第2話 幸せに生きていくためには、多少の犠牲も必要なのです
その冒険者――いわゆるハンターは、胸まで伸ばした銀髪を簡素なゴムで縛り前から垂らしている。
革の胸当てと平均的な剣を帯刀している、これといって装備には特徴のないハンターである。
しかしこのハンター、レイフィードは他とは一線を画す特異さがあり……すなわち、男であるにも関わらず女の格好をしているのであった。
「おっし、今日もかわいくできました!」
毎朝レイフィードの支度を手伝うミリルは、ふんすっと鼻息荒くドヤ顔をする。
「私もいい加減慣れましたし、もう朝の用意でミリルの手はいらないんですけど……」
「ダメ! 前そんなこと言って一度も髪梳かさないで出てきたことあったでしょ!
私はもう信用しませーん」
「だって、あれは約束の時間に遅れそうでしたし仕方ないでしょう?」
「そんなものより姉さんの身支度の方が大事なの!」
「えぇぇ……依頼主との顔合わせの時間をぶっちぎってもですか?」
「当たり前でしょ! 私たちは見てくれこそが大きな付加価値なんだから!! 正装することが私たちの戦いでもあるんだよ!!」
えぇ……と今度は心中だけで漏らすレイフィード。
それでもミリルの言いたいことが実感できてしまうので、レイフィードはあまり強く出られないのだった。
◇ ◇ ◇
住み慣れた地を離れ、このローズレイクの街に来て早3ヶ月。
レイフィードとミリルの兄妹は、活気がありながらもどこか人のよいところがあるこの街を気に入っていた。
しかしレイフィードは、どうしてもこの街を好きになりきれなかった。
レイフィードの女装ハンターとしての始まりが、ここローズレイクだったからである。
レイフィードとミリルは孤児院育ちだ。
孤児たちは働き口が極端に少ない。
幸い、二人のいた孤児院は院長が優秀であったため、読み書きは学ぶことができた。
おかげで孤児院の子どもは、成人とみなされる15歳を超えたときには、人並みとまではいかないが、生きていくのに困らない程度には仕事にありつくことができた。
しかし、レイフィードとミリルはそれでは満足できなかったのである。
孤児院からは成人となったときに出ていくことになるのだが、レイフィードが成人したとき、妹のミリルはまだ13歳。
成人したばかりのレイフィードでは自分の食い扶持を確保することで精一杯。
13歳のミリルでは大抵の仕事がお手伝い賃程度の金しか得られない。
二人で暮らしていくことなどできないことは、小さな子どもでも簡単に想像できた。
孤児に割のいい仕事などはないのだ。
しかし、例外がひとつだけあった。
実力がモノを言うハンターだ。
二人は院長であるシスターに魔法を習い、シスター目当てに孤児院に顔を出していたハンターから体術を習い、反復して工夫して努力の果てに自分たちの強さを手に入れた。
年を経て、はれて二人は新米のFランクハンターとなったわけだが、なかなか実入りのよい依頼はなかった。
当たり前だが、条件のよい依頼であるほど、受注するには実力が確約されている高ランクハンターであることが前提となっているのだ。
低ランクのハンターは地道に地味な依頼をこなして貢献度を稼ぎ、AやSランクハンターを目指すものなのである。
だがしかし、レイフィード達は何度も下位ランクの依頼を達成してギルドに通うのにも慣れたころ、ふといくつかの依頼にはハンターランクがBやCでも条件のよいものがあることに気づいたのだ。
それこそが『女性限定依頼』である。
貴族等のいわゆるいいところの、なるべく男を近づけたくないとされている令嬢の護衛が一般的だが、出入りを女性のみにしたい場所の警備や、果ては依頼主の趣味などというちょっとアレな内容まで幅広く完備されている。
最近では女のハンターの数も増加してきているが、男と比べれば依然として少なく、さらには女だけのパーティなどまだまだ希少であった。
当初、レイフィードがこの系統の依頼を見ながら、「ミリルだけなら受けられましたね」などと軽い気持ちで言ったことが、すべての発端になっていることに当人は気づいていない。
レイフィードとミリルは知っていた。
レイフィードの容姿は、男子としてはかなり華奢で、その顔は端的に言ってゆるふわ系女子の様で、並み居る女性をなぎ倒す程度には整っていることを。
レイフィードにとっては吐血ものだが、孤児院にいたころは訪れてきたハンターからちょっとアレな感じの視線に晒されていたことを。
さらにはレイフィードがハンターになってからも、他所から来たハンターがミリルと共にレイフィードにちょっかいを出してくることがあったことを。
むしろレイフィードがメインで、ミリルはおまけ扱いされることの方が多かったということを。
そして、並み居る強豪ハンターには及ばないが、それでも二人は地道に懸命に依頼をこなしてきたことから、ランクとしても実力でも中堅ハンターとしてのレベルは十分に有しているということを。
その結果、ミリルは悪魔に魂を売ることにした。
「み、ミリル? ……その服はどう見ても女性ものですよね? 男にスカートとか、もうそれオシャレとかそういう次元は飛び超えていますよね?」
「うん。でも私たちには必要なことなの。とても、とても大事なことなの。
これがミリル達の運命、ひいてはこれからの人生の明暗を分けるといっても過言ではない!!」
「今でも冗談抜きで間違えられることがあるのに、私がそんな格好したらどうなるかわかりますよねぇ!?」
「ええ、ええ! わかりますとも!
……だからいいんじゃないですかぁ。ぅえっへっへへへへ」
「う、嘘ですよね?
かわいい妹が、そんな人の道に外れるようなこと……しませんよね?
本当はこの髪だって切りたいのに、ミリルがお揃いがよいと言うから伸ばしているんじゃないですか!
そんな兄の心を、さらに蹂躙するというのですか!?」
「……ちょぉぉっと脇道にズレてシアワセになれるなら、ミリルはとってもいいことだと思うなぁ」
「い…………いやあああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
合掌。
なお、初女装は違和感のかけらもなく当然のごとくうまくいった模様。
無論、いくら女装が似合うといっても姿形が変わるわけでもなし。
長い間住んでいる地元では顔が知れていることから、当然女性として依頼を受けることなどできない。
しかし、別の街ならどうか。
幸いというか、各ハンターがギルドから配布されている身分証とも言える冒険者カード。
これには、氏名、生年月日、ランクは記載されているが、見ればわかる性別などは省略されていた。
当然、元となる登録時の書類まで遡ればバレるが、わざわざ登録時のギルド支部に性別について問い合わせるなどという、手間がかかることをする職員などいない。
結果、本人の申告とギルド受付の判断で依頼は受注される。
こうして、レイフィードという名の虚像の女性ハンターが誕生したのであった。