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第十七話  上手に狩れました!②


 巨木の裏に、茂みの奥に、蠢く人影が浮かび上がる。

 未だ、その姿形ははっきりとは見て取れないが、どの影も――ゆらゆらと揺れ動いている。

 獣の唸るような声。

 小枝を踏みしだく音。

 残雪を踏みしめる音。

 それらが幾重にもなって、不協和音を奏でている。


「おい、これ……どうするんだ?」

「知らないわよ!」


 呼びかける貴臣(タカオミ)

 リコッサは叫んでこれに返答した。


「リコッサは蜘蛛(アラクネ)族だろ? 糸で木の上に退避できないのか?」

「それはいい考えだけど……相手に弓矢使いがいたら格好の的だわ」

「そ、それはそうだな……」


 樹冠から染み入る光はか細く、辺りはすでに薄闇に呑まれつつある。

 その中で、唸る人影は、さらに密度を増していった。


「ねえリコッサ……さっきのあれ、多分龍狩りばい。街の人間じゃなか。ウチらのこと、商売敵だと思ったんかな?」

「どうかしら……だからって、誰何(すいか)すらないなんて、おかしいわ」

『……! 木の裏から、誰か出てくるわ~!』


 男が――うめき声を上げながら、姿を現わした。

 貴臣と同じような皮鎧を装備して、だらりとおろした右手に長剣を握りしめている。


 左手は――無かった。


 ごっそりと、あるはずの肉が抜け落ちている。

 肩口から破れた袖の裏側には、細長い棒のようなものが見え隠れしていた。


「おい……なんかヤバいぞ……!」


 貴臣が声を上げる。

 男は俯き、その容貌をはっきりと視認することができない。


「ねえ、ちょっとアンタ! どこの所属よ! 一体これはどういうことなの!」


 リコッサの問いかけに、男は答えない。

 一歩一歩、ゆっくりと、近づいてくる。

 そして、彼女の前に立った。


『リコ~、この人、おかしいわ~』

「おい、リコッサ! こいつ、もしかして……」


 隻腕の男が、剣を振り上げる。

 そして――肩まで腕を振り上げた動作につられて、その顔が露わになった。


 下顎が――ない。

 頬の肉が垂れ下がって、まるで振り子のように、右に左に揺れ動いている。

 男は、赤黒い喉の(あな)から、獣の唸り声を発していた。


「ひっ……」


 リコッサが息を呑む。

 男が、剣を振り下ろした。


「リコッサ!」


 瞬間、ガレミス叫び、リコッサと男の間に割って入った。

 振り下ろされる長剣を、戦鎚(ウォーハンマー)で掬い上げるように叩き返す。

 鋭い金属音が響き、束の間、火花が周囲を白く染め上げた。


 反動で、男がのけぞる。

 すかさずガレミスは、その横っ腹に戦鎚を叩きこんだ。


「ごぼっ」


 男は喉の奥から空気と共に血反吐をまき散らすと、吹き飛んでいった。

 しかし――倒れた男は、少しの間を置いて――何事もなかったかのように立ち上がり、よたよたと、再び歩み寄ってきた。


「ウソ!? あれを喰らって立ち上がれるはずがなかばい!」


 ガレミスが目を見開き、驚きの声を上げる。

 男の腹は大きく(へこ)み、ひしゃげた皮鎧の隙間からは血液が滴っている。

 さらに、そこから管のようなものがだらりとはみ出ていた。


 並みの人間ならば、確実に致命傷だ。


 しかし、男は先ほどと変わらず、右手の剣を引きずり、近づいてくる。

 獣のような唸り声を上げながら、一歩一歩、ゆっくりと。


 そして――周囲で蠢いていた影もまた、ぽつりぽつりと、姿を現わし始めた。







 すでに辺りは明かりなしでは状況の把握さえおぼつかなくなっていた。


 貴臣は手を掲げ、(まじな)いの言葉を紡ぎ出す。


「クソ! ――〈灯 り よ(ウトゥラム・ドラール)〉!」


 瞬間、まばゆい光球が周囲の闇を(ぬぐ)い取った。




 どの影も、どこかが足りなかった。


 ある者は、顔の下半分。

 ある者は、片腕。

 木の陰から出てきた者は、片足があらぬ方向に捻じ曲がっている。

 地面を這う者は、腰から下はなく、脊椎だけが尻尾のように飛び出している。


「こいつら全員、死人(ゾンビ)だ……」


 確信して、貴臣が後ずさる。

 踏みしめた小枝がぱきりと鳴る。

 貴臣には、その音がやけに大きく聞こえた。




「……とにかく、ここを突破しないとだめだわ」


 青ざめた顔で、リコッサが言った。

 そして、さらに続ける。


「このままじゃ、あいつらに袋叩き……いえ、喰われるわ。さっき、酔龍(スイリュウ)の腹の中に何かがいるのを見たの。きっとあいつら、その屍肉を喰っていたのよ」

「でも……数が多すぎるばい。どうやって切り抜けると?」


 近寄ってきたゾンビを叩き伏せつつ、ガレミスが言った。


「こいつらを一瞬でもひるませることができれば……」

『リコ! やつらがどんどん集まってきてるわ~。これ以上は、ホントに逃げられなくなっちゃうわよ~』


 パルドーサの声は相変わらず間延びした調子だが、しかし緊迫の色が乗っている。

 リコッサもガレミスも、表情に余裕がない。


 それを見た貴臣は、おずおずと口を開いた。


「なあ……俺に考えがあるんだが」


 三人の娘達は顔を見合わせた。


「アンタ、この中で一番戦力にならないんだけど」

「タカオミ兄ちゃんは、明かり係たい」

『タカオミは~、おとなしくしてた方がいいと思うの~』


 えらい言われ様であった。

 貴臣はいろいろ言いたいことがあったが、ぐっとこらえてその先を続けた。


「確かに俺は、この中で一番のザコかもしれん。でも、実はこの中で俺だけ、この状況を打開する策があるんだ」


 皆の顔を見渡しながら、言う。

 その言葉の意味を察して、リコッサは顔を青ざめさせた。


「もしかして、この前の虎犬(トライヌ)の群れを蹴散らしたときのこと? アレはダメよ! わたし達まで巻き込まれるわよ!? それに……アンタ死ぬつもりなの?」

「いや……確かにそれもいい考えだが、今回は誰も死なない」


 そう言うと、貴臣はにやりと笑った。







 ゾンビ達が、どんどん増えて行く。

 今や、それらのうめき声と唸り声で森全体に満たされていた。




 貴臣は、カストラの街がその寂れた街並みと対照的に、人通りが多かったことを思い返した。

 龍狩り達で、にぎわっていたのだ。


 ゾンビは、ゾンビを生む。

 貴臣がゲームや映画で知った知識と同じなら、そうだ。


 今確認するだけでも、数十体ほどが一行を囲んでいる。

 それも、徐々に数が増えてきている。


 ――あの街からここに来た者の一体どれだけが、こうなったんだろう。

 捜索隊は?

 グラモス達は?


 最悪の予想が頭をよぎり、貴臣は首を振ってそれを打ち消した。


「ちょっとタカオミ、まだなの?」

「そろそろまずかばい」

『どんどん数が増えてるわよ~?』


 リコッサとガレミスはばらばらと近づいてきたゾンビ達を倒しつつ、叫んだ。

 パルドーサも、その声には焦燥の色が濃い。


「まだだ……もう少し、密集させないと効果が薄い」

「そうはいうけど、ホントに大丈夫なんでしょうね!?」


 群がるゾンビを前に、リコッサの顔はひきつるばかりだ。


 やがて、数十のゾンビ達が貴臣達を取り囲むようになった。

 前後左右、うめき声だらけだ。

 逃げ場所は、もはや残っていないように思われた。

 ――しかし。


「……よし。頃合いだな」


 貴臣はにやりと笑みを浮かべる。

 それから光 球(ウトゥラム・ドラール)の浮かぶ手と反対側の手を突き出して、叫んだ。


「――〈起 動(サトゥス・スルスム)〉……!」


 風が、動いたような気がした。




 そして次の瞬間、貴臣の手元から猛烈な風が巻き起こった。


 風は突風となり、轟音とともに竜巻と化す。

 その勢いは、辺りの木々の枝を引きちぎり、巨木の幹を軋ませた。


 当然、ただふらふらと歩いているだけのゾンビ達に、それに抗うだけの力などあろうはずがない。


 風にあおられ、うめき声をあげながらばたばたとなぎ倒されてゆく。

 竜巻に呑み込まれた者は巨木に激突して、その脆い身体を四散させた。


 そして――突風の発生した地点を中心として、ゾンビ達の包囲網に穴が空いた。


「今だ! みんな走れ!」


 その様子を確認した貴臣は魔法を解除したのち、叫んだ。

 それを合図に、皆が一斉に走り出す。


「いつ見てもとんでもない威力だわ……! 日常には全く使えないけど!」

「やっぱりタカオミ兄ちゃんはすごか! 日常生活では全く役に立たないけど!」

『非常時にしか役に立たない魔法って、あるのね~』


 リコッサがガレミスが、パルドーサが、称賛なのかバカにしてるのか分からない感想を口にし、走る。


 貴臣が振り返ると、損傷(ダメージ)の少ない死人(ゾンビ)達がぞろぞろと追いかけてきていた。

 が、しょせんは崩れかけた肉体だ。

 生者の足に追いつけるはずがない。


 貴臣達は、ぐんぐんとその距離を空けていった。







「はあ、はあ、ここまで来れば、もう大丈夫だろう」


 ちょうどよさそうな場所を見つけ、貴臣は足を止めた。

 不安定な足場の中、長距離を走ったおかげで、なかなか息が落ち着かない。


 見れば、リコッサとガレミスも、膝に手をつき、肩を大きく上下させていた。


「ここは……どこだろう」


 息が落ち着いてくると、周りの様子が徐々に目に入ってきた。


 そこで貴臣は、自分が今立っている場所に違和感を覚えた。

 その正体を確かめようと、辺りを見回す。


 森の中にしては、やけに広々としている。


 空を見上げると、満天の星空だ。

 昼間なら日光が差し込んできて、ぽかぽかと暖かいだろう。


 足元を見る。

 ふかふかとした、わらのような草が敷いてある。

 その外側には――盛り土がしてある。


 ところどころ、羽毛のようなものが落ちている。

 そして――。


 一抱えはありそうな、()


 これは――巣だ。


「これは……絶対ヤバい」



 貴臣は思い出した。


 酔龍は今、繁殖期だ。


 一頭見かければ――もう一頭が側にいてもおかしくない。



 事実、貴臣が顔を上げると――奥の木立の陰から、こちらに向かってくる巨大な影が見てとれた。



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