第二十話 ドーン・オブ・ザ・龍狩り③
「ご、ごめんなさい……なんか、捕まっちゃったみたい」
ものすごく申し訳なさそうな顔で、サルティが言った。
彼女の背後に立っていたのは、見覚えのある顔だ。
赤ら顔の禿げ頭。
身体は大きく、丸太のような腕をしている。
「てめえ……エッボ、とかいったな」
貴臣が絞り出すように、その名を口にした。
エッボが、にやりと笑う。
するとその横から、さらに三人の人影が歩み出てきた。
武骨な顔をした男と、痩身色黒の男、そして、おどおどとした態度の色白の少女だ。
「……ディルク。それと……ノンナ。もう一人は知らんが」
「彼の名はカイという。無口だが勘弁してやってくれ」
武骨な顔の男、ディルクが答えた。
「タカオミ、彼らを知っているのか?」
「ああ、連中とはちょっとした因縁があってな」
グラモスの問いに、貴臣が答える。
それは、ひと月ほど前にカストラの街の飲食店で、貴臣達と乱闘騒ぎを起こした龍狩り達だった。
「……なんで、アンタらがここにいるのよ」
リコッサが吐き捨てるような口調で尋ねる。
「なんで……だと? ハッ、なんでだと思う? 龍狩りがここにいちゃ悪いのかよ?」
あざ笑うような口調で、エッボが言う。
「そいつは、以前から追っていた獲物だ。我々は君達に横取りされた立場なのだよ」
ディルクが淡々と言う。
それから、おどけたように肩をすくめてみせた。
「あんた……もうちょっと話の分かる奴だと思ってたけどな。乱闘騒ぎのときも一番理性的だったのは、あんただったろう」
「仕方ないさ。我々も仕事なんでね。目的を遂行するなら手段を選んでなんていられんのだよ」
貴臣の問いに、ディルクはさも当然だというふうに返した。
「大人しくしていれば、そこのお嬢さんを傷つけるような真似はせんよ。それでは、皆さん方。少しばかりソイツから退いてもらおうか……そう、そうだ。おい、カイ、ノンナ。酒袋を摘出してくれ」
「は、はい……」
「……」
人質をとられていては、どうすることもできなかった。
皆、大人しく従うほかない。
ディルクは貴臣達を酔龍の首から遠ざけたあと、カイとノンナに命じた。
二人は懐から短刀を取り出すと、酔龍の首に歩み寄った。
「おい……ノンナ、っていったよな。あんた、ホントにそれでいいのか?」
「…………」
貴臣が問いかける。
ノンナは少しだけ肩を震わせたが、それに答えることはなかった。
「……ふむ。こいつはいい値で売れそうだ」
ノンナが、ディルクに摘出したばかりの酒袋を手渡す。
ディルクはその感触を確かめつつ、満足そうな笑みを浮かべた。
それから表面を傷つけないよう、持っていた袋に丁寧にしまい込んだ。
「――よし。こちらの用事は済んだ。おいエッボ、まだお嬢さんを放すなよ?」
「ちょっと、話が違うわよ! 用が済んだらサルティを解放するんじゃないの!?」
「卑怯ばい!」
ディルクの言葉に、リコッサとガレミスが気色ばむ。
「おっと、動かないでもらおうか。もちろん返すさ。しかし、それは君たちが追って来ない距離まで離れてからだ」
「ハア!? この森の中に一人で放り出すってこと!? 酔龍や死人がうろつく森で? これじゃあ生きて返さないのも同然じゃない!」
「死人? 何のことだ? ……いずれにせよ、約束は果たすさ。もっとも、その後の事は我々の関知することではないがね……おい、行くぞ!」
「待て!」
ディルクが他の仲間に声をかける。
そしてサルティを連れて歩き去ろうとした、その時。
すとん、という音とともに、酔龍の首に一本の矢が突き刺さった。
「……は? ……矢?」
突然の出来事に、そこにいる全員が固まった。
「なんだこれは! どこから飛んできた!」
「……! どこからか攻撃を受けてるぞ!?」
「みんな物陰に身を隠せ! 第二波が来るかも知れん!」
両者の間に動揺が広がってゆく。
「ディルク! 他にも仲間がいたのか!」
「何を言っている! 伏兵を仕込んでいたのは貴様らの方ではないのか!?」
「おい、この女の命がどうなってもいいのか!」
貴臣が叫び、ディルクが返す。
エッボは持っていた短剣をサルティの首に押し付けた。
皆武器を構え、今や一触即発の状態だ。
だれもがみな、お互いの次の動きを探ろうと、睨み合っている。
そんな混乱状態の中、それに最初に気付いたのは、貴臣だった。
「なんだ……これは……」
矢の刺さった|酔龍の頭部から、何本もの、触手のようなものが伸びていた。
ミミズや蛇の様なそれは、一本一本が意思を持つかのようにうねうねと動いている。
それはまるで何かを探し求めているかのように、あちらこちらをまさぐっている。
じゅるじゅると、不快な音が辺りに響く。
「キモッ……」
そのおぞましい光景に、リコッサが顔をそむける。
やがてそのうちの一本が酔龍の胴体を探り当てると、切断された首元に突き刺さった。
それに続いて、全ての触手がどんどんと首元へ向かってゆく。
触手によって引きずられた頭部が、胴体にべちゃりとくっついた。
完全に頭部と胴体が接合されると、酔龍はびくんと一度体を震わせた。
それから少しの間を置いて、前肢が力を取り戻した。
何かを探すように、虚空を引っ掻く。
次いで、後肢。
何度かばたばたと動かす。
片肢にくっついたままの罠が、ガチャガチャと金属音を立てた。
酔龍は、ゆっくりとその巨体を起こす。
それから、まるで首が馴染むのを確かめるかのように体を揺すった。
「おいウソだろ……」
「こんなの……ありえないわ……」
それ見て、誰もが言葉を失った。
そして、誰もがその場を動けずにいた。
首を切り離した生物が、生きているはずがない。
死人の群れを目の当たりにした貴臣達でさえ、その光景は衝撃的だった。
酔龍は一歩踏み出しかけて、自分の肢に罠が噛みついているのに気付いた。
煩わしそうに、肢を振る。
二度、三度。
そしてそれを――いとも簡単に引きちぎった。
生きていたときの力とは段違いだ。
そして――屍龍の咆哮が、あたりを揺るがせた。
「おいディルク! こいつはやべえぞ! さっさと逃げるのが得だ!」
最初に言葉を発したのはエッボだった。
サルティを抱えたまま、後ずさる。
「クソ……なんてことだ。エッボ、その女は捨て置け。逃げるのに足手まといにしかならん。おいカイ! ノンナ! 退くぞ!」
「だとよ! 運が良かったな、女! いや、これは運が悪かったのか?」
ディルクの言葉を受けて、エッボがサルティを突き飛ばした。
カイとノンナもすでに逃げる準備をしている。
「せいぜい頑張れよ。 俺らは先に帰らせてもらうぜ」
捨て台詞を残して、立ち去ろうとするエッボ。
だが、彼の前にはすでに酔龍が立ちふさがっていた。
「な……っ!?」
しかしすでに酔龍の開いた顎が、エッボの眼前に迫る。
「なめんな!」
エッボは済んでのところで噛みつき攻撃を躱す。
それから手に持っていた短剣をその眼球に突き刺した。
「へっ。どうだ。ただの龍一匹ごときに後れをとるわけねえだろうが」
エッボが引きつるような笑いを浮かべた。
しかし酔龍はその一撃に、全く反応を見せなかった。
酔龍は何事も無かったかのように、彼に噛みついた。
「……なッ!? 効いてない……だと?」
勝利を確信していたせいで、エッボはそれに反応することが出来なかった。
「や、やめ……」
そのままエッボを咥え、持ち上げる。
そのまま頭をぶんぶんと振り、近くの巨木に叩き付けた。
猛烈な衝撃で木の幹が砕け、白い内部が露出する。
その中でエッボの上半身だけが横たわっていた。
酔龍が、咥内に残ったものをごくりと飲み下す。
「エッボ様!?」
ノンナが叫び声を上げる。
ディルクは顔をそむけ、舌打ちをした。
酔龍は頭を傾げるように動かしたあと、きょろきょろと辺りを見渡した。
すんすんと空気の臭いを嗅ぐ。
何かを探しているようだ。
やがて、酔龍の視線がディルクを捉えた。
「……まさか」
呟きながら、ディルクが走り出す。
懐をまさぐる。
すぐ背後に酔龍が迫っている。
「おい! やはりこれはいらん! お前らにくれてやる!」
そう言ってすれ違いざま、取り出した袋を貴臣に投げてよこした。
「はあ? ……おいちょっと待て!」
反射的に、貴臣はそれを受取ってしまう。
「悪いな、ノンナ。ここは別々に逃げるぞ。無事を祈る」
「あっ、ディルク様! 待ってください!」
ノンナが呼びかけるも、ディルクは彼女を置いて走り去ってしまった。
あらためて、貴臣は手元の袋に目線を落とした。
さきほど摘出した酒袋の入ったものだ。
袋の中で、ちゃぷちゃぷと液体が動く音がした。
「あいつ……こんな大事なものを俺に放り投げてきて、何考えてんだ」
そこで貴臣は、なにやら視線を感じて辺りを見回した。
酔龍が、こちらを見ている。
ディルクを追いかけるのをやめ、貴臣の方に向き直っていた。
そこで、はたと思い当たる。
――これは。そういうアレか。
おおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――
咆哮が、辺りに轟いた。
明日も21時ごろ更新できると思います!




