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ボーダブレイカ  作者: 高温動物
20/35

仮面の殺意

 普段は女中や政務員が行き来する廊下も、今は煌々とした照明だけが揺らめいている。立ち入りを禁じてはいないが、わざわざ気配を殺して侵入する場所ではない。

「この部屋か。空き部屋のはずだけど」

 さきほどの気配はこの部屋で消えていた。

 勘付かれた。そう考えるのが妥当だろう。相手が何者かは不明だが、ミレアは隠密のプロではない。気付かれずに追える自信はなかった。

「このまま逃げているか、それとも……」


 扉に手を掛け、ゆっくりと開いた。

 部屋の中は暗く、雲に隠れているのか窓には月明かりすら窺えない。

 ミレアは息を吸い、身を屈める。

 足に力を込め、身体を投げ出すように部屋内へ飛び出した。

「ッ! ダガーか!」


 室内へ投げ出した身体を射抜かんと、数本のダガーが床に突き立っていた。もし悠長に歩いて入室していようものなら、標本のように射止められていただろう。

 懸念していたのは相手の思考だ。ミレアに見つかったことで早々に逃げ出すか、逆に見られてしまったことで口封じを行おうとするか。どうやらこの相手は後者だったらしい。

 ミレアは即座に身を立て直すと、部屋の扉上、天井に張り付いた者を見据えた。

「招待客、ではなさそうね。生憎と仮面舞踏会を開いた覚えはないわよ」

 その者は闇に同化するように黒い布を纏っている。しかし、暗闇でも露骨に目立っている部分、白い頭蓋骨めいた面がミレアを睨み付けていた。


「…………」

「答える気はない、と。ならこっちも名乗らない。不審者として拘束する――」

 ミレアが言い切る前に、面の者が飛んだ。

 一直線にミレアへ飛び掛かり、すれ違い様に腕を振るう。手にはダガーが握られており、鈍色の殺意がミレアの喉元を狙った。

 だが、その刃は振り切られることはない。普通なら視認すら出来ぬ速度である尖刃を、しかしてミレアは腕ごと受け止めていた。

「――つもりだったけど、気が変わった」

 ミレアが呼気と共に膂力を振るうと、面の者の身体が浮き上がる。

 さすがに驚きを隠せず、面の下から息を呑む気配が窺えた。

「殺す」


 吐き棄てるように宣言し、胸部へと掌底打ちを叩き込んだ。

「ぐっ!?」

「確実に肋骨は砕いたはずだけど、直前に身を引いた?」

 呻き声を上げた面の者は後方へ吹き飛んでいた。

 しかし、その勢いを利用したことで窓ガラスを突き破ると、即座に夜闇へと身を投げ出していた。初手を止められた時点で退却することを選んだようだ。感情には一切左右されず状況を認識出来る点からも、やはり相手は戦闘を生業としている者のようだ。


「仕方ないわね。あまり好きじゃないんだけど」

 ぼやきながらミレアが取り出したのはサバイバルナイフだった。あまり使うことはないが、利便性の面から携帯するようにしている。

 走り去ろうとした面の者の背中に向け、ミレアはナイフを放り投げた。それは僅かに曲線を描きながら面の者の(もも)を貫いた。

 想定外の痛苦に面の者はバランスを崩し倒れ込んだ。

 傍目に見事なまでの投擲だったが、ミレア自身は不満を口にした。

「やっぱり自分の身体以外は信用出来ないわね。急所外した」

 窓から外に出、倒れた面の者へ近付く。警戒は怠らなかったが、反撃してくる様子はない。

「さて、せっかく生き残ってくれたことだし拘束を……っ! コイツ、自分で!?」

 面の下から緑色の泡が窺え、ビクビクと身体を痙攣させている。おそらく捕らえられた際に情報を与えぬよう自決毒を持っていたのだろう。


 間もなくして面の者は動かなくなり、不快な異臭だけが周囲に漂った。

「躊躇いもなく毒を呑んだっていうの? ただの野盗じゃない。コイツは……ッ!?」

 瞬間、異常な気配を感じミレアは身震いした。

 人や獣が放つ殺気なら知っている。剥き出しの敵意なら振り払えばいい。しかし、重く圧し掛かってくるこの感覚は経験しようもない。


 それは『死』だ。


 死という概念が形骸化し、ミレアを一直線に見下ろしているのだ。

「ハァ……ハァ……あれ、は?」

 多量の脂汗を滲ませながら、ミレアは気配の元を辿る。

 月が染め上げる塔の頂にそれはいた。先程の者とは似て非なる仮面と黒衣を身に纏い、ミレアを睥睨していた。

 茫洋たる蒼光を背にした姿はまるで夜を支配しているようだ。

「…………」

 ミレアもまた見上げ続ける。決して屈せぬという鋼の意志を瞳に宿し、無機質な仮面をただ睨み付けた。


 邂逅は数秒。仮面の者は身を翻し、王城の内部へ姿を消した。

 我に返ったミレアは、賊が侵入した場所の重大さを再認し思わず声を上げた。

「――メイル!!」

 ミレアは一気に屋根へ駆け上がり、メイルの部屋へ向かう。

 時を同じくして、広間で起きた凄惨な騒動に気付くことはないままに。

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