九話 滅亡フラグからは逃れられない!
あれ? 今スクードさんの口から「世界が滅びる」とか聞こえたような……。
聞き間違いかな?
私が命がけで世界を救ったのがほんの数日前。
なのにまた滅びの危機が迫ってるだとか、そんなまさかねー。
そう思いながらジャンネさんに視線をやると、私と同じ唖然とした表情になっちゃってた。そりゃそうだよ。
まあ、間の抜けた表情でもジャンネさんは変わらず美人だけどね!
「あの、スクード様。世界が滅びるというのは一体……? 『落ちてくる世界』の危機は去ったのではないのですか……?」
自身の不吉な想像を振り払うように、そう問いかけるジャンネさん。
「……そうですね。シラサキカナンも状況を理解していないようですし、最初から説明していくことにしましょうか」
スクードさんはそう言って、ゆっくりと語り始めた。
「事の始まりは、やはり『落ちてくる世界』――そしてそれを呼び寄せた魔王でした」
――魔王を討伐するため、この世界の東西南北それぞれにある四つの大国は、大量の魔石を消費し競うように異世界からの召喚を行った。
そして念願叶って、数多の勇者の命と引き換えに魔王討伐にまでこぎつけることが出来た。しかし――。
「――魔王の居城があった東方。そこに住んでいた人、動物、魔物、国、そして大地――言葉通り『東方の全てのマナ』を代償として、魔王は『落ちてくる世界』を召喚したのです」
この世界が滅亡するまで残り二年。せいぜい足掻いて絶望するがいい――と。
呪いの言葉を世界中に響き渡らせたのちに、魔王は絶命した。
最初はほとんどの人間が、負け惜しみのハッタリだろうと楽観視していた。
だが各国の占星術師達が相次いで「落ちてくる世界」の存在を確認。
瞬く間に世界中がパニックへと包まれた。
それから二年。
魔王の呪いの言葉通り、世界はゆっくりと近づいてくる「落ちてくる世界」への恐怖に晒され続けることとなった。
「シラサキカナン、ここまではいいですか?」
「……え? あ、はい。大丈夫です」
とりあえず「落ちてくる世界」が召喚されるまでの話は理解出来た。
でも、それってもう解決済みの滅亡フラグなんだよね。
てか、魔王が討伐されたのって二年も前のことだったんだ。
私がこの世界に来る少し前くらいの出来事だと思ってたんだけど、そう考えると結構な時間が経ってるんだなぁ。
討伐から今日までの二年間に、この世界を滅亡に導くようななにかが起こったってこと……?
「さて、ここからが本題ですが……魔王が『落ちてくる世界』を召喚したことの代償として、大国の一つであった『共和国』を含めた東方全域がマナを失い冥化しました」
スクードさんが、再びゆっくりと語り始めた。
なんかまた新しい単語が出てきたな。
「冥化?」
「この世界のあらゆるものにはマナが含まれています。それが無くなるということは、本来ありえない現象なのです」
うんうん、神様からもらった小冊子にも書いてあった。
私はコクコクと相槌を打つ。
「世界を正常な状態に戻すため、冥化した大地はマナを求めて他の大地へと侵食していきます。ここに来るまでに、あなたもその様子を散々見たのではないですか?」
それってまさか……。
「そこら中にいるゾンビ達は、マナを吸い尽くされた死体か冥化し、マナを求めて侵食してきている様なのですよ。だからあれらはマナを持たず、通常のアンデッドとは違い存在が消滅するのです」
……なんてこった。
森がゾンビだらけなのは、この辺りまで侵食が広がった結果ってことなのか。
「本来ならば各国が協力し、魔石などを用いて侵食を食い止めなければならないのですが、そもそも勇者召喚を行い過ぎたことで各国ともに疲弊しており、魔石自体がほとんど枯渇していました。それに加えて『落ちてくる世界』による恐慌。まともな対策を取れないまま、冥化による侵食だけが広がっていったのです」
確かに、その状況で侵食の広がりを防ぐって並大抵のことじゃないよね……。
「落ちてくる世界」っていう圧倒的な死の危険が迫っているなかで、その行動に意味を見出すのは難しいと思う。
「もちろん、早期に侵食を食い止めようと動く者もいました。ジャンネ・ベターリーフ、あなたもそうだったのではないですか?」
「……そのようなこともあったかも知れません」
ジャンネさんは顔を下に向けたままで、苦々しげにそう言った。
「あなたを大監獄に送るとは、王国も愚かなことをしましたね」
「……独断で軍を動かそうとしたのですから、反逆罪に問われるのは当然です。当時はまだ南方まで侵食が広がっていなかったということもありますし、なにより『落ちてくる世界』によってもたらされる死から逃れる方法を探ることが、王国議会の最優先事項でしたので」
なんでジャンネさんみたいな人が囚人にと思ってたけど、そんな理由があったのか……。
冥化の問題が取り返しがつかなくなる前に、なんとかしようとした結果だったんだ。
しかしなるほどなぁ……その冥化による侵食が、いずれ世界を滅ぼすってことなんだ。
どう対処すればいいんだろう、結構な難題だ……。
「さて、これが一つ目の危機です」
へ? まだあるの!?
「二つ目の危機ですが、北の『帝国』が独断で『原初の龍』の封印を解き放ちました」
「……原初の龍って?」
うん、名前からして嫌な予感しかしないね。しかもとびっきりに。
「大昔、神話の時代に多大な犠牲をもって封印されたと言われている古の悪龍。そして全ての龍の根源とも言われている存在です」
はぁ!? それを解き放っちゃったの!?
帝国の人はなにしてくれちゃってんの!? バカなの!?
「帝国の思惑としては『落ちてくる世界』にぶつける算段だったのでしょうが、原初の龍は封印が解かれるとすぐさま帝国を中心とした北方一帯を氷漬けにしてしまいました。そして今も北方を根城とし存在し続けています」
うわー最悪だー!
龍も帝国のお偉いさん達も、ほんと最悪だ!
そんなのまでどうにかしなきゃこの世界は滅亡しちゃうのか……。
私が戦って勝てたり……しないよなぁ多分。
「……あなたが『落ちてくる世界』に対処出来たのは単に相性が良かったからに過ぎません。〈アイテムボックス〉すら満足に開けない今のあなたでは、数秒たりとも保ちませんよ」
私の表情からなにかを読み取ったのか、スクードさんがそう忠告してくる。
「……ですよねー。ちなみに、原初の龍の強さってどれくらいなんですか?」
「言葉で表現するのは難しいですが、そうですね……原初の龍と争うくらいなら、魔王を五体同時に相手にするほうがよほど勝算がある――という程度でしょうか」
たくさんの勇者達の命と引き換えにやっと倒した、魔王五人分より強いのか……。
なんだそれー実質不可能って言ってるようなもんじゃないか!
いい加減にしろ!!
「まだまだありますよ」
やめてー! もう聞きたくないよ!!
「直近の危機としては先の二つですが、先程話に出た『盗賊国』のこともありますし、今回の滅亡危機に乗じて急拡大した邪神信仰の問題。西の『亜人連合国』でもいくつかの種族が離反し内情はガタガタのようですし、それから『落ちてくる世界』の危機が去ったことで、魔族達も動き始めることでしょう」
お腹いっぱいにも程があるわーなんなのこの世界。
ほんと勘弁して……。
私はもはや何度目になるかわからないその言葉を、心中で吐き出したのだった。