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第十二話  ノーワーク・ノーペイ①


「タカオミには、仕事を覚えてもらうわ」


 開口一番、リコッサはこう切り出した。



 カトリナ邸での騒動や飲食店での乱闘騒ぎから一夜明けた、帰り道でのことだ。

 道中のとある断崖絶壁に取りついたまま、貴臣は「はあ?」という顔を浮かべた。


 行きも通った山道である。

 断崖に掘られた窪みに足をかけ、鎖を握りしめ、へばりつくように進む。

 下から吹き上げる風は、相変わらず猛烈な冷気だ。


 足を滑らせようものなら、谷底に真っ赤な花が一輪咲くことになる。


 そこは、この世で地獄に最も近い道だった。



 一方リコッサはすでに岩場を抜けて、先にある桟道(さんどう)(板だけを渡した山道)に乗り移っていた。

 しょっちゅう通って慣れきっているのか、鼻歌交じりだ。


「仕事って……なんだよー! 俺は糸なんか出せないぞー!」


 下を見ないようにして、貴臣はリコッサに叫んだ。

 びゅうびゅうと吹く風のせいで、大声を出さないと会話ができない。



「パル姉がこんなである以上、ボムビークス家の稼ぎはアンタの双肩(そうけん)に掛かっているといっても過言ではないわ」

「お、おう。だから……」

「なにも、製糸や機織(はたお)りをやれっていっているわけじゃないわよ。それくらい分かってるわ。わたしが言ってるのは、荷物の輸送よ」

『確かに~、リコ一人で荷物を運ぶのだと~、人手が足りないわね~』


 貴臣の肩にちょこんと載ったパルドーサが、ため息まじりに呟いた。


 貴臣の身体は、元はといえばパルドーサのものだ。

 それは重々承知していた。


 それに、いきなりこの世界に放っぽり出されても、生きて行けない。

 所詮は人間、喰わねば飢えて死ぬ運命なのだ。


 だから、仕事があるならば、ありつけるならば、やること自体は別に構わなかった。



 ――ただ――今、ここで言う話なのか。

 出会ってそんな日が経っているわけじゃないが、この女――もしかして、ちょっとアレなんじゃないか。



 貴臣が難しい顔をして(うな)っていると、リコッサが声をかけてきた。


「まあ、今すぐ返事をしろっていうわけじゃないわ。ただ、パル姉が元通りになるまでは、お願いするしかないわね」

「あ、ああ」


 ひとまず、曖昧(あいまい)(うなず)く。


 明日やれることは、明日やればいい。

 今考えられないことは、今度考えればいいのだ。



 貴臣は今そこにある危機に立ち向かうべく、(サビ)の浮き出た鎖を握りしめた。





 ◇     ◇     ◇





 貴臣達が歩く先に村の入り口が見えた頃、すでに陽は傾きかけていた。



 村の入り口に近づくにつれ、数人の男女が集まって何かの準備をしているのが見て取れる。


 かなりの大荷物だ。

 大きな武器や防具も見える。



 一行が村の入り口到着すると、(たむろ)していた集団の一人が声をかけてきた。


「やあ、リコッサ。街の様子はどうだった?」


 浅黒肌の、体格のいい男だ。


「…………グラモス。今からカストラへ出発するの? もう、夕方よ?」


 グラモスの問いかけに答えず、リコッサが言った。


「ああ。屠龍祭(トリュウサイ)の受付は早朝からだからな。なるべく早くに済ませたいんだ」

「この季節、夜間は危険よ? 先日の一件で虎犬の群れはほとんどいなくなったけど、完全に駆除できたかは分からないわ」

「上の山道を通れば、連中の危険はないだろう」

「それは、そうだけど……」


 リコッサが言葉を濁す。

 その視線は、グラモスではなく、その先の集団に注がれていた。







「どういうことだ?」


 その横でやりとりを見ていた貴臣が、パルドーサに尋ねた。


『リコは、グラモスと一緒に参加する、サルティが心配なのよ~』


 言って、パルドーサが小さな指を奥で(たむろ)する男女に向けた。



 見れば、そこにはグラモスの他に、二十代くらいの男が二人と、リコッサと同じくらいの年ごろの少女が一人いる。


 先日、貴臣が村の物置小屋で監禁されていたときに見かけた面々だ。



 彼女の指は、その中の少女を指していた。



「前に言ってたかもしれないけど~、グラモス達はここ毎年、狩りに出てるわ~。でも、サルティは今回の参加が初めてなの~」

「なるほど」



 サルティという少女は、色白で、どことなく(はかな)げな印象があった。


 のんびりして多少の事では動じないパルドーサや、龍狩り相手に喧嘩を売りに行くリコッサとは、タイプが全く違う。

 龍狩りなぞ似つかわしくない、どちらかと言えば(まも)ってあげたくなるような女の子だ。


 ――確かに、リコッサが心配するのも分かるな。


 貴臣はひとり、心の中で(うなず)いた。






「サルティは、罠師だ。今回はどうしても彼女の力が必要なんだ」


 グラモスが奥の荷物を指さして、リコッサに言った。

 その先には、大量の荷物と、巨大な鉄塊がある。

 それは、いわゆるトラバサミだった。


 ただし、そのサイズは、象を狩れそうなほど、大きい。



 横で会話を聞いていた貴臣は、それを見て目を丸くした。


酔龍(スイリュウ)はかなり大きいからね~』


 その様子を見て、パルドーサが言った。


「パルドーサは、見たことあるのか?」

『仕留められたのだったら、街で見たわ~。周辺の家ほどはあったわ~』

「……そんなのによく今まで、剣と弓矢だけで闘ってきたな」


 貴臣は(うな)るしかなかった。







「――とにかく、十日ほどで帰ってくるよ。そのときは一番最初に酒をふるまってやるさ」


 しばらくして、どうやら言い合いは終わったようだった。

 リコッサはまだ何か言いたげな様子であったが、グラモスはそう言うと荷物を背負い込み、村の外へ歩いて行った。


 話題のサルティは、気まずそうな様子でリコッサに手を振り、他の者と一緒にグラモスの後を付いて行く。



 どうみても、気弱そうな女の子だ。

 貴臣には、彼女が罠で獣を狩るところがどうしても想像することが出来なかった。


「はあ。俺もいっぺんでいいから龍狩りとかやってみてえよ」


 グラモス達が見えなくなったあと、貴臣が独りごちた。

 しかし、明日からはリコッサと仕事だ。


「ちょっとタカオミ! これ片付けるの手伝って!」


 リコッサの呼び声が聞こえる。


 ――まあ、それもいいか。


 貴臣はため息を吐いた。

 それから無言で手を上げて、それに応じた。







 しかし――狩りに出かけたグラモス達は、十日経っても二十日経っても帰ってくることはなかった。



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