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第十三話  ノーワーク・ノーペイ②

 怪力少女(ガレミス・タルピナー)の工房は、カストラの街の大通りから少し入った路地の、さらに入り組んだ細道を抜けた先にあった。


「……空が細いや」


 大量の荷物を背負った貴臣(タカオミ)は、誰に聞かせるともなく呟いた。


 (たたず)むのは、人が一人すれ違えるかどうかの裏路地だ。

 見上げる真っ青な空のほとんどが、背丈のある建物の影で削り取られている。


 路地は未舗装で、土埃を含んだ冷たい風が通り抜けてゆく。


 ここのところしばらく続いている穏やかな春の日差しも、密集した建造物の隙間のさらにその奥底までは、届くことはなかった。




「ガレミス、いるかー?」


 貴臣はとある建物の入り口で足を止め、奥に向かって声を張り上げた。



 上を見ると、埃と錆でほとんど判読不能な吊り下げ式の小さな看板。

 風に揺れて、ぎこぎこと軋んでいる。


 外壁には、煤けたがらくたの数々が寄り添うように積まれている。

 そのどれも壊れていたり、どこかが欠けたりしていた。


 朽ちかけ、ささくれだらけの扉は半開きのままだ。

 年季の入った鎧戸は全て開け放たれていたが、中を覗いても人の気配は感じられなかった。


「おいリコッサ、ホントにここでいいのか?」


 (いぶか)しむ貴臣が、半開きの扉を開ける。

 立てつけの悪い扉がぎいぎいと音をたてたが、それでも中からの返事はなかった。


「多分奥に引っ込んでるんだと思うわ。とりあえず中に入りましょ」

「あっ、おい待てって」


 リコッサが言って、さっさと店の中に入ってゆく。

 貴臣は(あわ)てて後を追った。



 薄暗い店内は、大量の刀剣や甲冑で埋め尽くされていた。


 店に入ってすぐに目に付いたのは、正面に飾られた全身鎧だ。


 複雑な紋様や細かい彫刻が施されたその甲冑は、外からの光に照らされ鈍く光っている。

 その隣には、同じような意匠の、鞘と両手剣(ツヴァイヘンダー)がそれぞれ立てかけられていた。


 きっとセット販売なんだろうな、と貴臣は思った。



 奥を見渡すと、魔素灯(マソトウ)に照らされ、様々な種類の刀剣が陳列されていた。

 短剣や長剣、両手剣。

 戦斧や斧槍(ハルバード)の類も、店の片隅で立てかけられていた。


 いずれも、貴臣がゲームやアニメでしかみたことのないような武器ばかりだ。


 防具にしても、先ほどの全身鎧から、胸当て、肩当にばら売りと思しき籠手や兜、人の身長ほどもある巨大な盾(タワーシールド)円形盾(ラウンドシールド)など様々だ。


「へぇー。これはツヴァイヘンダーってやつか。うわ重っ! こんなん振り回せるヤツいるのかよ。――こっちはタワーシールド? これも重……持てねぇ……」

「ちょっと? それ売り物なんだから、あまりべたべた触らないでよね」


 物珍しげにあちこちの武器や防具を触り出した貴臣を見かねて、リコッサは声をかけた。


「すまん、つい物珍しくて」

「あんたねえ……どれも高いのよ? 壊したら一生村で働いてもらうからね?」

「お、おう。次から気を付けるよ」


 貴臣とリコッサが喋っていると、店の奥で声がした。


「リコッサー? 生糸持ってきてくれたとー?」


 可愛らしい――が、どことなく訛りのある声だ。

 貴臣とリコッサは、同時に声のした方へ顔を向けた。



 ゆっくりとした足取りで、店の奥から小柄な少女が姿を現わす。


 ふわふわの栗毛に金色の瞳。

 そばかすを散らした頬には、うっすらと煤がこびりついている。

 そして、十代前半の少女の、小柄な体躯には不釣り合いなほど巨大な――鱗に覆われた前腕部。

 その大きすぎる手には、先ほどまで作業をしていたのか、鍛冶用の(つち)が握られている。


「ガレミス! 頼まれてた生糸二巻き、持ってきたわよ」

「よ、よう。この前はどうも」


 ガレミスはリコッサ達の姿を認めると、にぱーっと笑みを浮かべた。

 こうしてみると、その腕の異様さ以外は――可愛らしい女の子だ。


 先日の飲食店で大男相手に大立ち周りを演じた怪力少女と同一人物だとは、貴臣にはとても思えなかった。



「リコッサ! パルドーサ! お疲れー! そこのお兄さんは……タカオミ……やったっけ? リコッサの仕事手伝うことにしたん?」

「ああ、俺、ここじゃどこにも行くあてがないし。……それにパルドーサのこともあるしな」

「そっかー……」



 少しの間を置いて、ガレミスは続けた。


「で、タカオミはリコッサと一緒になることにしたん?」

「えっ」

「ハァ? ななな何を言ってるのガレミス! だだだ誰がこんなヤツと一緒に……」


 不意を突かれたリコッサは、顔を真っ赤にして、ぶんぶんと手を振った。

 ガレミスは「ん?」と小首を傾げて、その華奢な顎に大きな手を持って行く。


「だってさっき、タカオミはリコッサの村で一生暮らすって言っとったやろ?」

「ちょっ……! ああああれはそういう意味じゃなくって……」

『あら~。それならお姉ちゃんも安心だわ~』

「お姉ちゃ……パル姉まで!? いいいきなり出てきてまずそこから食いつくの? 絶対ない! ないから!」

「いや、そこまで否定せんでも……」


 リコッサはあわあわと手を振りながら必死に弁解を続けている。

 なんだかよく分からないダメージを負った貴臣は、しゅん、と肩を落とした。



「……冗談はこれくらいにして、と。 今日の生糸って、誰の?」


 リコッサ弄りに飽きたのか、ガレミスは強引に話を戻した。


「……頼まれてた通り、二巻きともウチのお母さんのやつよ」

「ピラータさんのやね! これでやっと強度のある防具が作れるばい!」


 胸元でぎゅっと拳を握りしめ、「やった!」と嬉しそうな声を上げるガレミス。

 それを見た貴臣は素朴な疑問を口にした。


「……どういうこと? ピラータさんの糸って他の人と何か違うの?」


 これにはボムビークス姉妹が答えた。


『お母さんの造る糸は~蜘蛛(アラクネ)族の中では一番強度が高いの~』

「鍛えた鋼よりも強度があるのよ。だから特に強靭さが求められる全身鎧の関節部分や、甲冑に使う鉄板を繋ぎ合わせたりするのに必須なの」

「ピラータさんは『赤目』の人けん、特別な蜘蛛族なんよ」


 ガレミスが最後に付け加える。

 その言葉に、貴臣はリコッサを見やった。

 そういえば、リコッサも赤目――だ。


「なによ? さっきのまだ気にしてるの?」

「いや……そうじゃなくて、リコッサも赤目だな、と思って」

『確かにリコも~、お母さんの遺伝を受け継いでいるわ~。本人は製糸の仕事はイヤみたいだけど~』

「わたしは糸造って村で一生を終えるなんてまっぴらゴメンなの。もっと外の世界を見てみたいもの」


 リコッサはふんす、と鼻息を荒くして言った。

 胸元には、拳が握られている。


『さっき~、タカオミには一生村に居ろって言ってなかった~?』

「あっ、あああれはだから違うって……」

「リコッサがピラータさんの跡を継いでくれたらわたしは嬉しいんやけどなー」

「わたしは継がないから! もうちょっとしたらこの村を出て行くの!」

『え~、私を置いていっちゃうの~? お姉ちゃん寂しい~』


 女が三人集まって(かしま)しい、とはこのことか。

 貴臣はその光景を眺めつつ、思った。


 ――放っておいたら、日が暮れるまでお喋りしてそうだ。


 貴臣は、はあ、とため息を吐きながら店内を見渡した。



 相変わらず店のど真ん中には、あの高そうな武具一式が外の光を受けて、ぎらぎらと輝いている。


 銀色に光る全身鎧に、胸の丈ほどもある両手剣(ツヴァイヘンダー)


 ――こんな感じの剣や鎧を装備して、ドラゴンとか魔王とか……なんかそんな感じの敵をガンガンぶっ飛ばしていく。そんでもって、なんかいい感じの美少女とイチャラブして……それから……それから――。


 妄想にふけっていると、ふと、店の外に目が向いた。


 開け放たれた鎧戸の(へり)に、一羽のハトがとまっている。

 ハトはくるる、くるる、と喉を鳴らしながら――まっすぐ貴臣を見ていた。


「お、ハトじゃん。こんな異世界にもいるんだな」


 よく見知った動物を見つけた貴臣は、窓に歩み寄った。

 脅かさないように、一歩一歩、そろりそろりと近づいてゆく。



 貴臣がすぐ近くに寄っても、ハトは逃げるそぶりを見せなかった。

 それどころか、じっと貴臣を見つめてくる。


「都会のハトは人を見ても逃げないんだよなあ。この辺のヤツらもそうなのかな?」


 顔を綻ばせた貴臣が、手を差し出してみる。


 ハトはそれをじっと見つめている。そこから一歩も動こうとしない。


 そして、喉を鳴らしながら、時折小首を傾げるような仕草してみせる。

 それが貴臣の愛護心をいたくくすぐった。


「おーい。ここにハトがいるぞ。てかこの世界にもハトがいたんだな」


 貴臣は三人を呼ぼうと奥に向かって声をかけた。


「えーっ? 何―? 何かあったー?」


 リコッサが反応して、声を返す。


「ハトだよ、ハト!」

「は? はと(・・)ってなに?」

「え……? いや、ハトって鳥だよ。このくらいの」


 近づいてきたリコッサのために、貴臣が胸元で手を丸めてハトの大きさを作ってやる。


「タカオミ、さっきから……何を言ってるの? はと(・・)って……何?」

『ハト~? ホントに~? 大昔に絶滅した(・・・・・・・)っていう(・・・・)、あのハト?(・・・・・・)


 リコッサのあとをふわふわと付いてきたパルドーサが代わりに答えた。


「……え?」


 貴臣が呆けたような声を上げる。

 急いで窓際の方を振り返った。


 ハトの姿は、すでにそこにはなかった。



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