とどけ、とどけよ、あの月に
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「...お姉ちゃんを探していたんです」
女の子が言った。すると、月はみるみるうちに紅くなり、雷のような声が轟いた。
「愚かなうさぎよ、姉などいないだろう!嘘をつくならバレないようにするんだな、それとも私を馬鹿だと思っているのか?どちらにしろ二度と、月には帰らせん!」
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星のよく見えるある夜、11歳になった裕也は妹のお見舞いから帰るところだった。
「おそくなっちゃったな...早く帰らないと...」
裕也は足を速めた。すると蝉の声に紛れて、しくしくと誰かの泣く声がした。
「こんな時間に、誰だろう...」
始めはドキっとし、怖いとも思ったが、裕也は弱い子ではなかった。「僕らは少年探偵団!」と、大好きなテレビの歌を小声で口ずさみながら、声のする方へ向かった。
泣き声が近くなり、裕也は息をひそめた。見ると、公園の滑り台の上で、紺のリボンをし純白のワンピースを着た女の子がうずくまって泣いていた。
「きみ、どうしたの?」
裕也は女の子に勇気をもって近づき、聞いてみた。
「...れないの」
女の子は顔もあげずにつぶやいた。
「っえ?聞こえないよ」
「帰れないの!帰れなくなっちゃったの!」
そうして女の子はまた泣き出した。さっきよりも大きな声で。
「迷子になっちゃったのか、それは大変だ。きみはここの町の子じゃないのかい?」
女の子は首をこくりと縦に振った。
「じゃあ、どこの町から来たんだい?」
女の子は答えずに泣いていた。
「遠い町なの?」
女の子はうなずいた。
「そうか、でも、どこから来たのか分からなくちゃ助けられないよ...」
すると顔を膝にうずめたまま、女の子は右腕をあげた。指さす方向を見上げると、そこには満月が美しく輝いていた。裕也には女の子の伝えたいことが分からなかった。
「きみは...月から来たというのかい?」
女の子はゆっくりとうなずき、月を見上げた。大粒の涙が、その雪のように白い頬を伝う。裕也はもう、なんて言えばいいのか分からなかった。すると、女の子はゆっくりと語り始めた。
「わたし...今はこんな姿をしているけど、ほんとうはうさぎなの。
うさぎはね、春の間しか...地球にいてはいけないんだ。桜が散って、田植えもすんで...夏になってもお月さまに帰らないうさぎは...死ぬまで地球で過ごさなきゃあいけない...
でも、そんなの嫌だ!お月さまには、お母さんもお父さんも待ってるし、それに弟もいるんだよ!!わたしが帰らないと...」
そうして女の子はまた泣き出した。
「どうにかして、帰れないものなのかい?」
裕也が聞くと、女の子はもっと声を大きくして泣いた。
「ひとつだけ方法はあったの!でも、でも!!お月さまが...月の涙を探しだらって...だがら...だがら探したんだ!それで...お月さまとお話しできたの!
でも...お月さまに、なんで帰ってごなかったか聞かれた時...わだし...わだし...嘘を、ついちゃったの...!!
そじたら...そじたら...お月さま怒って...
もう、それがらお月さまのお顔が2度と見えなくなっぢゃって...お月さま...あんなに、あんなに優しがっだのにぃ...」
裕也は月を見上げた。何とも美しく輝いているが、それだけだった。前に見た時は、もっと優しく輝いていたな、と思った。
「謝ったのかい?その...お月さまに」
「謝ったよ!何度も、何度も!...でも、わたし、それまでにもずっとお月さまに嘘ついてたの、小さいことをね...お月さまは気にしないと思ってたから...
だけど...だけど...一度だけね、お月さま言ってくれたの。うそつきは嫌いだって、遅刻するやつは嫌いだって...それでも嘘をつき続けちゃった。あの時、正直に話してれば...そう思えば思うほど...悔しくて、悔しくて...」
裕也は滑り台に上がり、女の子の肩に手を置いた。
「これからは僕も、きみのためにお願いするよ...きみが月に帰れるようにね...だからもう泣かないで...」
「でも...でも...」
「だからきみも!これから毎日お月さまに想いを伝えるんだ。もう一度会いたいって、話したいって!そうすれば...きみの、お月さまもきっとわかってくれる」
「なによ、分かった風に言って...もうわたしは1週間もここで...」
「分かるさ。僕はもう5年もお願いしているんだ...妹の病気が治りますようにって、早く退院できますようにって。毎日、毎日!
そしたら今日、ようやく回復の目途が立ったんだよ!だから、だから諦めないで。お月さまはきっと、きっと聞いてくれるから!」
すると女の子は前に少しずれ、一気に滑り降りた。
「ありがとう!わたし、そうするね!できるなら、あの日のようにまた、お月さまとお話ししたいもん!みんなに話すこともたくさんあるから!だから...!!」
そう言って、女の子は暗闇に消えていった。
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あのうさぎは月に帰れたのだろうか。
青い夜空に、今日も月は美しく輝いている...
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