第24話 剣士VS剣士
幾度かの試合が終わり、次の試合は準決勝の一試合目であった。
生徒たちがざわめき、試合が近づくにつれて盛り上がっていく空気が出来つつあった。
「姉さーん!! ミリルの仇をとってね~!!」
レイフィードに向かって、ミリルが右腕を挙げてぐるぐる回している。
ミリルは先の試合でナージュと戦い、敗れていたのだ。
「……わ、私の…………私の仇も…………こほん……」
ミリルに習って、ティオニアも檄を飛ばそうとするが、あまり大声を出すのは慣れていなかった。
ティオは途中で咳払いをして誤魔化した。
レイは二人に困ったように手を振って、対峙しているナージュに視線を向けた。
自分に手を振られたのだと勘違いをしたのか、ミリル達の近くにいた貴族の娘達が黄色い声をあげた。
レイはどう反応すればいいのか分からず、とりあえず声のした方に一度だけ振り返って手を振った。再度上がる歓声。
ナージュはレイを真っ直ぐに捉えて、右手に剣を持ち構えるでもなく自然体で佇んでいる。
ナージュにとっては待ち望んだ再戦であるが、余計な気負いはせず目の前の敵を倒すために集中していた。
「それでは、両者。前へ!!」
アーノルドが合図をして、レイとナージュが同時に進み出て、
「始め!!」
戦いの火蓋が切られた。
レイは迫り来るナージュの一撃を受け流した。
(くっ!? ……様子見のつもりなのでしょうが、なかなかに気の入ったよい一撃ですね!)
開始と共に、レイに激突する勢いで迫ってきたナージュの斬撃。
受けることは可能であったが、純粋な力の差がレイには感じられた。
力押しだけで勝負されたら、ナージュに軍配が上がるとレイは瞬間的に理解した。
その後も、ナージュからの斬撃が数回連続でレイに襲いかかる。
レイはそのすべてを受け、最後の一撃を払うことでナージュの追撃を防ぎ間合いを取った。
…………。
高レベルの剣戟戦に、観客と化した生徒たちが感嘆のため息を漏らす。
(……さて、この試合、どうしたものでしょうね)
レイはトーナメント形式である中間試験を適当なところで負けようと思っていた。
だが、いざ試合が始まるとついつい気が入って応戦してしまい、ここまで勝ち上がってきてしまっていたのだった。
「姉さ~ん!! この前みたいにまた投げちゃえ~~!!」
暢気に要望を飛ばしてくるミリルに、レイは反論したい気持ちをぐっと堪えた。
(……ナージュさんに、前回の時のような慢心はありませんね。彼を投げ飛ばすなどというのは論外でしょう。
この短期間で明らかに力量もつけてきているようですし、本来であれば、貴族の女子が彼とまともに勝負するなどもってのほかなのでしょうが…………)
レイは、ナージュと退治しながら円を描くようにゆっくりと右へと移動する。
ナージュは動くレイに合わせるように、小刻みに移動していた。
(これだけの気を向けられて、無様な戦いをするわけにもいきませんね。
……幸い、ミリルがやらかしたときも、私がやってしまったときも、皆さんには特に疑われてはいないようでしたし。
ここで変に手加減して負けたとしても、今更ですよね)
そんな感じでレイは自分を納得させ、息を短く吐き強く踏み込んだ。
「はぁっ!!」
裂帛の気合と共に、レイの連撃がナージュを襲う。
ナージュは表情をほとんど変えないが、ぎりぎりの状態でレイの剣を受け続ける。
僅かな隙をついて攻防が逆転するが、すぐにレイの手数が優勢となる。
それでもナージュはレイからの決定的な攻撃は許さぬまま剣を合わせ続け、鍔迫り合いとなった。
互いに押し合いになるが、力の差で押し込められていくレイは相手の力を利用して後方へと跳んだ。
(なっ!?)
レイが後ろへと跳んだと同時、すぐさまナージュは腰を落としレイを追うように跳んだ。
(動きを読まれた! しかもこれは……!?)
ナージュは跳びながら、剣を持った右手を腰だめに構えて着地する。
ほぼ同時にレイも着地するが、二人の間合いは互いの剣が届く範囲である。
今までは力強さはあるものの冷静な動きであったナージュが、激昂したかのように顔を歪め、
「烈奏波!!」
気を吐くと共に、恐るべき速さで突きを繰り出した。
躱すことなど不可能とも思えるナージュの渾身の一撃を、レイは反射のみで対応する。
歯を食いしばり、左へと避けると同時に身体を無理矢理に捻り回転させる。
ナージュによる絶対の一撃とも言える突きを躱し、
「……はぁぁぁあああああ!!!」
レイは時計回りに回転した勢いで横撃を打ち込む。
レイの一撃はナージュの首筋数ミリのところで止まり、ナージュにかけられていた防護術を打ち砕いたのだった。
試合が終わり、ナージュは一礼をして歩き出す。
マリーがナージュへと駆け寄ってくる。
「……兄さま…………その……」
レイに敗れてしまったナージュになんと声をかければわからず、マリーは言葉が続かなかった。
ナージュは努力家であるが、常に結果を求めてその通りの結果を出し続けていた。
そのナージュが、はっきりと全力を出したと見える兄が、線の細い女子に負けるなどマリーには想像もできなかった。
どれだけ兄が落胆しているのかとマリーは心を痛めていたが、プライドの高い兄に下手な同情などはできなかった。
結局何も言えずにいるマリー。
そんなマリーの頭に、ナージュは無造作に手を置いた。
マリーにとっては唐突の行動。見上げると、マリーには信じられないことだが、兄は笑っていた。
「喜べ、マリー。俺たちは、まだまだ強くなれるぞ」
マリーから手を離し、ナージュはいつものように背筋を伸ばし歩きだした。
敗れた悔しさもあるが、ナージュには超えるべき壁がすぐ傍にあることの嬉しさが勝ったのだ。
思わず立ち止まっていたマリーはすぐに走って追いつき、ナージュの隣に並んだ。
見上げる兄は、すでに鉄面皮のような無表情にも見えるが、マリーは心が熱くなった。
ナージュの熱が伝わってきているのだと、マリーは確信する。
「兄さま。ワタクシ、すぐにあの生意気なカーマインの妹を超えてみせます」
「その意気だ。そうでなくては、宮廷魔術師になるなどと口にはできん」
「はい!」
子気味いい返事をするマリー。
隣を歩くナージュの顔は、マリーには子供のように無邪気に笑っているように見えた。




