第1話 幸せなのはとてもいいことです
陽が傾きかけた頃。
静かな喫茶店の奥のテーブル席に、向かい合わせで2名の冒険者が座っている。
2人とも銀色の長髪で、すれ違えば思わず振り返りたくなるような、目鼻立ちのしっかりした可愛らしい顔をしていた。
「姉さん姉さん! 今回の報酬見てよ、ヤバイヤバイよ! 金貨50枚も入ってるよ!!」
小柄な方の少女が、金貨の入った革袋を手に興奮している。
陽の光りを浴びて輝く銀髪は、頭頂部付近で左右に結われ肩下まで流している。銀髪が踊るように揺れていた。
「……ご機嫌ですね、ミリルは」
向かいに座っている少年、レイフィードは若干疲れた表情で、紅茶に口をつけた。
少女と同じ銀髪は、首の後ろで縛っており、胸の前まで伸びている。銀髪に動きはない。
上機嫌の少女、ミリルは革袋をしまうと、うんうん頷いた。
「そりゃあ依頼が上手くいって、依頼主は満足、私たちもいっぱいお金もらえてハッピーでしょ。
これで不機嫌にしてたらバチが当たっちゃうぞ!」
「……みんなが幸せなんですね……それはとてもいいことです」
「もー、そんな死んだ魚の目しないでよぅ。せっかくの可愛いお顔が台無しだよ?」
「フォローにならないフォローしないでください……」
「あらら。なんだか今日はいつもよりも元気ないね?
お嬢様にあぁぁぁんなに懐かれてたのに」
「う゛……」
「ウォーゴブリンの団体さんには、ちょこっとびっくりしたけど、おかげで報酬をはずんでもらったところはあるよね。
三日間、別荘へお出かけするお嬢様を護衛するだけで金貨50枚はおいしすぎだよねー」
「……そ、そうですね」
居心地悪そうに視線を外すレイフィードに、ミリルは人懐っこい笑みを浮かべた。
「ところで姉さん。屋敷の前でお別れするとき、お嬢様に連れて行かれてたけど、一体何のお話しをしてたのぉ?」
「うう゛う゛…………そ、そんなこと、どうでもいいじゃないですか……し、仕事の話ですよ……」
「『レイフィード様! どうかワタクシの、お姉さまになってくださいまし!!』なーんて、言われてたりしたの?」
「一言一句間違ってないですよ!? 何盗み聞きしてるんですか!!」
「妹としては、新しい妹ができることには、やぶさかであるのです」
「……安心してください。そんな予定はありませんから」
「それはそれで残念だなぁ」
全然残念そうに見えない顔で、ミリルはモンブランを口に運んだ。
途端、ふわぁぁぁっと浄土にでも旅立ったかのような表情になる。好物を口にして至高の幸福をかみしめていた。
(……妹は得ですよね)
レイフィードはミリルの顔を見て、しみじみと思う。
無論、決して自分が妹になりたいわけではないのだが。
「でもさ、今回は姉さんも迂闊だよ。
そりゃあ、蝶よ華よと大事に大事に育てられてきたお嬢様が命の危険にさらされてるところを、颯爽と現れた可憐な剣士が危機を救っちゃったんだから。
向こうがのぼせちゃうのも無理ないよ」
「ええぇ……そんなの仕方ないじゃないですか。それが仕事なんですから」
「姉さんって、かわいいくせに、敵は容赦なくバシバシ倒しちゃうでしょ。
女の子はそのギャップに、クラっときちゃうんだよねぇ」
「それこそ仕方ないでしょう……。それにミリルだって、魔法でゴブリンを倒していたじゃないですか」
「魔法もかっこいいけど、目の前で庇いながら敵を斬って捨てていくかっこよさは出せないのだよ。
あ、姉さんの一口ちょーだい」
「いいですけど、特大の一口はやめてくださいね」
レイはため息を吐いて外を見る。
偶然通りかかった冒険者のパーティが歩いていた。
レイの目を特にひいたのは、筋骨隆々のバトルアックスを肩に担いだ男が、プレートアーマーに身を包んだ細身の男と談笑している姿だった。
双方、方向性は異なるが非常に男らしい姿であった。
「ああいうのがいいの?」
チョコレートケーキをむぐむぐしながら、ミリルがなんの気なしに聞く。
レイフィードは、ぐっと右手を握り切実に呟いた。
「ああいうのがいいんです……」
「無理だと思うなー」
身も蓋もなくばっさりと言われて、思わず泣きそうになるレイフィード。
ローズレイクの街にやって来て早3ヶ月。
16歳の少年レイフィードは、今日も異常に似合う女装姿で周囲にまったく気づかれることなく、希少な中堅女ハンターとして過ごしているのだった。