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第二十七話  レッツ・ゲット・デンジャラス!①

 


「……はあ」


 貴臣(タカオミ)はベッドに寝転び、腕を枕にして天井をただ眺めていた。

 ため息を吐くたび、身体から力とともに気力が抜けていくのが分かる。


 地下の冷凍処置(コールドスリープ)室でのやり取りの後。

 貴臣は白衣のノンナに案内され、施設の上層階――古城を改装した豪華な寝室をあてがわれた。


 漆喰で塗られた壁と天井。

 年代ものの絵画や調度品の数々。

 床に敷き詰められたふかふかの絨毯。

 大きめの窓の外側は開放感のあるバルコニーで、天気が良ければ遠くまで見渡せたことだろう。


 つい先ほど見た死体安置所(モルグ)地下墓地(カタコンベ)のような寂寥感で底冷えする施設とは大違いだ。

 本来の利用者はノンナの言う通り、優雅な暮らしを保障されていたのだろう。

 少なくともその場所は、温かみのある、来客をもてなそうという気持ちのこもった部屋だった。


 そんなわけで、心身ともに限界だった貴臣は部屋に入るなり、隅に置かれたベッドに飛び込んで、ごろりと仰向けになったのだった。


『タカオミ~、大丈夫~? 地下の施設で何かあったの~?』

「んーちょっとな。大丈夫。すこし疲れただけだ」


 心配顔で、虚像のパルドーサが貴臣の顔を覗き込んでくる。

 不意の事故を防止するために魔素(マソ)を排除した地下施設では彼女は姿を現わすことができなかったが、古城部分では特に問題ないようだ。


 貴臣は何でもない、という風に手を振って、さらに天井を見つめ直した。







 チャンバーに入った老婆――ノンナ・ルキーニシュナ・カリーニナが話した内容は、貴臣にとってうすうす予想していたことであった。

 それゆえ、彼の心にそれほどの衝撃を与えることなかった。


 現生人類と自分たちが別種であること。

 今が数千年も未来でも、自分が一度死んでいただろうということも。

 両親も友人も、すでにこの世界にいないことも。

 慣れ親しんだ街並みも、もうないということも。


 今更どうしようもないことだ。


 だが、チャンバー内のノンナが先に続けた言葉は――未来に向けたその提案は――貴臣の心を大きく揺さぶるのに十分な威力を持っていた。


 それは、貴臣とパルドーサとを分離させる方法だった。


 脳から現地人(パルドーサ)記憶(データ)を抽出し、本人の遺伝子をもとにチャンバーで育成した新しい身体に移植(インストール)する。


 だが、問題はその後だ。

 貴臣は目を閉じ、一字一句、脳にこびり付いた彼女の言葉を反芻する。


 ――それから、(・・・・・)あなたの脳内から(・・・・・・・・)現地人のデータを(・・・・・・・・)抹消するの(・・・・)


 貴臣は、脳科学や遺伝子工学の博士でもなんでもない。

 自分の知識や常識で物事が測れるわけではないことは重々承知していた。

 魂の在処なんて、もちろん分かるはずがない。


 しかしその方法を聞いた瞬間、貴臣は心に身体に、猛烈な嫌悪感を覚えた。

 本能的に察したのだ。


 この方法は――絶対にマズい、と。


 貴臣が即座に拒否の意を示した。

 すると二人のノンナは訳が分からない、といった表情を浮かべた(一方は合成音声だったので、「なぜ?」という台詞だけだったが)。


 だが――彼女らはそれ以上追及してくることはなく、一度休養を取ってよく考えることを貴臣に勧めたのだった。






「はあ……」


 貴臣は寝転がってから何度目かのため息を吐いた。


『タカオミ~、やっぱり地下で何かあったんじゃないの~?』


 パルドーサが貴臣の顔の側に漂いながら、話しかけてくる。


「……なあパルドーサ。人間ってなんだろうな」

『???』

「誰かの記憶だけ取り出して、他の人間に植え付けたら、それって本人なのかな」

『よく分からないけど~、結局それは同じ人間が二人に増えるだけなんじゃないかな~』

「…………だよなあ」


 パルドーサが怪訝な表情を作る。

 貴臣は逡巡の後、口を開いた。


「ノンナが言った、俺とパルドーサを分離する方法……それが、そうなんだ」

『それじゃあ、タカオミと一緒の私はどうなるの~?』

「…………消去するそうだ」

『…………』


 沈黙が部屋を満たす。

 窓の外は、いつの間にか夜のとばりが降りている。

 部屋の中は、魔素灯の淡い光によってぼんやりと照らし出されていた。


「も、もちろん断ったよ。受けるわけないだろ! 俺……魔法も科学もイマイチ分からないけど、感覚でそれやっちゃマズいってことは分かるんだ。だいたいあんなヤバそうな連中に脳みそ弄られるなんて、絶対にイヤだしな」


 不安顔になったパルドーサを見て、貴臣は慌ててそう付け加えた。

 それを聞いて、彼女の顔が安堵の色に包まれる。


「しかし……それじゃあどうするかっていう話になるわけだ」

『逃げようにも、どこにどう逃げればいいのか分からないのよね~』


 貴臣が目が覚めた時には、すでに施設の医務室で寝かされていた。

 異形の酔龍と戦った日から、どの程度時間が経過したのかすら不明なのである。

 ましてや、ここがどこなのか、検討すらつかなかった。


 今のところノンナ達は友好的である。

 しかし連れ去った時の手口を考えると、自分たちの意向に沿わない場合にどういった態度に出るか、貴臣には判断がつかなかった。


 ここを去ることができるなら、早い方がいい。


 それが、貴臣の出した結論だった。


「どうしたもんかな……」


 貴臣は天井を睨み付け、思考を巡らせる。

 だが、解決の糸口になりそうなことは、何一つ出てこない。


「そういえば」


 貴臣はふと思いついた疑問を口にしてみた。


「なあパルドーサ。パルドーサは、俺の意識がないときってどうなってるんだ?」

『そうね~。タカオミの意識が無いときは、私もその時の記憶がないから一緒に気絶してるみたい~』

「そっかー。それじゃあ、あの時からどのくらい日数が経ってるか分かんないか……」

『それなら分かるわ~。タカオミが化け物にやられてから、五日経つわ~。心配したのよ~』

「そっか~。もう五日も経って……今何て!?」


 貴臣は目を見開いてパルドーサを見た。

 彼女は腕を組み、目を閉じてうんうんと感慨にふけっていたが、素っ頓狂な声に驚いたのか、貴臣の方に向き直った。


『へっ!? い、五日って長いのよ~? もしかしたらもう目を覚まさないんじゃないかって~……』

「い、いや、心配してくれて嬉しいんだけど、今はそこじゃなくて……なんで五日って分かったんだ? 俺が気絶してるときは、パルドーサも気絶状態なんだろ?」

『そうだけど~、部屋に戻ればパソコンもあるし時計もあるわ~』

「……は?」


 貴臣は、パルドーサが何を言っているのか理解できなかった。


「ぱそ、こん? と、けい? へ、部屋ってなんだ?」

『パソコンはパソコンよ~。時計も、時計よ~。元々タカオミのものだったんじゃないの~?』

「いやいやいやいや、パルドーサがなんで? 俺の部屋? ええ?」


 パルドーサは『あ~』と頬を掻いて、貴臣に〈部屋〉のことを説明した。




「つーことは、俺の部屋がどっかにあって、そこに自由に出入りできるってことか?」

『う~ん。よく分かんないけど~、そういうことなのかな~』

「そこって、俺も入れるの?」

『さあ~?』


 どういうことだ?

 まさか、時空が捻じ曲がって、この時代と過去が繋がってるとか?


 うーんと唸って、貴臣は質問を続けた。


「じゃあさ。その時計とかパソコンの日付表示って、どうなってんだ? 俺の部屋なら、西暦二〇一六年か七年になってるよな?」

『私がさっき見たパソコンの日付は五三〇六年四月二〇日だったわ~』

「…………」


 どういうことだ。

 なぜ、現代の年月日(・・・・・・)が表示される?

 訳がわからない。

 俺の部屋は、俺の部屋じゃないのか?

 なんだこれは。


「クソ。何が何だか分からん……」


 貴臣が頭を抱えて悶えていると、部屋の扉がノックされた。


「……誰だ」


 扉越しに、声を投げかける。

 すると外から、くぐもった女の声が聞こえてきた。


「タカオミ様。お食事のご用意が整いました。つきましては、階下の大食堂までお越しくださいますようお願い申し上げます」


 おそらく、この城の給仕係だろう。

 貴臣とパルドーサは顔を見合わせた。

 食事。

 確かに腹が減ってくる頃合いではある。

 しかし現状では、信用できない相手の出す料理に口を付けるべきか、大いに検討の余地があった。

 それに――食事を食堂でする以上、一人でというわけにはいかないだろう。

 きっとそこで、答えを出さなければならない。


「ああ、すぐ行く」


 ひとまず、貴臣は大声で扉の向こうに返事をした。


「かしこまりました」


 扉の向こうの声が去ってゆく。


「クソ……。考えてる余裕なんてないか」


 足音が完全に消えるのを待って、貴臣はパルドーサに目配せして、窓の外に目をやった。



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