第十九話 ドーン・オブ・ザ・龍狩り②
「――作戦の概要は、こうだ」
時はすでに、深夜。
簡易ツリーハウスの床に龍狩り用の罠を置き、グラモスは言った。
「そんなに難しいことはない。要するに待ち伏せだ。酔龍の通り道に罠を仕掛け、奴が引っ掛かったら倒す。基本的にはそれだけだ」
うんうんと、貴臣が頷く。
その両目は、期待でこれ以上ないくらい輝いていた。
「でも……それで前回は失敗したんじゃないの?」
リコッサが疑問を呈する。
「確かに」
グラモスが首肯する。
それから皆の顔を眺めたあと、言った。
「あまり長引かせると罠を引きちぎられるかもしれん。だから、速攻だ。罠に掛かったと同時に、ヤツの首を落とす」
「……上手く行くかしら?」
「そこで、ガレミスとタカオミの出番だ」
いきなり話を振られた貴臣は「俺?」と自分を指さした。
ちなみにガレミスはすでに就寝中なので、返事はなかった。
「二人で足止めをしてもらいたい。ガレミスには、彼女が起きてから話すことにするが……タカオミ。君の魔法が必要なのだ」
グラモスは詳細について語り出した。
◇ ◇ ◇
「――で、タカオミ兄ちゃんが風魔法で足止めをして、わたしが酔龍の足を攻撃するとね」
「ああ、グラモスの作戦では、それで行くみたいだ。結構危険だけど、お互い頑張ろうぜ」
『私はタカオミの支援をするわ~。頑張りましょうね~』
「うん!」
貴臣、パルドーサとガレミスは小声で作戦を確認する。
三人は巨木に張り出した太枝の一番低い所に腰かけ、待機していた。
ちなみにパルドーサは、貴臣に肩の上である。
彼らのちょうど下は、罠の仕掛けられた獣道だ。
時は早朝。
森の中には朝もやが立ち込め、視界が悪い。
しかし、酔龍にとっても条件は同じだ。
ならば待ち伏せしている分、貴臣達に有利だった。
「……! 来たみたいだ」
少し先の木陰に、リコッサの姿が見える。
見ると、大きく手を振っている。
酔龍の接近を告げる合図だ。
ほどなくして、腰かけた木の枝から、ずしん、ずしん、と振動が伝わってきた。
貴臣が周囲に視線を巡らす。
他の木々には、それぞれグラモスやサルティなどが待機している。
彼らもそれに気付いたようだった。
空気が張りつめていくのを感じ、貴臣はごくりと喉を鳴らした。
朝もやの中、酔龍が姿を現わす。
貴臣はその威容を、まじまじと眺めた。
これまでは、首を切り落とされ、すでに死んで動かなくなった個体か、生きているのでも闇夜の中、瞬間的に姿を確認しただけだ。
しっかりとその姿を見るのはこれが初めてだった。
おそらくダンプカーほどはあろうかという、巨体。
全身を灰褐色の羽毛に覆われた、巨大な鳥のような姿。
その背中には、派手な色をした飾り羽が付いている。
力強い後肢にくらべ、小さな前肢。
こぶし大のぎょろりとした眼球。
頭部にはくちばしではなく、大きな牙の生えた口が付いている。
そしてその口からは、ときおり炎がゆらめいている。
「クソ、やっぱでかいな」
酔龍から放たれる圧倒的な存在感に気圧され、貴臣が思わず呟く。
頬に、冷たい汗が一筋滑り落ちていった。
酔龍はこちらに気付いていないのか、その足取りはゆったりとしていた。
獣道をこちらに向かって、進んでいる。
一歩、また一歩。
貴臣の腰に伝わる振動が、徐々に大きくなってゆく。
ごくりと生唾を飲みこむ。
そして――酔龍が木の真下を通ろうとしたその時。
ばちん、という金属音が響き渡った。
おおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――
次いで、咆哮が辺りに轟いた。
「うおっ!」
貴臣は思わず身を竦ませた。
至近距離から放たれたそれは、音響兵器そのものだ。
鼓膜だけでなく、身体中をびりびりと振動が通り抜ける。
『タカオミ! 今よ~!』
耳元でパルドーサが叫ぶ。
貴臣ははっと我に返ると、木の枝から飛び降りた。
枝から地面まではかなりの高さがあったが、着地するのは柔らかい土の上である。
あらかじめ、怪我をしないぎりぎりの高度のものを選んでおいたのだ。
ぬかりはない。
「ふんぬっ!」
酔龍のちょうど目の前に降り立つ。
着地の衝撃が、貴臣の足から腰、頭へと駆け抜ける。
しかしここで悠長にしてはいられない。
酔龍も、貴臣の姿をすぐに捉えたようだった。
火炎がその咥内を満たしてゆく。
それから口を大きく開き――
「――〈起 動〉……!」
火炎を吐き出すのと、貴臣の呪文が発動するのとは、ほぼ同時だった。
逆巻く暴風が、巨木を軋ませる。
すぐに竜巻と化したそれは、酔龍の吐き出した火炎を巻き込んでゆく。
「熱っつ!」
暴風の中に火の粉が舞い、貴臣の頬をかすめていった。
辺りには、強烈なアルコール臭が漂っている。
酔龍は突然の出来事にかなり驚いたようだ。
己の吐いた火炎が羽毛に引火し始めたのに、立ち尽くしたままだ。
「――今ばいっ!」
木から飛び降りたガレミスが、酔龍の後肢に戦鎚を叩きこむ。
めきゃり、と嫌な音がして、その関節があらぬ方向に捻じ曲がった。
一瞬の間を置いて、たまらず酔龍は横倒しになった。
「よしっ!」
思わずガッツポーズを取る貴臣。
しかしまだ、喜んではいられない。
完全に仕留めたわけではないのだ。
仕上げは――グラモスが行う手筈になっていた。
「うおおおおおおおおおぉぉぉぉぉっ!」
近くの木立から気合の入った声が聞こえた。
グラモスだ。
その片手には――幅広の大剣が握られている。
もう一方の手首からは、少し太めの白い糸が見える。
糸は、彼の手から伸び、少し遠くの木の枝にくっついていた。
木の上から飛び降り、振り子のように勢いを付けて酔龍の首を切り落とすためだ。
グラモスは酔龍の首に到達する直前、糸を切り離し両手に剣を握りしめた。
――ざんっ。
鈍い音がして、酔龍の首が胴体と切り離される。
それはごろごろと転がっていって――貴臣の足元で止まった。
「よっしゃああああああああああ!」
一瞬の間を置いて――貴臣が、グラモスが、そして集まってきた全員が、勝利の雄たけびを上げた。
貴臣は湧き上がる歓喜の感情に身を震わせた。
今まで生きた十七年ほどの時間の中で、これほどの達成感を味わったことはなかった。
結果的にグラモスのアシストに徹したとはいえ、巨龍を斃したのだ。
高校の期末テストで、全科目オール百点だったとしても、これほどの興奮は味わえないだろう。
貴臣は、そう思った。
「よし。よし、よし、よし。我々は――我々はついに仕留めたぞ。こんな大きなやつだ。村に持って帰れば英雄だ」
グラモスが興奮を抑えきれない様子で、口早に言う。
周りにいた蜘蛛族の男二人もそれに続いて「そうだ!」「んだ、んだ!」とか口々に言い合っていた。
対してリコッサといえば――冷めた目線でこちらを見ていた。
そして、面倒くさそうにこう言った。
「さ、龍も倒したことだし、さっさと撤収するわよ。酒袋、ちゃっちゃと取っちゃいましょう」
貴臣は胡乱げな目でリコッサを見る。
そして文句を言うため、口を開きかけた。
「――そうだな。さっさと帰るのがよかろう。ただし、酒袋も、龍の首もそのままで、だ」
その言葉は、貴臣の後ろから聞こえてきた。
どことなく聞き覚えのある、男の声だ。
振り返ると、サルティが立っていた。
ただし何者かに、首に短剣を突き付けられた状態で。
「ご、ごめんなさい……なんか、捕まっちゃったみたい」
ものすごく申し訳なさそうな顔で、サルティが呟いた。
◇お知らせ◇
・スマホ用で見やすいように、1~18までのシーン区切りの◇を改良しました。
・明日も21時過ぎごろ投稿予定です。よろしくどうぞ!




