間章6 犬猿の仲
家に戻ったエリーを待っていたのはモモであった。
「あれ、モモ? 今日は自宅に泊まるはずじゃ?」
「ふふん、モモに隠し事は出来ませんよ。エリー様の緊急事態に出遅れるようじゃ従者失格というものです」
「別に緊急事態ってわけじゃない……けれど、ありがとう、モモ」
自分を案じてくれる小さな従者に感謝を述べる。
断ったとしても、モモは頑として聞き入れようとはしないだろう。
「さあ、お早く着替えて下さいませ。国王様、いいえ――父君にお会いになられるのですから」
ドットフィリア王城にはすぐに辿り着いた。小屋が城の離れである事が唯一役立つ瞬間である。
「エリー様、大丈夫ですか?」
「うん。一応、覚悟はしてきたから」
付き添ってくれるモモには頭が上がりそうもない。自分一人であったなら、敷居を跨ぐことすら躊躇していただろう。
城の正門とは逆位置、離れから通じる裏口へと向かう。諸々の事情から、正面から入るのが憚られる為だ。
裏手に回ると、小さな扉の前に長身の男が佇んでいた。
ウィジェットの制服を身に纏ったその人物は、エリーの姿を見るやこう言った。
「お待ちしておりました、エリーヌス姫殿下。ご足労に感謝致します」
「……フェドラさん」
厳めしい表情を隠さぬまま二人を睨み付ける男。ウィジェットの三将の一角にして実質上のウィジェットのトップ、フェドラ・トーラスであった。
エリーにとって顔馴染みではあるが、今は努めて真摯な対応を取った。
「お久しぶりです。お忙しい中お出迎え頂きありがとうございます」
「仰る通り。寝る間はおろか一秒一瞬たりとも無駄に出来ぬ有様です。時間すら守れぬ王族の気まぐれに付き合う時間もありません」
「う……ご、ごめんなさい」
見知った顔であっても遠慮なく糾弾してくるフェドラ。ストイック過ぎる彼の性格はエリーにとってある意味羨ましいほどであった。
しかし、そんなフェドラの鉄面皮へ正面から挑む者もいた。
「なんっですかその態度は!? 文句があるならはっきり言ったらどうですか? 毎度毎度ネチネチと、そんなだから彼女の一人も出来ないんですよ!」
「モモ・ブリテイン、貴様を呼んだ覚えはない。無意味な騒音を発するならば即座に摘まみ出すぞ」
「やれるものならやってみなさいませ! モモはエリー様直属の従者、いわば一心同体なのですから!」
「ス、ストップストーップ! モモ、もういいから、ね? フェドラさんも、遅れてしまったことは謝りますから、どうかここは穏便に……」
水と油、とはおそらくモモとフェドラのような関係を言うのだろう。
同じ三将であるリナやウブントゥ以外で、フェドラに遠慮なく発言出来るのはモモくらいのものだ。
そして、そんな二人を止める為にいつもエリーは火消し役となっていた。
「ふん、まあいい。俺の役目は姫殿下を案内することなので。ただし、一つ忠告しておきましょう」
クイ、と金縁のモノクルを動かしながらフェドラは言った。
「次に訪れるまでに女中の躾くらいは済ませておいて頂きたい。でなければ、桃色猿の為に牢屋を用意せねばならなくなる。税金の無駄だ」
「はぁ!? 桃色猿って誰のことですか!?」
喚くモモを無視し、フェドラはその場を立ち去った。
その背中が見えなくなるまで、モモが舌を出していた。
「悪気があって言ったわけじゃない、と思うよ……多分」
「むしろ悪気しか感じませんでしたよ! いつでもどこでも眉間に皺よせて、品がないったらありません。さ、あんな無礼男は放っておいて行きましょう」
喧嘩するほど仲が良いという言葉があるが、この二人の場合は例外と思うエリーであった。