第十八話 ドーン・オブ・ザ・龍狩り①
おおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――
酔龍の咆哮が、空気をびりびりと震わせた。
憤怒に満ちた双眸が貴臣達を睨み付け、咥内には炎がちらついている。
背中に生える派手な色をした羽毛が貴臣の掲げる光球に照らされ、逆立っているのが見えた。
酔龍は姿勢を低くとり、威嚇するように地面を蹴りつけた。
「ヤバい! 見つかった!?」
貴臣が叫んだ。
実際、間抜けな話であった。
ようやく死人の群れから逃れたと思ったら、今度は龍の巣の真っただ中に飛び込んでしまったのだ。
おまけに、その家主と鉢合わせである。
間が悪いなんてものではなかった。
「おい、どうする! さっきみたいなゾンビ相手なら武器も魔法も有効だろうが、あんなの相手にどうこうできる装備なんて持ってきてないだろ!」
「分かってるわよ! だいたい奇襲ならともかく、あんなデカブツと正面切って戦うなんて、どんなに強い龍狩りでも無理に決まってるわ」
リコッサが忌々しそうに叫ぶ。
そもそも貴臣達は、グラモス達を探すため必要最低限の武装しかしていない。
短時間のうちになるべく広い範囲を捜索するための、機動性重視なのだ。
もちろんガレミスの戦鎚なら、その膂力をもって頭を割ることができるだろうが――それも、奇襲をかけたならの話だ。
要するに――酔龍に出くわしたら、基本的には逃げるしかない。
おおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――
二度目の咆哮が大気を揺るがす。
それから、酔龍は貴臣達に向かって、猛然と突進を開始した。
――と、その時。
「おい! こっちだ! こっちに向かって走れ!」
男の叫ぶ声がした。
酔龍の向かってくるのと反対側の、森の中からだ。
全員が、声をした方向を向く。
銀髪浅黒肌の男が、貴臣達に手を振っていた。
「グラモス!? 生きてたの?」
リコッサがその姿を認めて、声を上げる。
しかし、今は再会を喜んでいる暇はない。
「みんな! あそこに向かって走るぞ!」
貴臣の掛け声とともに、一行は全力で駆けだした。
◇ ◇ ◇
「サルティ! 無事だったのね!」
「リコ! 久しぶりね。それに、パルドーサも」
酔龍から逃れ、貴臣達がグラモスに案内されたのは、とある巨木に設置されたツリーハウスだった。
そこにはグラモスの他にも、数人の人影があった。
村から、彼に同行した蜘蛛族の若者達だ。
その中で、リコッサの友人がゆるゆると手を振っていた。
建物でいえば、二十階ほどの高さといったところだろうか。
それは、糸を自在に操り、立体的に移動ができる蜘蛛族ならでのものだった。
ツリーハウスは、実に簡素なものだった。
単に酔龍を監視するためだけに建てたものなのだろう。
天井も壁もなく、床は枝の間に板を渡しただけの即席のものだ。
一応床の端に低めの落下防止柵があったが、それだけだった。
その代わりに、十人ほどは寝泊まりできるだけの広さがあった。
すでに辺りは闇に閉ざされていたが――日中、ここから見下ろす景色はさぞや素晴らしいものだろう。
貴臣には、それが容易に想像できた。
「ところでリコッサ、パルドーサ、なんでこんなところにいるんだ? それに、タカオミに鍛冶屋のガレミスもだ。一体どうしたんだ?」
リコッサがサルティと抱き合って再会を喜んでいると、グラモスが声をかけてきた。
「グラモス、アンタ達を探しに来たのよ。もう村を出発してから二十日以上も経っているのよ? 一体ここで何してるの?」
「何って……龍狩りに決まっているだろう。以前から目を付けていた巣の様子を伺っていたら、君達が転がり込んできたんだ。しかし……もうあれからそんなに経つのか」
「ハア? 『もうそんなに』って……それだけの期間音沙汰なければ、誰だって心配だってするでしょうが。それに、今回はサルティもいるのよ?」
信じられない、といったふうにリコッサが首を振る。
しかしグラモスは意に介さず、淡々と自分の意見を述べた。
「いや……罠師のサルティがいればこそ、だ。確実に罠を仕掛けるには、相手の行動を細かく探らなければならない。どうしても日数がかかるんだよ」
「ごめんなさい、罠はちゃんと設置しないと効果がないから……」
横に立っていたサルティが気まずそうに呟く。
「まあ、サルティがいいなら、別に構わないんだけど……」
リコッサは言って、さらに続けた。
「それで……グラモス。ここに来る前に仕掛けられた罠を見たわ。ちょうど、ここから見て酔龍の巣の先にあったやつよ。あれはアンタ達のものよね?」
「ああ、そうだ」
「それじゃあ……仕留めたのはグラモス達なのね?」
その言葉に、グラモスは少しだけ考え込むそぶりを見せた。
「いや……我々が見つけた時には、あの状態だったんだ。大方、他の龍狩り達に先を越されたというところだな。……罠がねじ切られていたのは参ったがね。予備がなければ、あれで終いだったからな」
「……死人の群れは見た?」
「死人? 群れ? 君は何を言っているんだ?」
グラモスが訝しげな表情を作る。
リコッサは、これまでの経緯を説明した。
「――龍狩りの死体が襲ってきた? そんなバカな。我々が現場を確認した時には誰もいなかったぞ」
グラモスが鼻で笑う。
「ホントにいたんだってば! わたしだけじゃないわ。他のみんなも見たのよ!」
「しかし……にわかに信じがたいことだ」
「なんだ? どうしたんだ」
『リコ~、大きい声出すと酔龍がこっちに来ちゃうわよ~?』
リコッサの声を聞きつけて、貴臣達が話に参加してきた。
「死人の群れのことを話しても、グラモスが信じないのよ」
「確かに……あんなの、実際に見ないと分からんだろうからな。俺の大活躍シーン、見せてやりたかったぜ」
「……」
貴臣がうんうんと感慨深げに肯いた。
だが、その話には誰も乗ってこなかった。
「いずれにせよ、酔龍を狩るまでは、ここを動くつもりはない。死人が生き返ってその辺をうろついてたとしても、だ」
グラモスはきっぱり言った。
側で話を聞いていたサルティも、その言葉に肯く。
「もうすぐなのだ。もうすぐアイツを狩れるのだ」
グラモスの意思は固いようだった。
確かに、死人の群れなど、それ見ていない者に分からせるのが無理なのだ。
リコッサは諦めたように首を振りつつ、言った。
「……仕方がないわ。わたしも手伝うわ。このままサルティを置いて帰れないもの。でも、終わったらすぐに撤収すること。それでいいわね?」
「ああ、酔龍を仕留められたなら、すぐにでも荷物をまとめるよ」
グラモスが首を縦に振った。
「……お、俺も参加してもいいんだよな?」
横で話を黙って聞いていた貴臣が名乗りを上げた。
それも、しっかりグラモスの目に入るように、はいはいっと手を挙げながらだ。
たしかに、ゾンビ問題は片付いていない。
連中がなぜ、そうなったのか。
それは気がかりである。
しかし――しかしである。
目の前の問題を差置いてでも。
男に生まれた以上は。
龍狩りイベントなんて、参加するしかないのだ。
「ああタカオミ、歓迎するよ。人数が多ければ狩りも楽になるからな。みんなも、それでいいか?」
グラモスの声に、パルドーサ、サルティと他の男連中からは肯定の声が上がった。
リコッサは何が気に入らないのか、じろりと貴臣を一瞥したあと、ぷいっと横を向いてしまった。
ちなみにガレミスは、ツリーハウスに上がり込むなり「今日は疲れたばい~」と言って横になってしまったので、返事はなかった。
「……それではみんな、明日からの作戦を伝えよう」
「是非に」
グラモスの言葉に、貴臣は敬礼のポーズを取った。
横から、突き刺さるような視線と「まったく。男どもって、いつもこうなんだから」『ねえ~』とかなんとか声が聞こえてきたが、貴臣はその声を無視することにした。




