第十四話 受難ハニー
「ちょっとカトリナ! この色白金髪眼鏡! グラモス達はいつ帰ってくるの! サルティは? もう村を出てから二十日も経っているのよ!?」
「ちょっ……苦しいです! リコッサさん、落ち着いて下さい!」
貴臣や、側に待機している職員達が止める間もなかった。
リコッサは館に入るなり、だしだしと床を踏み鳴らして執務席のカトリナに詰め寄った。
そして、机に身を乗り出して彼女に食ってかかったのだ。
幅広ではあるが、相変わらず書類や本類がうず高く積み重なった机である。
そこにリコッサの身体が、浜辺に打ち上げられた海獣のように乗り上げたのだ。
当然のごとく、それらはばらばらと――津波のように床に散らばっていった。
貴臣はその惨状を目にして、こめかみを押さえた。
――カストラの街、カトリナ邸。
瀟洒な外観と、静謐な雰囲気の庭園を持つ、町長カトリナの仕事場兼住居である。
貴臣達は、二十日前に蜘蛛族の村を出発したきり消息を絶ったグラモス達の安否を確かめるため、彼女のもとを訪れていた。
貴臣が以前リコッサからに聞いた話によれば、龍狩りに向かう者は、一度カトリナのもとを訪れるようになっているとのことだった。
そこで担当職員に、狩りに向かう旨や人数、予定の行動日数などを伝え、登録する。
万が一に備えるのだ。
街ぐるみで狩りにまつわるイベントを運営している以上、いろいろ責任があるってことなのだろう。
貴臣は、そう理解したのだった。
「いーから! 教えなさい! いつ! 帰ってくる! の!」
「ちょ……やめ……く、首が締まって……ぐう」
『リコ~? これ以上はカトリナが死んじゃうわ~』
リコッサの尋問(?)はなおも続いていた。
パルドーサがたしなめるも、リコッサは聞く耳を持たない。
「いーから、答えなさい! 他にも龍狩りに出かけた連中が沢山いるでしょ! そいつらから何か聞いてないの? 今! ここで! 答えなさい!」
「おいリコッサ、そろそろやめないと……」
「ホント……やめ……苦し……きゅうぅ」
なすがまま、がくがくと揺れるカトリナ。
リコッサの揺さぶりに合わせ、蜂蜜色の髪がばっさばっさと虚空を舞う。
ただでさえ雪のように白い肌は、今や蒼白だ。
眼鏡は……彼女の形の良い鼻の先に、かろうじて引っかかっていた。
その有様を見て、貴臣は再度こめかみを押さえ、深いため息を吐いた。
それから、リコッサをカトリナから引きはがしにかかった。
「実は今、街の有志で結成した捜索隊を出しているんですよ」
やっとのことでリコッサから逃れたカトリナは、ぜいぜいと荒い息を吐きながら、こう答えた。
それから乱れた服と蜂蜜色の髪を整え、ずれた眼鏡を掛け直した。
「つまり……どういうこと?」
「今のところ、グラモス様の隊を含め、狩りに出た全員の行方が分かっておりません」
「ハア!? ちょっと、全員って……」
「マジかよ」
『それは~、大事ね~』
素っ頓狂な声を上げるリコッサ。
貴臣もパルドーサも、これには驚かざるを得なかった。
――全員帰ってこれないなら、何のための登録だよ。
いくら龍狩りが危険と隣り合わせだとしても――それでは『屠龍祭』などと銘打って、街の興業として成り立つわけがないのだ。
「……で、その捜索隊はいつ頃帰ってくる予定なんですか?」
固まってしまったリコッサの代わりに、貴臣が質問をする。
これには、横でやりとりを見守っていた、蟻の様な触角を額から生やした女性職員が答えた。
「手元の書類によると、五日前に出た隊が本日の夜ごろ街に戻る予定です。その人達から事情を聞いて今後の対策を練るつもりだったのですが……」
貴臣の記憶が正しければ――確か、メッソールという名だったはずだ。
「じゃあ……あと数刻もすれば、分かるのね?」
「はい。その予定で――」
リコッサの問いにメッソールが答えようとした――その時。
ばたん、と大きな音がホールに響き渡った。
その場にいる全員が、音のする方を向く。
正面玄関の扉が、勢いよく開け放たれていた。
「おい誰か! コイツを運ぶのを手伝ってくれ!」
見ると、二人の男が玄関口に立っていた。
片方はすでにぐったりとしており、もう一方の男の肩に担がれている。
その男はすでに意識がないようだった。
力なく手をたらし、足はもう一方の男に引きずられるままになっている。
「まあ……大変! みなさん、至急介抱をお願いします」
カトリナがそれを見るや、声高に指示を飛ばす。
貴臣達が見守る中、職員達は足早に玄関へと向かっていった。
◇ ◇ ◇
一夜明けて、早朝。
貴臣達は、ガレミスの工房でグラモスら捜索の準備を進めていた。
「おいリコッサ。これ、こんな装備で大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。問題ないわ」
貴臣の抗議に、リコッサが面倒くさそうに返事を返す。
貴臣が装備しているのは、いわゆる皮鎧だ。
それも、致命傷を防ぐため要所要所に薄い鋼板を配した、上等なやつである。
それに獣皮自体も、強い衝撃にも耐えうるよう何枚も貼り重ねてある。
しかし彼としては、それに少しばかり不満があった。
――あの、全身鎧がよかったんだけどなあ。
貴臣の視線は、店の真ん中に鎮座している全身鎧に向けられていた。
複雑な紋様と彫刻に彩られた、鋼の鎧。
彼の、活躍イメージにぴったりだったのだ。
「……タカオミ、あれは騎兵用よ。歩兵には重すぎるわ。あんなの装備して酔龍の前に立ってみなさい。まったく動けずに丸呑みされるわよ」
「……」
まっとうな意見が、貴臣に突き刺さる。
そうなのだ。アレは、文字通りの鉄塊なのだ。
まず、足となる馬がなければ、お話にならない。
貴臣は、鎧から目をそらし、ため息をついた。
「タカオミ兄ちゃんは、わたしの作った鎧、気に入らんとー?」
「い、いやいやいや、ガレミスの作ったものなら、何でも最高だよ」
唇をくちばしのように突き出し、しゅんとするガレミス。
上目づかいで、貴臣をじっと見つめてきた。
それを見て、貴臣は慌ててフォローを入れた。
「……なによ。タカオミは、ガレミスには優しいのねー? ひょっとして幼女趣味なの? キモっ」
『タカオミって~、ロリコンなの~?』
「違うわっ!」
云われなき中傷に、貴臣は喚いた。
カトリナ邸に転がり込んできた男達は、はたして捜索隊の生き残りであった。
一人は意識不明。
もう一人も、腕とあばらを折る重傷。
生きて帰ってこれたのが、不思議なくらいであった。
それでもかろうじて聞き取れたのは――捜索中、不意に酔龍に襲われたこと、それにより隊がばらばらになって逃げたこと――それだけだった。
「あんな凶暴なヤツは、今まで見たことがねえ」
男はそう呟いたあと、意識を失ったのだった。
屠龍祭は、街の住人が仕事の合間をぬって運営の手伝いをしていることが多い。
つまり、急に何かが起こった時に対応できる人間が、あまりいないのだ。
その万が一の為に組織されたものの一つがこの捜索隊なのだが――その手札はすでに切っている。
「本来ならば、こんな危険なことをお任せすることはないのですが――」
カトリナは苦渋の面持ちで、貴臣達に切り出したのだった。
「これで……よし、と。それじゃあ、出発するか」
全ての準備が整うと、貴臣は手をぽきぽきと鳴らした。
他の面々も、準備万端だ。
ちなみにガレミスも付いてくることになった。
リコッサが仕事に穴を空けてまで同行する必要はないと断ったのだが、
「龍狩りの人達がみーんな武具の買い付けや修理に来なくなってしまったけん、開けてても閉めててもどーせ同じたい」
と言って、さっさと支度を始めたのだった。
ガレミスの戦闘能力なら、一緒に来てくれた方が心強いのは確かだ。
だから、リコッサはそれ以上咎めるようなことはしなかった。
形は多少違ったものの、念願の龍狩りだ。
貴臣の胸はこれまでにないくらい、高鳴っていた。
 




