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第10話 我慢の限界がきたときには……

 上級学校での授業も数日が過ぎた頃。

 翌々日に休日を控えた昼休み、レイは教室から出ることに一苦労であった。


「レイフィードさん、明後日は予定ある? 確か君は王都出身じゃないよね?

 僕が街の案内をするよ。城下付近には真新しい劇場なんかもあるんだ。

 オペラや演劇には興味あるかい? あれはとてもすばらしいよ。人としての原点的感動があるんだ」


「そ、そうですか……私、休日は妹と買い物をする予定ですので……」


「なんだよ。じゃあこの俺が手を貸してやろうじゃないか。男手が必要だろ。

 どれだけ荷物があろうとも、ウチのもんも連れてくるから問題ねぇぞ」


「いえいえ、私たちだけで大丈夫ですから……みなさんのお手をわずらわせることもありません……」


「今日みたいに陽気な日にぴったりの公園があるんですよ。レイフィードさんでしたらきっと気に入ると思います」


「へ、へぇ……それはすばらしいですね。今度妹と行ってみますね……」


 群がる男子生徒をどうにかいなし続け、レイはようやく廊下へと到着した。


「姉さん、遅い!」


「好きで遅いわけじゃありませんよぉ……」


 妹の冷たい態度に、レイのストレスは限界値まであと一歩である。

 泣きそうになりながら、レイはミリルとティオニアと共に食堂へと向かう。


「そりゃあ、あれだけモテモテだと見せつけたくなる気持ちもわかるけどね。

 私たちは学校に勉強に来てるんだよ。不純異性交遊などもってのほかです。

 男漁りをしている時間はありませんからね!」


「神に誓って男漁りなどしませんよ……」


「なんだか本当に大変そうね。大丈夫?」


 クールなティオをして、この同情発言である。

 レイはさすがに護衛対象者に心配させるのはいかがなものかと、心労を吹き飛ばすように笑って誤魔化すのだった。




 食堂にて、レイは一人カウンターで所在なさげに立っていた。

 ミリルとティオはすでに席について食事をしている。

 レイの注文した食事だけ遅れてしまい、二人には先に食べてもらっていた。


「ねぇ、レイフィードさん。今日も大変かわいらしいわねぇ。休日にはどなたとお出かけになるの?」


 同期の女生徒がレイに話しかけてきた。

 その口調はねっとりとしていて、笑顔ではあるものの目がまったく笑っていない。


(う……男子生徒に声をかけられるよりも、数段怖いですね……)


「あの、妹と……」


「あらあらあら、聴き方が悪かったかしら。

 レイフィードさんは明後日の休日、何人の殿方を連れ立って歩きますの?」


 女生徒の言葉に、クスクスクスと彼女の取り巻き達が嗤う。

 彼女たちは全員が王都貴族の娘であった。

 田舎貴族(という偽装身分)のレイに大半の男子の目を根こそぎ奪われて、面白いわけがなかった。


(……女性の嫉妬って、もっとかわいらしいものじゃないんですか!?

 なんかこう真綿でジワジワと首を締められている気分です!)


 激しく居心地の悪いレイは、食事が出来上がったと同時に素早く受け取って立ち去る。

 レイの背後から追いかけてくるように聞こえてくる笑い声が、レイの心をゴリゴリと抉るのだった。




「レイフィードさん! 俺と勝負してくれ! そして、俺が勝ったなら、……俺が勝ったらそのときは……お、俺と……」


(…………どうしてこうなったのです)


 戦闘訓練の模擬戦時のことである。

 レイの演習相手となった木製の剣を持った金髪の少年が、レイを前にして謎の宣言を果たそうとしている。

 少年はこういった状況にあまり慣れていないのか、緊張した様子で頬を赤く染めていた。

 感情の機微に疎いところのあるレイだが、さすがにこの状況では少年がどういった気持ちでいるのかは察することができた。

 レイは少年と同じく木剣を持ったまま、少年の頭の向こうをぼぅっと眺めている。


(…………そら、きれい……)


 同性からガチの好意を叩きつけられている状況に、レイの心は許容範囲をオーバーし崩壊寸前であった。


「お、俺と…………で、ででデートに……」


(……その先……言わないでください。本当に……心が死んでしまいます…………)


 レイはどうすることもできずに、口から魂を放出していた。

 と、前方からバキッという打撃音がしてレイは我に返った。


「……え?」


 レイの心を粉砕せんと熱く語っていた少年が沈んでいる。

 その傍らには、レイを射殺しかねないほどに眉間に皺を寄せ睨みつける茶髪の少年がいた。


「レイフィード、俺と勝負しろ……」


 少年がゆっくりと木剣を構える。

 少年の体格はそれほどよくはないが、隙のない構えであった。

 レイは急速に意識が覚醒していく。


「俺が勝ったならば、貴様は金輪際訓練の場に顔を出すな……貴様の浮ついた雰囲気が、俺の集中を削ぐ。

 どうせ貴様はここへ政略の道具を漁りにきたのだろう?」 


「いえ、私はそんなつもりはまったく毛頭……」


「黙れ。ここは俺の戦場だ。技を磨き、身体を向上させ、俺は騎士となる。そのために俺はここにいる。

 貴様の戦場は決して訓練場などではないだろう。

 ここは、貴様のような守られるだけの弱い女がいる場ではない」


「あ、あのですね。私はあなたの思ってるような者では……」


「黙れ。俺にとって貴様のような女は最も唾棄する存在だ。

 目障りだ。消えろ」


 弁解することもできずに少年に一方的に言われ、さすがにレイもむっとする。


「…………私はこの学校に学びに来ているのです。結婚などまだ考えてもいません。

 と、いくらあなたに話をしても時間の無駄のようですね」


 レイは少年の目を見据えて剣を構える。

 少年……ナージュ・ゲシュタインは、レイの行動に冷笑で答える。


「はっ、不満か?

 ……ならば俺を倒し、ここが貴様の戦いの場であると証明してみせろ!!」


 ナージュが地を蹴るように踏み込み、急速にレイに接近する。


(速い。……無茶苦茶な人ですが、言うだけのことはありますね)


 レイはナージュが振りかぶる剣にはまるで反応しない。


「終わりだ!!」


 一切の手加減を感じられない一撃がレイに迫る。

 レイとナージュのやりとりを見ていた生徒から、「危ない!」と声が上がる。


(あくまで上級学校の生徒としては、ですが!)


 レイは木剣を手放してナージュの懐へと踏み込み、即座に反転して背中をあずけるように身を沈める。

 ナージュの剣が振られるに合わせ、レイはナージュの右腕を両手で取り背負い上げ、勢いのまま投げ飛ばした。


「!?」


 ナージュは突然視界がぐるりと回り、地面に落下して背中への衝撃に息が止まる。痛みと苦しさに、思わず木剣を取り落としてしまった。


「……ぐっ!!」


 ナージュは仰向けに倒れた状態から慌てて立ち上がろうとしたが、眼前に剣を突きつけられ固まる。


「勝負あり、ですね」


 呆然とするナージュから視線を切り、レイは背を向け歩き出した。

 同時に周囲にいた生徒達から一斉に歓声が上がる。

 レイは歓声に応え、右手をあげて、


(……歓声? ってああああああああああああああああああああああ!?)


「姉さん、かっこいぃぃぃい!!!」


 生徒たちに混ざって盛り上がるミリルの声を聞きながら、レイは手を挙げたまま顔をひきつらせ固まった。

 中堅ハンター、レイフィードは真剣勝負に反射的に応えてしまう――いわゆる脳筋であった。


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