第六話 暴風ハニー①
貴臣達がカストラの街に到着する頃には、空はオレンジ色に染まりかけていた。
一行が村を出発したのは早朝だったが――近くに氷河が存在するような僻地である。
当然道中はほとんど険しい山道で、貴臣はひらすら岩場や桟道(崖等に板を渡しだだけの道)と格闘する羽目になった。
「町長さんが仕事を終える前までに向かわないとね」
街の入り口で荷物を背負い直したリコッサが言った。
「リコッサはどうするんだ?」
貴臣は疲れ切って座り込んだまま尋ねる。
「わたしはこれから商品を卸しに取引先を回ってくるから、先に向かってて。終わったら迎えに行くわ。パル姉が付いてるし、大丈夫でしょ?」
『カトリナのところなら私が案内するから安心して~』
「うん。じゃあパル姉はタカオミをお願いね」
リコッサが街の奥に消えて行くのを見送りながら、貴臣は改めて辺りの様子を見回した。
カストラの街は、これまで越えてきた山岳地帯の玄関口に位置している。
つまり、サティス山脈の端っこの山の中腹に作られた街だった。
そして、貴臣達が入ってきた入口からは、街全体が奥に向かってゆるやかに下っており、その全景が一望できた。
『さて、私達も目的を果たしに行きましょうか~』
貴臣達は街の中へゆっくりと歩を進めた。
――街の建物はどれも石造りで、余計な装飾などはあまり見られない。
漆喰や木材もあまり使っていないのか見渡す限り灰色で、質素な印象を受ける。
街の入り口から続く大通りは、それなりに広かった。
数人が横並びで歩いても対向者にぶつからない程度はある。
ただ――石畳等で舗装されておらず、街というには少しばかり寂しい造りであった。
「街の雰囲気とは別に、結構人がいるんだな。活気もあるし」
『そうね~。カストラはこの辺で唯一の街なの~』
殺風景な建造物に比べて、道を歩く人は多い。
行き交う人々の姿も様々だ。
リコッサやパルドーサのような銀髪、黒髪に金髪の者。小人に大男。
犬耳に猫耳、角の生えた者から尻尾の生えた者。
トカゲ頭の者もいる。
容姿だけでなく、背丈も格好も多種多様である。
なんというか――リコッサや蜘蛛族の者は、銀髪であること以外にはヒト種と違いを見いだせなかったので、ここにきてやっと――異世界に来たんだということを、貴臣は強く感じることができた。
大通りを真っ直ぐ下ってゆくと、軒先に積んだ籠入りの青果店や、雑貨屋などの前で道行く人に声をかける店員たちの姿を見ることができた。
みな表情は明るく、まるで祭りの前のような陽性の気を醸し出している。
見渡すと、何やら火を吐く龍の様な生物が描かれたのぼりや、建物から建物へ渡された紐に吊るされた色とりどりの旗のような飾り付けも見て取れた。
貴臣がその様子を眺めていると、パルドーサが声をかけてきた。
『さて~、私達はまずカトリナの館に向かうから~、街の観光はまたあとでね~』
「カトリナ? さっきも言ってたけど」
『うん~。町長さんのカトリナよ~。カストラの街の運営と周辺の住民の管理をしてるの~』
「……要するに市役所か区役所みたいなものか。異世界だってのに世知辛いねぇ」
商店街を過ぎ、二人が取り留めもない会話をして歩いている内に、街の中ほどにある、一軒の建物の前に到着した。
『ここよ~』
パルドーサが小さな指を、その建物に向けた。
壁面に蔦が絡まったその石造りの建物は、周囲のものより二回りほど大きかった。
おまけに他の建物には無い、塀と門が敷地を囲っている。
門から正面玄関へ続く中庭は狭いながらも手入れが行き届いており、灌木がところどころに配置され、来訪者を歓迎していた。
貴臣の感覚からすると、いわゆる庁舎というよりは――洋風の豪邸といった方がしっくりくる建物の造りだった。
「……他の建物とはずいぶん趣が違うんだな」
貴臣は鍵の付いていない門を押し開け、中に入った。
足元には短く刈り込まれた草が絨毯のように茂っており、その中を飛び石が規則正しく玄関まで並べてある。
「静かだ……」
『……静かね~』
まるで、ここだけ外界から隔絶されたように、清らかな空気が流れている。
敷地内は草木がゆったりと風にそよぎ、なんとも静謐な空間を演出していた。
貴臣は下草を踏まないよう気を付けながら玄関まで歩を進め――重たげな扉を押し開けた。
「マニカ! 住民票はできたかしら? メッソールは帳票の整理終わりましたか?」
「カトリナ様申し訳ありません! 先日の事件についての調査報告がまだでして……もう少しかかります!」
「右に同じく」
「ステナはいますか?」
「ここにおります」
「ポルマンと手分けしてこの書類の整理をお願いします」
「畏まりました、手が空いたらすぐにかかります」
「お願いします」
「……カトリナ様!」
「なんですか、スピノラ!」
「屠龍祭の参加者登録の準備がまだ終わっておりません……これでは、明日の受付に間に合いません!」
「あぁあああ、これじゃ日が暮れても書類の整理すら終わらないわ……」
館内には――暴風が吹き荒れていた。