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第十六話  上手に狩れました!①

 


「……なにこれ……」


 リコッサが呆けたように呟いた。


 獣道に仕掛けられていた罠は――きれいさっぱり、消え失せていた。

 鎖の先端部分には、ねじ切られたような跡がある。


「たしか、罠の部分って、相当大きかったよな」


 グラモス達が出発する際に見た罠は、象すら捕えられそうなほどの大きさだったはずだ。

 貴臣はその時の記憶を再現しようと、両手を抱えるようにして、大きな輪っかを作ってみた。


「こんな大きさの罠を引きちぎって逃げるって……どんだけでかいんだよ」

「龍狩り用に作った罠だし、簡単に破られるようなものではないはずなんだけど……」


 リコッサは言いながら周囲を警戒する。

 罠に掛かった動物――おそらく酔龍(スイリュウ)――は、かなり暴れたのものと思われた。

 わずかに生える下草はことごとく踏み潰されており、辺りは掘り返されたようになっている。

 周辺の木もことごとく傷ついて、白い内部を露出させていた。


 そして――獣道には、何かを引きずったような跡が付いている。

 それが延々と、森の奥へと続いていた。


「とりあえず……ここにはグラモス達も、酔龍もいないわ。おそらく、罠を付けたまま逃げたのを、追いかけて行ったんだと思う」

「じゃあ、この跡を追っていけば、もしかしたらグラモス達を見つけることができるかも知れないな」

「……そうね」


 リコッサは、少しの間を置いて、答えた。







 酔龍は、すぐに見つかった。

 それは――半刻ほど跡を辿(たど)った先に、転がっていた(・・・・・・)


「おい……これが、酔龍か?」


 貴臣は、横たわってもなお、自分の身長を超える肉塊を見て言った。


 ――まるでダンプカー並みのでかさだな。


 貴臣が最初に受けた印象は、トカゲというよりは――鳥だった。

 それも、ニワトリとかダチョウのような二足歩行の、巨大な鳥。



 その巨体は、灰褐色の羽毛に覆われていた。

 翼こそ生えてはいなかったが、発達した太い後肢には巨大な鍵爪が生えており、走るのはかなり速そうだ。

 対して前肢は、鋭い爪が生えているものの人の腕とあまり変わらない大きさで、貧相な印象を与える。


 そして――その左後肢には、巨大な鉄塊が、がっちりと食らいついていた。




「やっぱり、こいつだったのね」


 リコッサは死骸の周囲を歩きながら、状態を確かめていく。


 横倒しになった酔龍は、傷だらけだった。

 その身体には、無数の切り傷や矢傷が付いている。

 近くの樹木には折れ曲がった矢が何本も刺さっており、ここで激しい戦闘があったことを伺わせる。


 頭は――無かった。


 首から先は鋸か何かでざっくりと切り取られており、赤黒い空洞をさらけ出している。


「これは……仕留めたあとに酒袋を摘出した(あと)ね」


 首の周囲の地面に血痕がそれほど残っていないのを見て、リコッサは確かめるように呟いた。

 おそらく心臓の動きが止まったあとに、切り離したのだ。


 断頭行為に関しては――狩りの後に酒袋を摘出する過程でしばしば行われるということを、リコッサは知識として知っていた。


 そもそも、仕留めた酔龍はその巨体ゆえ、気軽にどこかへ持ち運びすることができない。

 その場で必要な部位を切り取って持って行くのが普通であった。


 リコッサが酔龍の腹側に回ると、脇腹から下腹部にかけて、黒々とした裂け目がぱっくりと口を開けているのが見て取れた。


「これが……致命傷だったのかしら?」


 リコッサが屈みこんで傷を調べる。

 地面には大量の血液が流れた跡が残っており、酔龍は、確かにここで息絶えたようだ。

 傷口は何か鋭い刃物で切り付けられた箇所と――まるで何かに齧り取られたかのように、いびつな形をしている箇所が混在していた。


「これは……噛み痕? この辺りで虎犬(トライヌ)が出たって聞いたことないけど……」


 ――しかし。

 リコッサはあることに気付いた。


「変ね。これだけの傷が開いているのに……内臓がこぼれてないわ(・・・・・・・・・・)


 そこには、あるはずのものが無かった。

 疑問に思ったリコッサは、目を凝らし、黒々とした裂け目の中を覗く。

 すると――中で、何かが動く気配がした。


「……?」


 リコッサが暗がりを覗き込む。

 腹の中で、ぺちゃぺちゃと湿った音が聞こえる。


 何かしら? 良く――見えない。


 もっと、顔を近づけないと――




「リコッサ! パルドーサ! それにタカオミの兄ちゃん! ちょっとこっち来んね!」


 ガレミスが呼び声が聞こえて、リコッサは顔を上げた。







 酔龍の死骸から少し離れたところに、それはあった。


「ウゲ……。これは酷え」


 リコッサとともにやってきた貴臣はそれを一目見て、顔を背けた。

 そのまま回れ右をして、口を押えて屈みこむ。


 あとからやってきたリコッサもそれを見るなり、眉をひそめた。


「確かに、仕留めた後は頭部を切り離してから酒袋を取るっていうのは知ってたけど……」

『これは~ちょっとやりすぎよね~』

「……言っとくけど、わたしのせいじゃなかよ」


 戦鎚(ウォーハンマー)に寄りかかり、困惑した表情を浮かべるガレミス。




 その傍らには、頭を滅茶苦茶に潰され、もはや原型を留めていない酔龍の首が打ち捨てられていた。



「先に前の方を調べてたら、首がなかったけん、血の跡を辿っていったら……こーなってたんよ」

「でも……なんでここまで頭を潰す必要があるのかしら?」

『他にも取れるものあるのに~、もったいないわ~』


 腕を組み、首をかしげるリコッサ。

 その様子を見たパルドーサは、彼女の肩に乗り、同じように腕を組み、首をかしげた。



「そういえば……こんな話を聞いたことがある」


 未だ青ざめたままの貴臣が、話に割って入った。


「縁起でもない例え話ではあるんだが……人が人を殺した後に、首を切るという事件がたまにあるんだが……これは、自分が殺した相手が――絶対に生き返らない(・・・・・・・・・)ように(・・・)念には念を入れて(・・・・・・・・)……そうする、ってことなんだそうだ」

「つまり……この酔龍に絶対に生き返って欲しくないから、首を切り取って……こんな滅茶苦茶に頭を潰した……っていうこと?」


 貴臣は少し間を置いて、頷いた。


「わたしの見たところ、致命傷はお腹の傷で、あれは確実に酔龍を死に至らしめたはずよ。グラモス達……もしかしたら他の龍狩りかも知れないけど……いずれにせよ、ここに来る連中は皆、手練れよ。そんな素人みたいな真似……ありえないわ」


 リコッサが肩をすくめながら、貴臣を見やる。

 ガレミスもその話を聞いて、首を振った。


「わたしの戦鎚ならこういうことできなくもないけど……これはちょっと――タカオミ! 後ろっ!」

「……へ?」



 ――それは、何時からそこから居たのだろうか。


 貴臣のすぐ背後に立ち、肩越しから彼をじっと見つめていた。

 頭部から顔、そして首元までをてらてらとした朱に染め、佇んでいる。


 やけにぎょろりとした眼球が、貴臣の首元を凝視している。


 そして――それ(・・)は――呆けたように立ち尽くす貴臣の首筋に向かって、大きく口を開けた。


「……シッ!」


 鋭く呼気を吐き出したガレミスが、前のめりに踏み出す。

 貴臣が振り返る。

 次の瞬間、ガレミスは戦鎚を大きく振りかぶり、貴臣の後ろにいたそれ(・・)に叩き付けた。


「うわっ!?」


 凄まじい重量の鉄塊が、猛烈な速度を伴って、貴臣の耳元で唸りを上げる。

 続いて、卵が潰れたような、湿った不快音が辺りにこだました。

 ばしゃりと、冷たい液体が貴臣の顔にかかる。


 間をおいて、どさりと何かが倒れる音がした。

 貴臣が足元を見ると――男が――頭の半分を吹き飛ばされ、仰向けに倒れていた。

 板金鎧を着こみ、片手には死してなお、戦斧を握りしめている。



「ガレミス!? おい、コレ……」


 青ざめた貴臣は、ガレミスと男の死体を交互に見比べながら口をぱくぱくと開け閉めする。


「ガレミス……!」

「わかっとるばい! 囲まれてる……!」

『気配……無かったわ~』


 リコッサは腰から素早く短剣を抜き、構える。

 ガレミスと反対を向き、周囲に視線を巡らす。

 パルドーサは困惑の表情を浮かべたが、すぐに上空へと飛翔し、旋回を始めた。


『五……八……十……十五……まずいわ~、数が多すぎるわ~』


 空から降ってきた声に、リコッサは顔をしかめた。


「十五人!? ちょっと! 三人じゃどうにもできないわよ!?」

「リコッサ! どうなってるんだ!?」


 貴臣が叫ぶように説明を求める。

 リコッサも叫ぶように答えを返した。


「言ったでしょ! 囲まれてる! こんなところで野盗に出くわすなんて!」

「おい……ここ、酔龍の縄張りじゃないのか? 龍狩りは手練れだって……盗賊なんて、こんなとこで何してんだよ?」

「そんなこと知らないわよ! あいつらに聞けばいいでしょうが!」


 見れば、巨木の影に、茂みの奥に、徐々に人影が浮かび上がり始めていた。



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