第二十一話 ドーン・オブ・ザ・龍狩り④
「タカオミ! その袋を捨てなさい!」
リコッサが叫ぶ。
『タカオミ~! それを捨てないと、酔龍が襲ってくるわよ~?』
パルドーサが耳元でささやく。
「イヤだ!」
貴臣は叫び返した。
当然だった。
それはみんなで力を合わせて勝ち取ったものなのだ。
龍を討ち取った証なのだ。
貴臣からすれば、相手が何者だろうと――奪い返されるのはごめんだった。
――これを捨てるなんて、とんでもない。
だいたい、これを返したところでこっちを見逃してくれる保証なんてないだろ。
酒袋まで再生して火炎を吹けるようになったら……もっと手に負えなくなる。
そうなれば、全滅だ。
それなら渡さない方が、ずっとましだ。
酔 龍が唸りながら、突っ込んでくる。
巨大な顎を、ぎりぎりで躱す。
「危ねえッ!?」
すぐ脇でがちんと音がして、唾液の飛沫が貴臣の顔にかかった。
「……絶対に、渡さん!」
顔を拭いながら叫ぶ。
そして酒袋を抱えたまま、貴臣は全力で駆けだした。
◇ ◇ ◇
「はあ、はあ、ここまでくればもう、安全だろう」
近くの木に体を預け、ディルクはひとり大きく息を吐いた。
そのまま膝を折り、腰をおろす。
辺りには誰もいない。
動物の気配すらない。
ただ、巨木の枝葉が風にゆれ、ひんやりとした空気が辺りを漂っているだけだ。
「あれは……あれは一体なんだったのだ」
一息ついて安心したのか、つい独り言が出てきてしまう。
彼の長年の龍狩り生活の中でも、さすがに仕留めた獲物が復活し――あまつさえ襲い掛かってくるというのは、初めての経験だった。
龍とはいえ、ただの生き物なのだ。
餌を獲り、糞を垂れ、そして卵を産んで殖える。
罠にも掛かるし、首を切り落とせば、当然死に至る。
自然の摂理だ。
だが、今回ばかりは違ったのだ。
どこからともなく飛んできた矢。
それが酔龍に刺さったときから、アレは動き出したのだ。
怪異の原因としては、それしか考えられなかった。
「あの矢……一体誰が放ったものなのか」
ディルクはさらに考え込もうと、顎に手をやった。
「あらぁ。 それは私が放ったのよぉ」
声が聞こえ、ディルクははっと顔を上げた。
それは、若い女性だった。
ディルクのいる場所から二十歩ほど離れた木に寄りかかり、こちらを見ている。
長い黒髪に、青白い肌。
やけに整っていた顔には、透き通るような碧眼が嵌っている。
なかなかの美人だ。
それに身体の形がはっきりと浮き出るような黒衣が、妖艶な空気を醸し出している。
そして――その手には、弓が握られていた。
「貴様が……だと? 一体何者だ」
ごくり、と喉を鳴らしてから、ディルクは訊ねた。
しかし女はそれに答えず、ニイと口の端を歪めただけだった。
「あなたの、その身体ぁ。すごくいいわぁ。私に頂戴?」
言って、女はディルクにゆっくりと歩み寄ってきた。
「か、身体だと? な……何を言っている。答えろ! 貴様の名だ!」
しかし女は相変わらず笑みを浮かべたままだ。
ディルクは立ち上がると剣を抜き、構えた。
「おい、止まれ! それ以上近寄るなら、斬るぞ!」
その言葉を受取ったのか、女はディルクの数歩手前で足を止めた。
それから肩をすくめ、つまらなさそうな表情を浮かべた。
「そ、そうだ。そのままゆっくりと弓を地面に置け。他に武器があれば、同様だ」
女は弓から手を放した。
からんと音がして、弓が地面で転がる。
ディルクはほっと息を吐いた。
それから努めて冷静に、ゆっくりと喋った。
「よし。他に仲間がいるのか? いるなら、呼べ。話をしよう」
「……仲間ぁ? そう、仲間ぁ。あなたも、仲間になるのぉ。みんなみぃんな、お友達よぉ」
「は? 一体何を――」
ディルクはそこまで言って、黙った。
否――正確には、口を塞がれていた。
身体も、動かない。
誰かが、手足を押さえつけている。
女は続ける。
「あなたぁ。随分と鍛えられているわぁ。その腕ぇ。その背骨ぇ。その心臓ぉ。それにその脳みそもぉ。素敵だわぁ。きっとあなたも喜んでくれると思うわぁ」
「―――っ! ――――――――っっ!」
ディルクは自らの口を塞いだ原因を探そうと、眼球を左右に動かす。
女は――数歩先のところだ。
手は、まだ届く間合いではない。
では、誰だ。――いや、何だ。
ディルクが視界の端に何かが映った。
人影だ。
周りに何人も、いる。
それらは、どこかが足りなかった。
ある者は、腕がなかった。
ある者は、頭蓋の半分がへこんでいる。眼球も、片方しかない。
片足をあらぬ方向に捻じ曲げて、腹から腸が飛び出した者もいる。
下を見ると、ディルクの足を押さえているのは、上半身だけだった。
「――――――――ッ! ――――――――――――ッッ!」
ディルクが目を見開き、その顔が恐怖で引きつる。
ここで、ディルクは蜘蛛族の少女が口にしていたことを思い出した。
――死人。森に、『死人』がうろついている。
なんということだ。
まさか、あの子供のいうことは本当だったということか。
「んふふ。そんなに怖がらないでぇ。これから愉しいことぉ、いっぱいするんだからぁ」
女が妖艶な笑みを浮かべた。
ぺろりと、その形の良い唇を舐める。
それから、ディルクの頬を慈しむように、優しく撫でた。
「あなたにはぁ、『タタリ』と遊んでもらうことにしたのぉ」
ディルクには、その意味するところは全く分からなかったが――これから自分がどうなるのかだけは、理解することができた。
書き溜めが尽きたので、不定期投稿に戻ります……すいません!
週1~2回更新はキープする予定です!




