間章7 繋がらない縁
長い廊下を進み、大きな扉の前に立つ。
見慣れた、というには訪れた回数はさほど多くはない。それでも城内で訪れたことがある場所としては最多だろう。
「…………」
「エリー様……」
「大丈夫だよ、モモ。叱られに行くわけじゃないんだから」
「う~、分かりました。モモはここでお待ちしております。いってらっしゃいませ」
心配そうに送り出すモモの頭を撫で、エリーは息を吸った。
本来なら気負う必要もないのだが、この時だけは身が強張ってしまう。まるで罪を告白する罪人となった気分だ。
「……よしっ!」
一声気合いを込め、リング状のノッカーを握った時だった。
感情の乗らぬ冷たい声がエリーの決意を引き裂いた。
「そこで何をしているのかしら?」
「っ……!」
びく、と身体に痺れが奔った。
背中を走り抜けていく悪寒の正体は拒絶か、はたまた恐怖か。
「聞こえなかったかしら? それならもう一度言ってあげる。――どうしてお前のような売女が我が城の空気を穢しているの?」
「クリス……姉さん」
亜麻色の髪の美女、クリス・アイン・ドットフィリアが瞳を細めエリーを睨み付けていた。
整った顔立ちだが、その表情に温度は一切感じられない。
「以前言わなかったかしら、エリーヌス? ワタクシを姉と呼ぶなと」
「も、申し訳ありません。ですが、今夜は国王陛下のお招きで――つっ!?」
言葉を言い切る前に、エリーの身体が引き寄せられた。
遠慮のない力で髪を引かれ、皮膚が千切れたと感じるほどの痛みが奔る。
「ああ、穢らわしい。まるで鉄屑のように澱んだ色。僅かでも血が繋がっていると思うと怖気が奔るわ」
「い、痛いっ! 放してください! クリス姉さん!」
「……ねえ、エリーヌス。誰の許可を得てここにいるの? 誰が発言を許可したの? ワタクシ? ティティスお母様? それとも、あの愚かなる国王?」
「おやめ下さい、クリス様!!」
堪え切れずに叫んだのはモモだった。
強気な眼を向けているが、小さな身体を震わせている。
「……主が主なら、従者も従者ね」
興味を失くしたようにエリーの髪を手放すと、見下すようにモモを睨み付けた。
蛇に睨み付けられたかのごとく、モモの口から怯えの吐息が漏れる。
「ひっ……その……先程のお言葉は……クリス様でも……過ぎるかと……」
「ねえ、モモ。以前ワタクシは言ったはずよ? お前は器用だけど、その劣等種特有の言葉遣いに虫唾が奔ると。次に許可なく発言したら……分かるわね?」
「ひ……ぁっ……ぅ……」
「モモ!」
我慢の限界だった。
恐々となるモモの手を引き、エリーはその場を立ち去る選択を取った。
「ごめんなさい、クリス姉さん。もう、ここには来ませんから!」
そう言い残すことしかエリーには出来なかった。
去り往く銀色の髪を見ながら、クリスは嘲笑を漏らした。
「そうやってまた逃げるのね。売女の娘に愚民の女中、おまけに臆病者の父親。ああ、まったく不愉快。ただでさえ先日の会食騒動で苛立っているというのに、ティティスお母様が聞いたらなんと仰るか」
くつくつとクリスは冷笑を浮かべる。
とても血の繋がった姉妹に向けたものとは思えないほど、それは酷薄な表情だった。