第16話 ただのお話ですから
レイフィードはゲドー達を連れて裏路地へと入る。
細かな地理などわからないレイは、ゲドー達を出鱈目に連れ歩き他人の声がほとんど聞こえてこない場所まで移動した。
(……このあたりでよさそうですね)
大通りからは離れ、3人が歩くのがやっとの細い裏道。
ようやくゲドー達から離れられそうだと、レイは心底安堵する。レイにとってはこの上なく長い数分間であった。
ゲドーとその連れは、もはや下卑た態度を隠そうともしない。
「く、くくく。まさかわざわざ外に連れられるとは思わなかったぜ。相当なスキもんだなお前」
「その制服、上級学校だろう? それならお前、もしかして貴族様なんじゃないのか? ストレス溜まってるんか?
なら俺が吐き出させてやるよぉ」
「えへへへ。それではぁ、お言葉に甘えてぇ……」
レイは不自然にならぬよう、ゲドー達から腕を離し素早く距離を取った。
「金輪際、私たちには関わらないでください」
レイは満面の笑みで言い放った。
「…………」
「…………」
石化する二人に、レイは再度告げる。
「聞こえませんでしたか? 金輪際、私たちには関わらないでください。
街で偶然見かけても、知らないふりをしてくださいね」
硬直しているゲドーが、どうにか動き出す。
「……俺もそれなりにハンターやって長いとは思うんだけどなぁ」
ゲドーの連れも顔を引き攣らせ、ゆっくりとレイに近づいてくる。
「お前たちのような、実力もないくせにプライドだけは高い上級学校の生徒は見てるとイライラしてくるんだよ」
「そうですか。それで、私の言ったことは理解していただけましたか?」
「おぅおぅ、よぅくわかったよ。お前たちは、俺が今まで見てきた中でも特別に巫山戯た連中だってのがなぁ!!!」
ゲドーが見るからに硬い拳を振り上げ、レイへと振り下ろしてくる。
レイはバックステップで余裕を持って避ける。
「けっ!! 逃げられると思うんじゃねぇぞ!!
……お前ら出てこい!! この女にハンターの恐ろしさを教えてやれ!!!!」
ゲドーの呼びかけにゲドー達の後ろから、そしてレイの後方から一見してチンピラにしか見えない男たちがわらわらと現れる。
男たち剣、槍や斧を装備していた。
「……1人に対して8人ですか。彼らは貴方の愉快なお仲間さんですか?」
「そうだぜ。今更赦してくださいなんて言うなよ? まぁ言っても聞きやしねぇけどなぁ。
なぁに、怯えた態度でも取れば少しはサービスしてやってもいいぜぇぇ。ははははははっは!!」
「貴方たちの意向はよくわかりました。その気であるならば、もはや私も良心は咎めません」
レイは淀みない動作で剣を抜き正眼に構える。
「来なさい。ハンターの本当の恐ろしさを教えてあげます」
「ほざけぇ!! 状況も理解できねぇクソガキがぁ!!!」
前後で同時に男たちがレイへと向かって来る。
(前方と後方に4人ずつですか……定石どおり、まずは片側を確保しましょう)
レイは小さくつぶやきながら、反転して地を蹴る。
後方にいた男たちの距離が急速に縮まる。
槍を持った男が大ぶりにレイの頭上へと振り下ろす。
「うらあああああああああ!!!」
「はぁっ!!」
レイは力任せに剣を頭上へと振り、軽々と槍を切断した。
「……は?」
動きの止まった男の頭を柄で殴りつけ、続く短剣を持った男には側頭部に蹴りを入れ失神させる。
「て、てめぇぇぇぇ!!!」
短剣を持ったもう一人の男が、小さく鋭く連続で斬りつけてくる。
レイは身体を沈ませて躱し、鞭のように足をしならせ男の足を刈った。
男は横向きに転倒する。その隙にレイは腹を蹴り上げると、男は小さく息を吐き硬直した。
(あと一人!)
レイは男が落とした短剣を素早く拾い上げ、後方に一人で待機していた剣を持った男へと投げつける。
「がああああ!!! いでええええええええ!!??」
短剣は男の右の太腿へと突き刺さり、男はその場にうずくまった。
レイは振り返り、自分へと向かってきていた4人へと顔を向ける。
4人は挟み撃ちするまでもないと考えており、レイとの距離を数歩分はあけていた。
「ば……て、てめぇ!? ただの上級学校の生徒じゃねぇな!?」
想像を絶するレイの手並みに、ゲドーは興奮の汗がすべて冷たくなっていることを自覚する。
「当たり前でしょう。手荒なことに慣れていなければ、わざわざ好き好んでこんな場所に貴方たちのような者と来るものですか。
いい機会です。私がその性根を叩き直してあげましょう。来なさい」
「ふ、巫山戯るな!! 俺たちは、Bランクパーティ『奴魏仁』だぞ!! お前のような小娘にいいようにヤられてたまるか!!!」
疾走するゲドーはいつの間にか重量級のバトルアックスを手にしていた。
振られる斧の速さからして、レイを両断するには容易いものだ。
レイは真っ向から剣を振りゲドーの斧の刃と合わさり、
「…………ば、ばかなぁ!?」
ゲドーの斧を粉々に打ち砕いた。
「なんで、そんな……う、嘘だろ……」
ゲドーの後方にいた男たちは、ゲドーの斧がバラバラに舞った中心で、ゆらりと剣を構えるレイを見て青ざめる。
レイの細腕で、ゲドーの振るう重量級の斧を砕くなど常識外もいいところだ。
「次の方、もう来ないのですか? そろそろ遊びは終わりにして、真剣勝負とでも思ったのですけど……」
ゆっくりと歩き出すレイに、男たちは我先にと逃げ出した。
「あら素早いですね。引き際は見事です」
レイは剣先をゲドーへと向け、にっこりと笑う。
ゲドーは柄だけが残った斧を取り落とし、壁際にべったりと背を付けた。
「ひ……ひぃぃぃぃぃ!!!」
「もう、そんなに怯えないでくださいよ。取って喰いやしませんって」
「や、やめろ!! やめろぉぉおおおお!! 殺すなぁあぁぁぁ!?」
「ちょっとだけお話するだけですから……」
レイが剣で地を突き、斧の柄を砕く。
「もう少し静かにお話しましょうね」
「…………わ、わかった、わかった。なんでも言うこと聞く。だから、い、命だけは」
「私の要望は最初のとおりです。
もう二度と私たちには関わらないでくださいね。
街で会っても目を合わせず知らない振りをしてください。
もしも、貴方がたが私たちのだれかに関わったものと私が判断したならば……」
レイは剣をゆっくりとゲドーの喉元へと突きつけていく。
ゲドーは顎を上げて、震えたまま恐怖に耐える。
「そのときこそは真剣勝負をしましょうか。
今日のような、お・は・な・し、ではなくね。
わかりましたか? わかりましたら大事なお仲間を連れて消えてください」
レイが剣を引き脇へと逸れると、ゲドーは浅く息をしながら倒れている3人の元へと向かった。
レイはその様子を見届けることなく、剣を収めて歩き始める。
(……これでもう彼らが私たちにちょっかいをかけることはないでしょう。
まったく、最後の最後でとんでもない目に遭いましたね)
思わずため息をついて、この後に皆にどのように言い訳をしようかと頭を痛めた。
(話し合いに応じるような雰囲気は微塵もありませんでしたし、どうしたものでしょうね。
……て、あら?)
レイは裏道を数度曲がったところで立ち止まって呟いた。
「どうしましょう。……これ、帰り道がわかりませんね」
演技にいっぱいいっぱいで、レイは自分がどの道を辿っていたのかまるで覚えていないのであった。




