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ボーダブレイカ  作者: 高温動物
18/35

黒と銀

 城内から漏れ聞こえてくる歌劇を聞きながら、裏口の警備に立っていた衛士が欠伸を漏らしていた。

「はぁ、今頃中では貴族様達が豪華ディナー中か。こっちにもお裾分けくらい欲しいね」

「ぼやくなよ、よけい腹減るだろ。もうじき交代の時間なんだから我慢しろ」

 そんな取り留めも無い話をしていると、カサッ、と暗い茂みから音が聞こえた。交代人員が訪れたのだと歓喜する。


「噂をすれば。豪華ディナーとはいかないが、いつもの安酒で一杯やろうぜ」

 隣に話しかけるも返事がない。

 交代を待ち望んでいたにしては妙だと思い、もう一度話しかけようとした。

「…………っ!?」

 声が出ない――そう気付いた瞬間に、喉元から猛烈な嘔吐感がせり上がってきた。

 事態を確認する前に、呼吸器官と視界が真っ赤な血色に染められる。

「ぐ……ぼば……」

 まるで海に溺れたように足元が揺らぎ、その場に倒れ込んだ。

 衛士が最後に見た光景は、同じように喉を裂かれた同僚の死に顔だった……。



 茫然と見つめ合うこと数秒、ミレアは文字通り眼を奪われていた。

 研ぎ澄まされた刃のような銀光は闇夜をも寄せ付けない。ミレアも刃物を扱うことはあるが、新品の刃であってもこれほどの純色は出せないだろう。

 思わず魅入られてしまうミレアに対し、少女が首を傾げていた。


「あ、あのぅ……どうかなさいました?」

 まじまじと見つめてしまったせいか、逆に問い返されてしまった。

「え? あ、いや。咳は大丈夫?」

「あ、その、お気遣い頂き……ありが……ございます」

 途中から声が小さ過ぎて聞き取れなかったが、とりあえず咳は収まったようだ。


 見たところ少し年下だろうか。小柄な体型なのは間違いないが、気弱な雰囲気を出しているせいで見た目以上に小さく見える。

 一先ず、ミレアは立場上訊ねる必要があった。

「失礼だけど、招待客?」

 気付けば敬語を忘れていたが、今更直す気にもならなかった。

「ぅ……一応……」

 少女の返事は会場から漏れ出た歓声に掻き消された。幸い劇は好評のようだ。

 しかし、ミレアは単純に苛立ちが募るだけだった。

「なに? もう一度言ってくれる?」

「ひぅ…………えぅ…………」


 徐々に鋭くなるミレアの眼に睨まれ、すっかり委縮してしまった少女。近眼なのか眼鏡を掛けており、その奥の瞳は涙ぐんでいた。

(埒があかない……。衛士に引き渡せばいいかしら)

 幸い今は変装しているわけではない。単なる警備員として手続きを進めるだけだ。

 そんな風に考えていると、少女の傍らに一冊の本が落ちていることに気付いた。

「ん? これは……『地龍伝』。懐かしいわね」

「ご、ご存知なんですか!?」

 突如、少女がミレアに詰め寄った。急な勢いに気圧されそうになるほどだ。


「っ、まあね。そもそも地龍伝はエインフィリアで書かれた本だから」

 地龍伝――それはフィリア領の最大宗教派閥であるクリスナ教の原点となる物語だ。

 厳密には教典の一節なのだが、子供にも解し易い物語として編纂されたのが地龍伝である。エインフィリアでは大人子供を問わずベストセラーとなっており、ミレアも子供の頃、メイルの持っている本を読んだことがあった。

「凄い! 感激です! やっぱりエインフィリアの方はご存知なんですね! 私、この本が子供の頃から大好きで、もう何百回読んだか分からないほどで」

「わかった、わかったから少し離れて!」

 本を突っ返しながらミレアは後ろに下がった。


さっきまでの小動物ぶりはどこへ行ったのか、いきなり肉食獣に変貌したようだ。

 爛々と眼を光らせながら少女はミレアを問い詰めた。

「それで、貴女はどの場面がお好きなんですか? 好きな登場人物は? あ、もちろん動物と人間どちらでも」

「あぁもう! 物語の話はいいから、先に質問に答えなさい!」

「あ、そうでしたね。私は……えと……」

 急に言い淀む少女。吃音でも患っているのではないかと不安になる。

 逡巡した後、少女はこう答えた。


「ドットフィリアの招待客……が知り合いにいまして。その方にご一緒させて頂いた、ような感じです」

「よくわからないけど、ドットフィリアの招待客ってこと? でも、さっきは見かけて……っ」

「…………?」

 危うく口が滑りそうになったミレア。当然のことだが、自分がメイルに扮していたことは口外禁止である。

(挨拶に来た招待客にはいなかった。こんな目立つ容姿の子がいれば絶対に覚えているはずだけど。そもそも本当に貴族?)

 こう言ってはなんだが、少女の身なりはとても裕福な家柄とは思えない。


 銀色の髪だけを見ればメイルにも見劣りせぬ美しさであり、よく見れば顔立ちも整っている。しかし、身に纏った衣類は明らかに既製品であり、眼鏡も長年使い古した物だ。これならいっそ一般人が迷い込んだ、と言われる方が説得力もあるだろう。

「質問を変えるけど、ここで何を? 今は向こうで劇が開演中だけど」

 ギクリ、と音がしそうなほど露骨に少女の肩が撥ねた。

 何か(やま)しい事でもあるのだろうかとミレアが問い質そうとした時、

「エリー様~、ど~こで~すか~、お帰りの時間ですよ~」

 誰かを探しているのだろうか、幼い少女の声が聞こえた。


 それを合図にしたように、ぴょこん、と少女が立ち上がる。その挙動も小動物のようであった。

「あ、モモが呼んでる! ご、ごめんなさい! もう帰る時間なので! あ、それとお料理美味しかったですけど、ちょっと塩分が濃いと思います!」

「は?」

 ぴょこん、と頭を下げた後、少女は足早に去って行った、と思ったのだが。

「足遅っ……あ、こけた」

 随分と鈍間(のろま)な足取りで少女は暗闇に消えて行った。

 色々問い質すべきだったのかもしれないが、正直面倒くさくなっていた。


 それにしても、とミレアは周りを見回す。テーブルに並べられていた様々な料理が見事なまでに食い散らかされていた。誰が犯人かは言うまでもない。

「ハイエナじゃあるまいに……。オマケにダメ出しって、ドットフィリアの連中は何かにつけ文句を付けないと気が済まないのかしら」

 劇が終わるまで三十分ほど。ミレアの急務は女中達に料理の追加を注文することとなった。

 去る前に、皿の上に残っていた魚料理を摘まんでみた。

「……しょっぱ」

 味についてのダメ出しだけは無下に出来そうになかった。

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