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第四話  スリーピー虚像

7/7 1~3話との整合性を保つ為、ちょっとだけ改稿しました。

 貴臣(タカオミ)は尋常ではない頭痛で目を覚ました。


 吐き気もするし、体のあちこちがズキズキと痛む。

 何より体を動かすことができない。


 あまりの寝苦しさにうめき声を漏らし、寝返りを打とうとしたところで――直立姿勢のまま、ぎっちりと縛り上げられていることに気付いた。



 見ると、首から下は白い糸が包帯の様に覆われている。

 貴臣は、まるでミノムシのように天井から吊り下げられていた。


 ――あれ、俺あれからどうしたんだっけ。

 いきなり氷河で目が覚めたと思ったら、でっかい獣に襲われて、そのまま気絶して……だめだ、その後の記憶が全然無い。


「トイレ行きてぇ……」


 押し寄せる尿意にぼやきつつ、薄明かりに目を細め辺りを見回す。


 貴臣のいる部屋はどうやら物置小屋のようだった。


 六畳程度で、ところどころにぼろぼろの糸巻きや壊れた木製の織機と思しき機械、角の欠けた木箱などがごちゃごちゃと詰まれている。

 どれも長年使われていない様子で、あちこちに埃が積もっていた。


 そんなわけで――貴臣があくびをすると、部屋を漂う埃の臭いが鼻を刺激して――何度か派手にくしゃみをするはめになった。


 すると、がたりと扉の向こうで物音がして、誰ががばたばたと走り去る音が聞こえてきた。




 しばらくすると、がやがやとした声と大勢が向かってくる足音が聞こえて、勢いよく扉が開いた。

 それとともに、外から冷気が吹き込んでくる。


「目が覚めたようだな」


 先頭で入ってきたのは、三十代くらいの男だ。

 浅黒い肌にがっしりとした体躯をしている。


 そのあとについて、数人の男女がぞろぞろと部屋に入ってきた。


 皆一様に銀髪だった。


 それ以外の見た目は、人間とそう変わりはない。

 浅黒肌の男の他は、背の高い痩せた男、隣には背の低い、横幅のある男。

 さらにその後ろを、二人の女性が付いてくる。


 服装は――貴臣には素材までは分からなかったものの、皆何かの獣の皮で作られたコートの様な服を羽織り、厚手のズボンとブーツといった出で立ちであった。

 先頭の男は腰に短剣のようなものを帯びているが、他の者はどうやら丸腰のようだ。



 そして……その中に、見覚えのある赤目の少女の姿もあった。



「さて、ヒト種の少年、気分はいかがかな?」


 貴臣から距離を取ったまま、先頭の浅黒肌の男が再度声をかける。


「お目覚めのところすまないが、いくつか質問させてもらう」

「……はあ」

「まずは、君の目的を聞きたい。どこから来て、どこへ行くつもりだったのか? ここのリコッサの話では、氷河の上で行き倒れていたのだろう?」

「何を言ってるのグラモス! こいつは……」


 指を差されたリコッサが気色ばんだ。

 貴臣に詰め寄ろうとして、他の者に制止される。


「リコッサと君は今朝、氷河で大規模な雪崩が起きたその現場で、我々が発見した。見ての通り、リコッサは取り乱していて埒が明かないし、一緒にいたはずのパルドーサは姿が見当たらない。もちろん周囲を掘り返してみたが……やはり手がかりとなるものは見つからなかった。……君が知っていることがあったら全て教えてほしい」


 グラモスと呼ばれた浅黒肌の男は、落ち着いた様子でそう言った。


「……すいません。パルドーサさんのことは俺には分かりません。気が付いた時にはすでにそこのリコッサ……さんだけだったので。ただ、ちょっとそのあたりの記憶がないんですよね」


 貴臣は言葉を選びつつ、慎重に答えた。


「……なぜ、こんな辺鄙(へんぴ)な場所に?」

「……あの、俺、日本って国に住んでて……その、自分の部屋でパソコンを弄ってただけなんです。で、気が付いたらその……氷河のど真ん中に倒れていたんです」


 〈ニホンってどこダ?〉

 〈……よくわからんけど聞いたことない国だな〉

 〈パ=ソ本? 何の本よイヤらしい〉

 〈グラモスどいて! そいつ殺せない!〉


 背後から囁きやら絶叫やら何かが壊れるような音が聞こえてきたが、グラモスは無視して質問を続けた。


「……つまり、君はニホンという国で、自室でパソ本……とかいう魔術書を使って、何かしらの魔法を発動させた。しかし失敗し、氷河まで飛ばされ、そこでパルドーサが巻き込まれた。こういうことかな?」

「パソコンは本じゃないんですけど……大体そういうこと……なのかな? すいません、まだ記憶が曖昧で何が起きたか全く分からないんです。目的、と言われても、そもそもここがどこかも分からないので……」

「……ここは我々蜘蛛(アラクネ)族の村だ。君が倒れていた氷河はこの村から少し山を登ったところだな。もっともその氷河は雪崩で埋まってしまったようだが」


 グラモスがここまで言ったところで、後ろで取り押さえられていたリコッサが貴臣の前に躍り出た。

 そして隠し持っていた短剣を貴臣に突き付け、叫んだ。


「グラモス! なんでこんな化け物と仲良くお喋りしてるの? 私言ってるじゃない! こいつパル姉を喰ったのよ!? こんなひ弱な外見に騙されちゃ駄目よ! ……ここで殺しておかないと、みんなこいつに喰われるわ!」

「……セラホサ、カルスキ、サルティ、しばらくリコッサを押さえておいてくれ、頼む。これじゃ何も聞き出せん」


 グラモスが喚くリコッサを一瞥し、ため息をつきながら背後の若者達に指示を出す。

 だがリコッサはその包囲網をかいくぐり、押しのけ、再び貴臣の前に立った。


「……あんたが何者かとかは、この際どうでもいいわ。例え大昔に世界を滅ぼした魔王だったとしても関係ない。今ここで、この私が殺してやる! 昨日は体の一部を虎犬(トライヌ)に齧られただけで済んだみたいだけど、今度は私がその首を切り落としてやるわ!」


 リコッサの赤い瞳に真っ黒な復讐の光が妖しく輝いた。

 その凄まじいまでの迫力は、全身から妖気が立ち昇っているかのようだ。


 その場の全員が周囲の空間が捻じ曲がったような、奇妙な錯覚を覚えた。


「お前なんか……! お前なんか塩漬けにして氷河の一番奥に埋めてやる!」


 リコッサは固く握りしめた短剣を肩の可動域いっぱいに振りかぶり、渾身の力で薙ぎ払おうとした。


「いかん……! 早くリコッサを止めろ!」


 短剣の切っ先がぎらりと光り、首元目がけて最短、最速で迫ってくる。


 ――あぁ、異世界に召喚されたと思ったら一日のうちに二度死ぬのかまだ彼女だってできたことないのにていうか手だって繋いだことないのにそういえばハードディスクの中のエロ画像見られたら俺別の意味で死ぬでももう死ぬから関係ないか死後の世界ってあるのかな――


 走馬灯なのかよく分からない思考がぶわっと脳裏に浮かび、貴臣はぎゅっと目を閉じた。


『リコ! ちょっと~待って~!』


 妙に間延びした声が聴こえる。

 リコッサは貴臣の首すれすれのところで短剣を止めた。


「あっっぶねぇえぇぇぇぇぇぇッ!?」


 顔面蒼白になり、引き攣った貴臣の頬から大量の冷や汗が吹き出してくる。


「お姉ちゃん……? どこ……? どこにいるのお姉ちゃん!」


 大好きな姉の姿を必死に探すリコッサ。

 しかしその姿はどこにも見当たらなかった。

 背後ではグラモス達が驚きの表情で貴臣の方を見つめている。


『こ~こ! リコ、私はここにいるわ~』


 いくら部屋を見渡してもパルドーサの姿は見つけることはできない。

 リコッサは貴臣に掴みかかった。


「あんた! 怪しい術使って私達から逃れようとしてるんじゃないでしょうね!」

「くっ、苦しい……いや俺は何も……ちょっ、マジで苦しいからやめて……」


 首を絞められ、がくがくと揺さぶられ、ただでさえ蒼白だった貴臣の顔が土気色に変化していく。

 膀胱の方もそろそろ限界が近づいていた。


『リコ!! その人を離して~?』


 ふいに耳元でパルドーサの声が聞こえる。

 リコッサはぎょっとして貴臣から飛びのいた。


『ここにいるわ、リコ。私はまだ生きてるわよ~』


 後ろが透けるくらい淡い燐光で形作られた、蝶のような姿。

 声の主はふわふわと周囲を漂い、貴臣の頭頂部にちょこんと乗った。

 それから、ひらひらと手を振る。


 それは、貴臣の頭より小さかったが――まぎれもなく、パルドーサだった。


「お姉ちゃん……なの……?」

『そうよ~、ゴメンね、心配かけちゃったみたい』


 リコッサの顔が紅潮し、赤い瞳に大粒の涙が浮かんだ。

 彼女の背後のグラモス達が驚きの声を上げている。




 ――貴臣はその様子を見届けつつ、神妙な面持ちで、厳かに口を開いた。


「……あの、着替えってありますでしょうか?」


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