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第20話 ある日の夕暮れどきに

 上級学校での生活も一ヶ月程度が経過していた。

 勉強については、レイフィードとミリルは石にかじりつく勢いでどうにかこなし、訓練についてはこれ以上周囲が騒がしくならないよう当たり障りのないよう努めた。

 護衛に関しても問題は何も起こらなかった。

 ティオニアやドルドレーグは勿論のこと、上級学校の生徒に何がしかがあったということはなく、平穏無事に学校生活を送っていた。

 

 ある日の放課後、レイは自室でペンを走らせていた。

 と、ノックの音がしたため、レイは作業を中断して扉を開けた。


「今、時間はあいてる?」


「ええ。どうぞ」


 訪ねてきたのはティオだった。

 ギルドの一件以来、ティオはレイやミリルの部屋を訪れるようになっていた。

 次はどんな依頼を受けに行くか等といった相談もするが、本質的には特別な用などなかった。

 

「あら、手紙?」


 ティオに机の上の便箋を指摘されて、レイはさり気なく回収する。


「はい。学校での生活も落ち着いてきましたと、実家の方に伝えておこうと思いまして。

 ティオさんも、一筆したためてみませんか?」


(もしもティオさんが手紙など書けば、きっと伯爵様が喜ぶであろうことは想像に難くないですし)


 レイは気を利かせて言ったつもりであったが、ティオの反応は芳しくなかった。

 ティオは苦笑して、首を振る。


「いえ、私はいいわ。邪魔しても悪いし、今日は帰るわね」


「え? そ、そうですか……」

 

 ティオは廊下へと下がり、静かに扉を締めた。

 レイはなんとなくすっきりしない気持ちで机へと戻り、続きを書き始める。

 無論、レイに実家などない。これは、ティオの父であるニーグレッツ・エルリエール伯爵への報告書だ。


(主に護衛に関することを報告しなければならないのですが……実際のところ、まともに護衛したことなどありませんからねぇ)


 すでに何度か報告書を送付しているが、依頼主から取り立てて改善の注文は届かない。

 だから結局、レイは今回もティオの学校での様子をメインとして書き記していたわけだが。


「……うーん」


 これまでも、ティオは何度か実家や家族に対しての話題を避けていた感がある。


(家族とうまくいっていないのでしょうか?

 とすると、かなりデリケートな部分になりますね。現状は落ち着いていますし、無駄に突っ込んで波風立てることはないでしょうけど……)

 

 レイは報告書の続きを書く手を止めて、立ち上がる。

 どうにもすっきりしない。

 レイは部屋の外へと出ようと歩き出したところで、


「姉さん、すとーっぷ!」


 部屋の中から静止の声がかかり、レイはびくっとして動きを止めた。

 ベッドの上の畳まれた布団がもぞもぞと動いている。中に何者がいるかは明白であった。


「……ミリル、いつの間にそんなところに」


 ミリルは、ぱっと布団から上半身を出して、座ったまま「ちっちっち」と舌を鳴らす。


「姉さん、今のは追っちゃダメなやつだよ。

 あれは一人にして欲しいサインなんだから。

 ましてや、ちゃんとした実家を持ってる立場にある私たちが追ったりしたら逆効果もいいところだよ」


「持ってる、ですか……」


 ミリルの言葉に、レイは困ったように笑うことしかできない。

 ミリルは頭に両手をやってベッドに腰掛ける。


「ま、設定上は実家があるんだししょうがないよ。

 ここは、静観して何事もないよう過ごすのが正解だと思うな」


 レイは、女の格好はしていても女の心は持っていない。

 ミリルが言うのであれば、的外れのことはないだろうことは、今までの経験上よくわかっていた。


「……ミリルの言うとおりですね」


 レイは机へと戻り、報告書の続きを記し始めるのであった。




 ◇ ◇ ◇




(と、頭ではわかっているんですけどね)


 レイは結局のところ、ティオを探していた。

 あれから報告書を書き上げ、レイはベッドで勝手に寝はじめたミリルを置いて部屋を出た。

 隣にあるティオの部屋は無人、無論、ミリルの部屋も同様であった。


(今ティオさんに会ったところで、何ができるというわけでもありません。

 私がかけられる言葉などないということも重々承知しています)


 レイは教室をのぞき込む。幾人かが残っているものの、ティオの姿はない。

 夕飯の時間には早いが食堂も見に行く。やはりいない。


(護衛のために、傍についていること。

 これは大前提ですが、今は……それだけに徹することはできそうにないですね)


 訓練をするための演習場、外へと続く門、いずれもいない。

 レイは普段は行くことのない校舎裏へとまわる。


 いた。


「ティ……」


 レイは開きかけた口をすぐさま閉じた。

 わずかに日の当たるベンチで、ティオは規則正しい呼吸を繰り返している。


(あ……)


 ぱたぱたぱた、とティオの膝の上にいた小鳥が羽ばたいていく。

 小鳥は真っ直ぐに飛び立ち、そのまま何処かへと向かい戻ってくることはなかった。


 ティオを確認すると、制服がところどころ汚れていた。

 泥とわずかばかりの血痕。


(怪我!? ……いえ、これは…………)


 レイはティオに近づき見分する。衣服が、特にスカートの部分と袖が汚れているのは確かだが、当の本人が外傷を負っているようには見えない。

 レイは、ティオについている血は、先の小鳥のものだと判断した。


(負傷した小鳥の手当でもしていたのでしょうか?)


 若干俯いたまま眠るティオの肩をゆする。

 

「ティオさん、起きてください。こんなところで眠らないで、部屋に戻りましょう」


「…………」 


「ティオさん、ティオさんってば」


 ティオはゆすられるまま首をぐらつかせるが、起きる気配はない。


(随分とよく眠っていますね。

 疲労でも溜まっていたのか……それとも…………心労?)


 心労というほどでもないかもしれないが、ティオにとって家族や実家の話は心に負担のかかることだということかもしれない。

 レイはそう結論付けて、ティオをすぐに起こすのはあきらめた。

 気温は低いわけでもない。むしろぽかぽかとした陽気で暖かい。

 少なくとも日が完全に落ちるまでは、うたた寝をしたところで体調を崩すこともないだろう。


 レイはティオの隣に静かに座り、ティオが自分で起きるのを待つことにした。


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