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第十一話  the 部屋

1~3話大幅改稿しました。

それに合わせて、4~8話も少しだけ改稿しています。

他、タイトル、あらすじ変更、サブタイ追加しました。

「ねぇちょっと店主! ホントにもう部屋の空きないの!?」

「申し訳ありませんリコッサさん。 今の季節、当日空きの部屋なんてよほどのことがない限りありえませんよ。そもそもこの時間に来て空いてるわけないですよ……」

「あああああああああああああああああ……」


 リコッサは情けない声を漏らし、宿屋の受付の前でへなへなと崩れ落ちた。

 食事を終え、満腹感で顔を綻ばせながら、予約していた宿にやってきたまではよかった。

 ただ――たった一つ、彼女は重大なミスを犯していたのだ。


「うかつ……今回はパル姉じゃなくてコイツと一緒だったのすっかり忘れてたわ……」

「俺は別に構わないんだけど……」

屠龍祭(トリュウサイ)も近いからねぇ~。でも~私は~タカオミと一心同体だから~、特に気にしないわ~。その気になれば引きこもれるし~』

「俺も別に構わないですよ?」

「タカオミが良くてもわたしがイヤなの。あとパル姉は黙ってて」


 ――リコッサ達の村からカストラまでは、雪渓や岩場のある高山帯をまる一日かけて歩かなければならない。


 つまり、夜に街を出発すれば、夜通し険しい山道や岩場を進むことになる。


 それに加えて、冬の夜なら遭難の危険性、そして雪解けの季節――今のような春先の夜は、取るルートにもよるが虎犬(トライヌ)の襲撃を警戒しなければならない。


 それゆえ夜の帰路は、危険だった。


 このため、リコッサ達が商品を卸しに街に訪れた時は、次に訪れる時のために宿屋を予約してから村へ帰るのがいつもの習慣だった。

 今までは姉妹で一室ということで問題なかったが、今回は男の貴臣(タカオミ)が一緒である。

 

 年頃のリコッサとしては、何としてでも別室を確保したかった。


「ホントにないの? ねぇホントにないの?」

「ないです! ホントにもう全部満室なんですよ!」


 うんざり顔の店主になおも食い下がるリコッサを見て、パルドーサがたしなめた。


『リコ、往生際が悪いわよ~。私も一緒だし~、滅多なことは起こらないと思うわ~』

「俺もそんなイヤがれると正直悲しいんだけど……」

「…………屠龍祭なんて大嫌いだわ」


 むくれた顔で貴臣達を振り返るリコッサ。

 しぶしぶながらも、無慈悲なる現実を受け入れざるを得なかった。




 ◇     ◇     ◇




『……さて。私もそろそろ寝ないとだわ~』


 パルドーサは明かりが消えた寝室をふわふわと漂いながら、大きな欠伸をした。


 時はすでに深夜だ。


 宿屋の薄い壁を通してどたばたと聞こえていた物音や人の喋り声も、ずいぶん前に静かになった。

 外の通りも、もう誰も歩いていないだろう。


 傍らではリコッサが毛布にくるまり、静かに寝息を立てている。

 その隣にはパルドーサの肉体と融合した少年――タカオミが首から下を真っ白な糸でぐるぐる巻きにされ、苦しそうな寝顔を晒していた。


 ちなみに、糸はリコッサのものではない。

 何かあった時のために取っておいた、予備の糸巻きから取り出したやつである。


 パルドーサが見聞きしたところによると――「ねえ糸で縛るの? リコッサの出した糸で?」と貴臣がなぜかちょっと嬉しそうな目で見てきたので、リコッサ的にはなんとなく自分の糸を使うのはやめた方がいいじゃないか――という勘が働いたから、ということだった。


 そんなわけで、便所にいけないじゃないかという必死の抗議を無視して、リコッサは一瞬のうちに貴臣を縛り上げたあと、寝床に転がしたのであった。


『まったく~リコったら~。私の身体でもあるんだから~、もっと丁寧に扱ってくれたったいいのに~』


 パルドーサは苦笑しながら、貴臣の首元に音もなく降り立つ。

 暗がりの中、貴臣のうなじが魔素(マソ)の光でぼんやりと浮かび上がった。


『それでは~私は私の部屋(・・・・)に戻るとしますか~』


 パルドーサが貴臣の首筋に刻まれた〈刻印〉の近くにそっと手を当てる。

 すると、パルドーサの横に燐光を帯びた扉が現れた。


『リコ、タカオミ、おやすみなさい~』


 扉の取っ手に手を掛けると、金属のようなひんやりとした質感が伝わってくる。

 力を込めると取っ手はゆっくりと回転してゆき、かちゃりと音を立てた。

 パルドーサが扉を開く。

 中は、薄いもやに覆われ、よく見えない。




 パルドーサの姿がもやの奥へと消えると、扉は光の粒子となって霧散した。




 ◇     ◇     ◇




「はぁ~ただいまただいま~」


 パルドーサは部屋に入り、後ろ手に扉を閉めた。

 両手を天に突き出し、大きく伸びをする。


 靴を脱ぎ、そのまま部屋の隅に(しつら)えてあるベッドに、一気に飛び込む。


 ふかふかの布団やスプリングの効いたマットレスが、疲れ切った体を優しく受けとめてくれた。

 パルドーサはもう一度伸びをした後、ベッド側に置いてあった目覚まし時計のアラームをセットして、仰向けになった。


 外からの音は聞こえてこない。

 ただ、壁掛けの時計がかちこちと規則正しい音を奏でている。


 ベッド横の机では、点きっぱなしのパソコンモニタがぼんやりと室内を照らしていた。




「……それにしても不思議な部屋ね~」


 誰に聞かせるともなく、呟く。

 宿屋や、自分たちの村のものとは全く様子の異なる、部屋。


 パルドーサの翡翠(ヒスイ)色の瞳には薄暗い天井が映し出されていたが、その視線はどこへ向かうでもなく、虚空をさまよっていた。




 やがて現実と夢の狭間を漂い始めたパルドーサは、この部屋を初めて訪れたときの事を思い返していた。




 ――あの日、氷河で、私は死んだ――はずだった。

 いきなり現れた魔法陣を踏んだとたん――猛烈な、体がバラバラになるような痛みに襲われて――気付けば、暗い回廊に立っていた。


 見たこともない材質の壁。

 つるつるとした木製の床。

 そして目の前には――あの、不思議な扉。


 中に入ると――真っ白な部屋は、タカオミという名の少年がいた。

 ちょっと話したあと、すぐに魔法陣で氷河に転送されていったけど。



 それから部屋の中を見ていると、『ぱそこん』がいろいろなことを教えてくれたっけ。


 いわく、わたしの体はタカオミの体を作るために一度分解されて、再構成されたこと。

 いわく、この部屋は元々、タカオミの部屋だったこと。

 いわく、私の身体は外界では虚像(ほろぐらむ)としてのみ、存在し得るということ。

 いわく――『ぱそこん』はそれらをうまく機能させるための装置だということ。



 ――それにしても、この部屋にあるもの、全部タカオミのものだったのかしら。

『べっど』の横にある本棚の中には、変な絵の付いた変な材質の四角い板や、女の子の絵ばかり描かれた本ばっかりだし、変な服を着た女の子の人形がたくさん飾ってあるし――男の子の部屋なんて村の連中のだって入ったことないから、こんなものなのかな。それに――


 ………………。


 ………………………………。







 ぴぴぴ、ぴぴぴ、と目覚ましのアラームが鳴った。


「……もう朝なの~?」


 パルドーサは目をこすった後、目覚ましを掴み、時間を確認した。

 時計の短針はちょうど『Ⅴ』を指している。

 ずっと考え事をしていたつもりだったが、どうやら、ぐっすり眠っていたらしい。

 寝覚めの気分はずいぶんとすっきりしていた。

 


『べっど』の寝心地は最高だった。



「さて、今日も一日頑張りますか~」


 パルドーサはベッドの上で伸びをして、体を起こした。

 相変わらず窓の外は真っ暗で、パソコンの光だけに照らされた部屋は薄暗かったが――気分はすこぶる爽快だった。

 ベッドの乱れを直して、靴を履く。


 ――パルドーサはふと、パソコンモニタに小さなポップアップが点滅していることに気付いた。


「あら~、これは何かしら~」


 パルドーサの顔がディスプレイの青い光で照らし出される。



 パソコンのモニタは、こう表示されていた。


 〈リンクの途絶状態から回復しました。再接続を行いますか? はい/いいえ〉


 パルドーサは逡巡の後、慣れた手つきでマウスを操り、〈はい〉をクリックした。


しばらく不定期更新になります。

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