プロローグ
夕暮れ時の放課後。
とある高校の1年生のある教室に2つの影があった。
1人は男の子。
身長は高くスラッとしている。
もう1人は女の子。
身長は女子高校生の平均程度。
「恋って難しいよね」
少女は言った。
確かにそうだ。
僕らみたいな子供にはまだまだわからない事だと思う。
小さい頃はもっと先の話だろうと思っていたけれど、高校生になった今では当たり前のようにみんな恋をしている。
けれど、それがすべて叶う訳ではない。
少女は続ける。
「絶対に叶う恋なんてそうそう見つからないと思うんだ。それってきっとどっちかが無理してるとか、そんな感じじゃないかな」
わからないでもない。
そんな簡単に成立するものではないだろう。
何億人といる人間の中から運命の出会いなんて起こるのは難しい。
この世の中はそんなに甘くない、なんてよく言ったものだ。
「それでも私たちはこんな世界で恋してる。一生懸命に、前向きに、真剣に恋してる。健気だね、私たちって」
少女はニコッと微笑んで僕の方を叩いた。
「行こっか! みんなが待ってるよ」
そう言って少女は駆け出していった。
1人教室に取り残される。
「こんな世界……一生懸命……健気……かぁ……」
開けきっている教室の窓から夕日を眺めた。
鮮やかなオレンジ色の光が目に刺さる。
なんだか切ない気分になってしまう。
「ほんとに……恋って難しいなぁ……」
ポツリとつぶやく。
みんなが待っている。
そろそろ戻らないと。
僕は丁寧にも教室の窓、ドアを全て閉じて鍵をかけ、教室を出た。
「ここからが僕らの物語になるんだ……」
僕の声はきっと誰にも聞こえてないはずだ。
聞かれていたら恥ずかしい。
そんな考えがおかしくなって1人笑ってしまう。
変なやつだ、と自分につっこむ。
でもまぁ、こんな日があっても悪くない。
楽しいな。
僕らの高校生活はまだ始まったばかりだ。
だから、これから話す物語をみんなに聞いてほしい。
僕らのちっぽけな物語。
「おい起きろよ裕斗。授業終わったのにいつまで寝てんだよ」
「ん…………はっ! なんだ拓真か……あと5分……」
「おい……昼飯の時間なんだけど」
「それを先に言えよっ!」
「言う前に二度寝に入ったのはお前だろうが……」
僕こと芹沢 裕斗は今、非常に機嫌が悪い。
なぜなら寝起きだから。
あちこちにぴょんぴょん跳ねるくせっ毛な茶髪にいつも通りイライラしながら、中学生以来の友達である小野 拓真と共に食堂へ向かっている。
拓真は高身長な僕より更に身長が高く、運動も勉強もパーフェクト。
なのに大して頭のいい訳では無いこの学校、高波高校に僕を追って入学した。
勿体ない。非常に勿体ないと思う。
僕みたいな馬鹿とつるんでる何が楽しいのやら。
けれど拓真は毎日楽しそうにしている。
その笑顔を見ると僕もなんだか幸せな気分になれるから不思議だ。
拓真は短めの黒髪をわしゃわしゃと書きながら僕の隣を歩いている。
それだけで周りの女子からの視線がなぜか僕に集まる。
「なにあいつ、拓真くんのなんなの?」「ストーカーじゃない? 拓真くん優しいから一緒にいてあげてるんだよ」
酷い言われようだ。僕が何をしたというのか。
拓真はそれを聞いてニヤニヤと笑って僕を見る。
「今日も言われてんな、裕斗。俺は面白くてたまんねぇよ」
「お前のせいだからな!? どうして僕がこんな惨めな目に合わないといけないんだよぉ」
「ケッケッケッ! 俺がイケメンだからだろ?」
「やめろよ正確なとこ突くの……間違ってないから返しにくいんだよ!」
「お! 俺のことイケメンと思ってくれてんだ! 嬉しいな〜この野郎〜」
「や、やめろー! 周りの視線が痛い! 痛いからー!」
満面の笑みのまま側頭部をグリグリとしてくる拓真を抑えようとしていると周りの視線がさらに痛くなる。
これは最悪な悪循環ではないだろうか。
僕の悪口を言っていた女子2人組がいきなり僕の前に現れた。
「ねぇ、芹沢くん。あんな拓真くんのなんなの?」
「そうよ。男のくせにどうして拓真くんとそんなにイチャイチャしてるのよ!」
問い詰めるように言い放ってきた。
だけど、的外れすぎる!
僕は何もしていない! むしろ被害者だ!
言いたくても言えない。
コミュ障がこんな所で邪魔するなんて……
あわわわわとしていると原因の拓真が割って入ってきた。
「まあまあ落ち着けって2人とも。こいつは悪くねぇよ。しつこく絡んでんのも俺だ、勘違いすんな」
ハッキリと言った。
いいやつだ。
いいやつなんだが…………
「それって拓真くんがホモってこと? 同性愛者なの!?」
「そ、そんな!? 私たちはどうしたらいいの!?」
「いや、違うって! おい、逃げんなよ!?」
何か抜けているのかいつも勘違いされて終わる。
完璧にも弱点ありなのだ。
少しかわいそうに思った僕は、拓真の肩に右手を置いて言った。
「そんなこともあるさ」
「慰めになってないから! 同情すんな!」
「けっ!」
せっかく思いやってあげたのにこの始末とは、拓真も案外悪いやつかもしれないな。
そんな冗談を頭に浮かべながら僕は食堂へ向かった。
拓真も僕を追うように食堂へ。
5分ほど歩いて到着したのはおおよそ食堂と呼ぶには広すぎる場所だった。
適当に空いている席を取り、券売機で親子丼の変え券を買う。
拓真は唐揚げ定食を頼んだようだ。
「やっぱりこの学校のいい所って言ったら食堂のご飯だよな〜」
「まぁね。まさかそれが理由で高波受けたんじゃないよね?」
「ま、まさか……そんな訳ねぇよ」
「目線をそらすなよ」
こんな所で馬鹿丸出しなのはどうかと思うが……
どれだけ食い意地張っているんだ。
受け取り口で親子丼を受け取り、席に座る。
既に拓真は唐揚げ定食をバクバクと食べている。
うわぁ……すっごい目が輝いてる……
まるで運命の相手に出会ったみたいな……
「ん〜! やっぱり最高!」
「お前がここ受けた理由、すごくわかったよ……」
確かに美味しい。
とても美味しいのは否定しないけど……それだけで高校を変えるかね……
僕が親子丼を食べ終える頃には拓真はいつの間にか購入していたデザートのアイスクリームを完食していた。
今春なんですが……
それはさておき、昼食が終わると当たり前だが昼休みになる。
校庭にボールを持って走り出す者。
教室で雑談する者。と様々だ。
僕と拓真は教室に戻る派。
今も戻っているところだ。
高校生活が始まってまだ1週間だというのに、生徒達の関係の輪は広がっていく。
拓真も友達は多いらしいが全ての誘いを断って僕といる。
4年目の付き合いになるが謎な少年だと思う。
「ねぇ拓真。僕といて何が楽しいんだよ」
「そりゃあ、お前は俺の憧れだからだな」
「は? 意味がわからない」
「まっそれはいつか話すさ!」
うーむ……訳が分からない。
僕に憧れる点なんてひとつもない気がする。
教室に到着し、僕は自分の席に、拓真は僕の正面の子の席を借りて僕の方を向いて座る。
それからも雑談は続く。
昨日のテレビ番組の話。
昨日の晩御飯の話 (拓真がすごい興味を示したから)。
とても楽しい時間だと思う。
「それでさ、その焼き鳥がうまいのなんのってさ!」
「いや、もう食べ物はいいからさ」
すると、突然教室のドアが勢いよく開かれた。
その先には1人の少女。
肩まで伸びたショートの髪は薄く赤色。
1束だけ左上で括っていてぴょんとはねている。
胸は控えめで身長は160cmくらいだろうかスラッとした体型だ。
その少女はなぜか僕らの方を向いている。
知らない人だけど……拓真の知り合いかな?
少女は当てられる視線を無視して僕らの方へ向かってくる。
そして僕らの目の前まで来るとバンッと机を両手で叩いた。
「芹沢君と小野君に話があるの!」
「は? え、僕も?」
「ん、なになにぃ? おもしろそうじゃん」
まさか僕まで巻き込むとは……
少女は少し笑って言った。
「まだ部活は入ってないよね? 私の部に入ってくれないかな?」
「「は?」」
予期せぬ誘いに驚く僕ら。
僕たちはどんどんトラブルに巻き込まれていく……




