五話 巨大熊VS赤髪の人featuring私
やっとこさ巡り会えた、貴重なゾンビじゃない人達からのお願いだからね。
聞かないわけにはいくまいと――。
女の子に教えられて向かった先では、体長三メートルはありそうなどでかい熊がグルルルッと、低い唸り声を上げていた。
でっか! そして怖っ!
うはーとんでもなく大きいけどあれって、熊だよね……?
体格だけじゃなくて、私の記憶の中の熊よりも顔が凶悪、というか口端からよだれがダラダラ垂れてるけど……。
でもまあギリ熊かな、多分。
ただなんとなく、感じる気配のようなものがゾンビ達のそれと似ている気もする。
もしかして熊のゾンビだったりするんだろうか。
巨大熊の存在感に圧倒されてしまった私は、まずは近くの木陰に見を潜めて様子を伺うことにした。
巨大熊の見据える先には、剣を構えた赤髪の女の人が立ちはだかっている。
女の人は肩で息をしてるのが見て取れるが、外傷なんかはなさそうだ。
あの人が女の子の言ってた「お姉ちゃん」だよね、多分。
大きな怪我は見当たらないけど、あまりいい状況には見えない。
押されてるって感じなのかな。
加勢したほうが良さそうだけど……。
私にあれが倒せるかな。どうだろ、こっちの居場所を悟らせないように隠れながら攻撃すればなんとかなる……?
「うーん……て、あっ!」
私が決断出来ずにいたその間に、赤髪の女の人が巨大熊へと駆け出して行ってしまった……!
一括りにした長髪をなびかせながら、女の人は素早い動きで巨大熊の振るった前足をくぐり抜けると、懐に入り手にした剣を叩きつける――。
しかし「ガキンッ!」と金属がぶつかるような音を上げ、巨大熊の体毛が女の人の剣撃を弾き返してしまった。
うおーーい、まじで……?
刃物で切り裂けない体毛とかって有りなの?
異世界熊の非常識さを見せつけられ、あっけに取られる私。
だけど女の人は全く怯まず、今度は熊の側面へと回り込み、体をくるりと回転させながら前足の付け根付近を斬りつけた。
でもやっぱり彼女の剣では巨大熊の身体を切り裂くことが出来ない――と思ったんだけど。
「ぉおおおおおおおおッ!!!」
彼女の気合の入った咆哮に呼応するように剣先が赤く輝いたと思ったら、いきなり爆発して巨大熊の前足をふっ飛ばした。
おおおおお、すごッ! かっこいー!
今のってスキルだよね……? スキルブックに載ってた〈炸裂魔法〉ってやつかな。
自分以外の人がスキルを使っているのをこの目で見て、自身が異世界に来たんだという実感が強く沸き上がってくる。
いや、今までだってここが異世界だってのは嫌というほど理解してたんだけどさ。
やっぱほら、ゾンビとか熊じゃあ情緒に欠けるっていうか、ねぇ。
……と、そんなこと考えてる場合じゃなかった。
でもまあ、あんなすごいスキルが使えるなら形勢逆転かな?
そう思って女の人のほうを見ると、私の予想とは違ってその表情は険しい。
あれ? なんで……て、よく見ると剣がボロボロに欠けちゃってるじゃん!
剣が〈炸裂魔法〉の爆発に耐えられなかったってこと!?
だからここまで使わず出し惜しみしてたのか……。
怒り狂ったように残った前足を振り回す巨大熊。
女の人は剣で受け止めることも、反撃することも出来ずに必死にそれを躱し続ける。
さすがにこれはマズい。
私は急いで〈実体化した鋼腕〉を巨大熊の後ろ足付近に生成し、その両足を押さえつけるようにして敵の動きを妨害した。
足の自由を失い体勢を崩した巨大熊めがけて、私は死角から勢いをつけた〈実体化した鋼腕〉パンチを御見舞してやる。
巨大熊は大きく仰け反って雄叫びを上げた。
うーん、少し怯んだかな?
全く効いてないわけじゃなさそうだけど、あれを倒すには少し威力が足りないみたいだ。
数を増やして殴り続ければ倒せないこともなさそう……とも思ったけど、ふと思いついて別の案を試してみることにした。
……どうかな、上手くいくといいんだけど。
〈実体化した鋼腕〉を生み出し、そこに〈武器化〉のスキルを重ねていく。
自分の腕に直接〈武器化〉を試してみたときは、肘から先が剣や鎌なんかに変形する感じだったんだけど……。
魔力が生み出した腕を、自身の腕のときと同じように武器へと変化させていくイメージで――。
おお、やった!
あまり見てくれはよくないけど、ちゃんと持ち手もあって剣の形になってる!
私は木の影から飛び出して、出来上がった〈実体化した鋼武具〉を女の人へ向かって投げた。
「お姉さん、それを使って!」
彼女はいきなり飛び出してきた私に一瞬驚いたような顔をしたが、剣を受け止めるとすぐに表情を引き締めて巨大熊へと向き直った。
「――弾け、飛べッ!」
動きの鈍った巨大熊の頭部へと、気迫の篭った大上段からの一撃が振り下ろされ――大きな爆発音と共にその頭蓋を四散させた。
同時に私の生み出した剣も彼女の手から崩れ落ちていく。
頭を失った巨大熊の体は、ゾンビ達と同じようにその場から消滅していった。
女の人はその様子をしっかり見届けたあとで、こちらへ振り返り笑みを浮かべた。
「ありがとう、おかげで助かった」
おおおおおお、なんてこった。
人間って、こんなに綺麗に笑えるものなのか……!
少女という年齢には決して見えないのに、屈託のない、曇りのない純粋な笑顔。
ここまで裏表のない綺麗な笑顔を向けられたのはどれくらいぶりだろ。
少なくとも、社会に出てからはこんな笑みを見た覚えはない。
彼女の笑顔に私はなんだかすごく嬉しくなってしまって、思わず――
「そんな、アナタのその笑顔が見れただけで十分ですよっ」
なんて、変なテンションで変な言葉を返してしまった。
もちろん後悔しかないよね。