間章1 エリー
エリーの朝は早い。
ドットフィリアの夜空が朝焼けに染まると同時、ぱちりと眼が開いた。同時に、大きく開いていた口が閉じる。
「いただきまぁ……す? なんだ、夢か。特大パフィンが眼の前だったのに……」
口元の涎を拭くと、エリーは簡素なベッドから出た。
まだ外は薄暗いが、手元が見えぬほど暗いのはこの部屋の性質である。
「眼鏡……眼鏡は……あれれ? 机から落ちたのかな?」
ふらふらと手探りで眼鏡を探すエリーに声が掛けられた。
「ベッドの上は探しましたか?」
「上? えっと……あっ、ありました~」
長年使い込まれた眼鏡を掛けると、眼の前に頬を膨らませる少女――モモ・ブリテインの顏があった。
「わひゃ!? モモ! 驚かせないでよ~」
「おはようございます、エリー様。ま~た寝る前に本を読んでいましたね! 何度言わせるつもりですか。眼が悪くなるからやめて下さいませ!」
小言を突き付けるモモはエリーより遥かに小柄で幼かった。紺色の給仕衣服に身を包んだ姿は在り様だが、手伝いに勤しむ子供という方がしっくりくる。
そんなモモに叱られ縮こまるエリーが眼を逸らしながら言った。
「ぅ……だって……」
「だって? 何ですか?」
「……すでに眼は悪いし……ひぃっ!」
スパーン! と快音が鳴り響いた。
頭を撫で涙目になるエリー。モモの手には蛇腹に折り畳まれた白紙が握られていた。
「うぅ、それ私が作った扇ぎ道具なのに……」
「これのどこが仰ぎ道具ですか? ど~見ても引っ叩き用アイテムです。まあ、音だけは気持ちいいですけどね」
「あ、じゃあ楽器に使うのはどうかな? 今度子供達が演奏会をするので、カスタネットのお供に」
「恥晒しになるからやめて下さいませ!」
再びスパーン! と弾けるような音が外まで響いた。