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第二十五話  ホスピタリティ②

  


 エレベーターの重々しい扉が閉じてから、数分。

 緩やかに減速したかご(・・)に少しばかり重力が増し、すぐに元に戻った。


 ぽーん、と音がして、扉がゆっくりと開く。

 それと同時に、貴臣(タカオミ)の足元にひんやりとした空気が滑り込んできた。


「この階は随分と気温が低いんだな」

「……そうね。今更必要ないのだけど」


 答えつつ、ノンナが先にエレベーターを出る。

 貴臣はその後に続いた。


「ここで……私達は眠っていたの」


 ややあって、彼女はぽつりと呟いた。




 そこは、さながら巨大な死体安置所(モルグ)だった。


 煌々と、しかしさびしげな光(蛍光灯)に照らされた、広大な空間。

 天井は高く、貴臣の目測では、十メートル以上。

 幅と奥行きは――それぞれ三十メートル以上はあるだろうか。

 ちょうど、体育館ほどの大きさの地下空間だ。


 両側の壁いっぱいに、規則正しくびっしりと並んだ扉の数々。

 それらは一辺が一メートル程度の正方形で、いずれも重たげな鈍色(にびいろ)をしている。

 そして、その列に沿うように、各階層に設えられた作業通路(キャットウォーク)


 それらは、長い間――ノンナが言ったハトが絶滅した時期を鑑みれば、少なくとも数千年以上の長きにわたり、冷凍処理された人間をその中に収めていたことになる。


 貴臣はその様子を見て、背筋が凍る思いだった。

 冷凍保存で意識はないにせよ――あんな狭いところで数千年、あるいはそれ以上の間、眠るのだ。

 様々な事情があったとはいえ、一体どんな気持ちで眠りについたのだろう。


 二度と眼を覚まさなかったら。

 あるいは途中で目を覚まして、棺に閉じ込められたままだったら。


 ――もっともノンナの言う事故とやらが本当ならば、彼女を除くすべての人が目を覚ますことなく永遠の眠りに就いたことになるのだが。


「俺は俺で……氷河の中で氷漬けになってたぽいけどな」


 リコッサとパルドーサが自分を見つけていなければ、さらに長い間――あるいは永遠に、それこそ風化するまであのままだったはずなのだ。

 天然のコールドスリープ。

 境遇は、ノンナ達とそう変わらなかった。


 貴臣は自嘲気味に笑って――さっきからパルドーサの姿が見えないことに気付いた。


「……パルドーサ?」


 これほどの近代化された施設だ。

『異世界』の、それも辺境の村で育った彼女の興味を引くには間違いなかった。

 しかし、返事はない。

 夢中になって、そこかしこを飛び回っている――というわけでもなさそうだった。


「ああ、ここは魔素(マソ)を排除しているのよ。だから、彼女は出てこれないわ」


 ノンナが貴臣の様子に気づき、声をかける。


「……なぜそんなことを?」

「あなたもすでに体験したことよ。魔素の触れた死者は、蘇生する。――もっとも、そうなるのは私達『原種』のみだけれども。だから、魔素を排除しなければ、冷凍処置(コールドスリープ)中の人間に干渉してしまう。まかり間違っても魔法が暴走するようなことがあってはならないのよ」

「『原種』? なんだそれは。それに……そもそも、『魔素』ってなんなんだ?」

「――おいおい、話すわ」


 ノンナは気だるそうに言って、前を向いた。


「おい、ちょっと……」

「……ひとまず、ついてきて。会わせたい人がいるの」


 ノンナは呼びかけに応じず、歩き出す。

 貴臣は嘆息しつつ、後に従った。


 フロアにはたくさんのベッドや医療用機械などが雑然と置かれていた。

 各種医療器具を置いた台やMRIの他にも、貴臣にはよく分からない機械など様々だ。

 それに高所にある棺の積み下ろしに使うのだろう、大型のクレーン機械が数基、壁際に鎮座している。


 二人は、その間をぬうようにして奥へと進んでいった。





 フロアの一番奥には、円筒形のチャンバーがいくつか並んでいた。

 その傍らには、それらを制御するのであろう、コントロールパネルが設置されている。


 壁面と同じ鈍い鉄色をしたチャンバー群は、それぞれ直立しており、ちょうど人一人が収まるくらいのサイズだ。

 それと、貴臣の顔とちょうど同じくらいの高さのところに窓枠がはめ込まれている。


 ノンナはその前まで来ると、足を止めた。

 周りを見回した貴臣は、チャンバーのうち一つに何かが存在することに気付いた。


「……?」


 その窓から、内側を覗き込む。

 人間の顔だ。

 内側は液体で満たされ、人体がその中を漂っていた。

 呼吸器や無数の管が、窓を通して見て取れる。


 さらによく見てみる。

 老婆だ。

 それもおそらく、百歳に達するかというような。


「この人は……」

『初めまして、苅田貴臣(カンダタカオミ)さん……でよかったかしら。このような醜態をさらすことをお許し頂ければ、幸いに思います』


 無機質な声が周囲にこだまする。

 貴臣の呟きに答えたのは、白衣のノンナではなかった。


『私の名前はノンナ・ルキーニシュナ・カリーニナと申します。――ようこそ、黄昏の世界へ』


 まるで感情を感じられないその声は、チャンバー横のコントロールパネルから発せられていた。


「なっ……」


 ぎょっとして、貴臣はチャンバーとコントロールパネルを見比べる。

 どうやら、コンソールにマイクが内蔵されているようだ。

 チャンバー内のノンナはさらに続ける。


『私自身の身体はすでに肉体の耐用年数をはるかに超え、このチャンバー内の環境以外では、生命を維持することができません。言葉を発することもできません。ですので、直接脳波を言語に変換して、あなたに話しかけています。……合成音声ゆえ、お聞き苦しいところがあるかもしれませんが、ご容赦頂けると、幸いです』

「あ、ああ……。ちょっとびっくりしただけだ。それで……そこの白衣のノンナは俺をあなたに引き合わせたいといっていたが、何の用だ。それも、ずいぶん荒っぽい手段で俺をここまで連れてきたようだが」


 沈黙。

 ややあって、合成音声が話し出した。


『私――私たちが、ご迷惑をかけたことについては、謝ります。ですが、私と同じ『原種』であるあなたに、どうしてもお会いしたかったのです』

「……人を殺してもか?」


 貴臣が低い声で言った。


『すでに、使役したハトによって、あなたがこの時代の人間でないことは確認しておりました。ですが、あなたの能力を直接我々の目で確かめる必要があったのです。それに――』


 チャンバー内のノンナは、いったん言葉を切った。

 それからゆっくりと、しかしはっきりと、こう言った。


『私は、あなたと、あなたの身体を構成している現地人(パルドーサ)とを分離させたいと考えています。そして、ここの設備はそれが可能です。あなたも、それをお望みなのではないでしょうか』

「確かにその通りだが……それはなぜだ?」


 合成音声の言葉に引っ掛かりを覚え、貴臣はチャンバーに向かって訊ねた。


『……それについては、私達がなぜこうなったのか、なぜここに存在しているかをお話しする必要があるでしょう。しばらくの間、お付き合いいただけますか?』

「……ああ」


 貴臣が頷く。

 それを確認したのか、合成音声はぽつぽつと語り出した。



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