっていた。


「……ナナミさん、何かよからぬことを考えていませんか?」


「レイ様嫌です、人聞きの悪い」

 

 うふふふふと笑うナナミに、レイは大いに警戒した。

 レイにはナナミの考えることが読み取れなかったが、この状況でできることはひとつだけだった。


「…………」


 無言でナナミの肩に剣を振り下ろし、防護術を砕いた。


「やられてしまいましたわー」


 負けた側であるナナミの方が、勝者よりもよっぽど清々しい顔をしていた。

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