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第十話  龍狩り共②

 「――そんなことがあったんねー……今のパルドーサもカワイイっちゃけど、美味しいモノとか食べたりできんもんねー」


 隣の空席から椅子を持ってきたガレミスが呟いた。


 酔っ払いとのひと悶着のあと。

 貴臣達は、ガレミスにこれまでの経緯(いきさつ)を話した。


 それでもいまいち納得できないガレミスは、しばらくパルドーサに触れようとしてみたり、貴臣の身体をその大きな両手でぺたぺた触ったりしていたが、最終的には二人に同情しつつも、受け入れることにしたようだった。


「……で、治す方法はなかと?」

「さっき、カトリナのところでいろいろ調べてもらうことになったの。彼女は魔法やいろんなこと、詳しいから……」


 (うつむ)きつつ、言葉を濁すリコッサ。

 パルドーサも、テーブルの端にちょこんと腰かけたまま、肩をすくめた。


「そっかー。早く治す方法見つかるといいね」


 ガレミスが運ばれてきた料理をぱくつきながら、慰めの言葉をかけた。



 ――と、そのとき。


「オイコラ、まだ話は終わってないだろーが」


 復活を遂げた赤ら顔の男が、再び絡んできた。

 今度は、男の仲間を引き連れての登場だ。


「……なんや。まだ投げられ足りないと?」


 金色の瞳を光らせ、ガレミスが席を立った。

 男は一瞬ひるんだ様子を見せたが――踏みとどまり、間合いを詰めてくる。


「ガ、ガキが怖くて龍狩りなんかやってらんねーんだよ! こちとら回復魔法の使い手が付いてんだ! まだまだやれるぜ」


 今度は仲間が背後に控えているせいか、やけに強気である。


「……なら遠慮は要らんね。リコッサ、パルドーサ、それとタカオミのお兄ちゃん、ちょっとこのハゲしばいてくるから待っとって」

「誰がハゲじゃコラ! これは剃ってるんだよ!」


 ハゲ男の怒号が店の中にこだまする。


「だいたいなんだお前ら、こちとら遠くからはるばる龍狩りに来てやってんだぞ? 街の平和を守りに来た勇者様だぞ? もっと敬えよ。お前ら村人ごときが偉そうな口きいてんじゃねぇ」


 男がまくしたてる。


「ハァ? ちょっと龍狩りに来たくらいで勇者面しないでもらえる? どーせ酔龍(スイリュウ)の酒目当てでしょ。だいたいこっちだって毎年村から人数出して狩りに行ってるのよ! 助っ人風情が偉そうな口きいてんじゃないわよハーゲ」

「ハゲじゃねぇ! 剃ってるだけだっつってるだろこの蜘蛛女! 知ってるぞ、この辺りでその銀髪ってなら、お前蜘蛛(アラクネ)族だろう? 糸を吐くだけしか能のない連中に龍なんぞ狩れるのかよ」

「なんですって! ウチの村を侮辱するなら、そのハゲ頭まで()巻きにして谷川に沈めてやるわよ」

「ああ? 上等だコラ! こっちだって何度も修羅場くぐってきてんだよ! やってみやがれ! ……あとハゲじゃねえっつってんだろ!」

「おい、お互いそろそろ……」


 ガレミスに続き、リコッサまでも喧嘩に参戦してしまった。

 おかげで、場は混沌の様相を呈している。


 男は頭頂部まで真っ赤にして叫んでおり、もはや手の付けようがない状態だ。

 貴臣の制止は、お互いの怒号の応酬にかき消されてしまった。


 貴臣が周りを見回すと、店の客全員がこちらに注目している。

 こいつらまだやってんのかよ――そんな心の声が聞こえてきそうだ。


 視線が、痛い。


 貴臣がリコッサ達と男を交互に見て、もう一度制止の声をかけようとしたその時。



「エッボ様、待ってください!」


 唐突に、小柄な女が、貴臣達と男の間に割って入った。


「魔法は掛けましたが、まだ完全に回復したわけではないんです。これ以上は……!」


 女が――否、少女が両手を広げて立っていた。

 男の方を向いているので、顔は分からない。

 だが、腰に届くほど長く伸ばした黒髪は、濡れたように艶やかだった。


 声の調子からすると、かなり幼い様子だ。

 背は、小柄なガレミスよりさらに低い。


 その少女が、大男の前に立ちふさがっている。

 恐怖か緊張か、小さな体は小刻みに震えていた。


「ノンナてめぇ! ちょっと回復魔法が使えるからって調子にのってんじゃねぇ!」

「きゃあっ!?」


 エッボと呼ばれた男が()える。

 そして、ノンナと呼ばれた少女の体を乱暴に押しのけた。

 彼女の華奢な体が軽々と宙を舞い、近くのテーブルに激しくぶつかった。


 派手な音がして、椅子とテーブルがひっくり返る。

 ノンナはそのまま仰向けに倒れ、動かなくなってしまった。

 すると、その顔立ちが露わになる。


 おそらく年は、十二、三歳ほど。

 色白で、整った顔立ちではあるが、まだ幼い。

 ほんの子供だった。


「おい! 子供相手になにやってんだ!」


 思わず席を立っていた。

 貴臣の(はら)に、なにか熱くて、ひどく不快なものが込み上げてくる。

 拳が、自然と握りしめられる。


「ああ!? てめぇらには関係ねぇだろうが! こいつはオレが拾ったんだ。言ってみりゃ飼い犬みたいなもんなんだからよ」

「……飼い犬だと?」

「そうだよ、こいつが道端で行き倒れているのを優しいオレ様が拾ってやったんだよ。その恩は何が何でも返さなきゃだろ? だからこいつにオレが何しようと、部外者に口出しされる筋合いはねぇんだよ」

「……さっき、あんたの傷を治してくれたんじゃないのか?」


 貴臣が低い声で、言った。


「だから何だよ。こんなガキんちょじゃ自分で金も稼げねぇだろうが。死にかけてたところを拾ってやったんだぞ? 魔法の一つや二つで恩が返せるわけがねぇだろう」


 エッボは顔を歪め、笑った。


「この野郎……」

「なにコイツ。やっぱ簀巻き決定だわ」

「こいつ、シバかんば(しばかないと)

『下衆ね~』


 リコッサの顔はすでに険しい。

 貴臣の隣に立ち、ポキポキと拳を鳴らした。

 ガレミスの、金色の瞳孔が針のように細くなる。

 ふわふわの栗毛が、逆立った。


「ガキどもが……龍狩り舐めんなよ」


 エッボが、腰に吊った短剣をすらりと抜いた。

 本来の龍狩り用の武具は、店の壁に立てかけている様子だが……狭い店内では、短剣の方が脅威だ。

 固唾を飲んで見守っていた他の客達が騒然となる。

 給仕が助けを呼びに、慌てて奥に引っ込んだ。


「お願い……もうやめてください」


 ノンナが立ち上がり、ふたたび貴臣達の間に割って入った。

 頭を打ったのか、額から血が一筋流れている。


「おいノンナてめぇ! 邪魔すんじゃねえよ!」

「お願いですエッボ様。もう……止めて下さい。これ以上は、お体に(さわ)ります」


 ノンナの小さな体が、両手が、エッボの進路を塞ぐ。


「このガキが……!! ここで叩き斬ってやってもいいんだぞ!」


 激昂したエッボは短剣を振りかぶった。

 それを見て、ノンナは目をつぶった。



「そこまでだ、エッボ。ノンナの言う通りだ。店にも迷惑をかけた。ここは我々が引こう」


 背後で様子を見ていた筋肉質の男が、エッボの振りかぶった手を掴んだ。


「ディルク、邪魔すんな! こいつらはここでシメておかないと……」

「駄目だ。相手は丸腰とはいえ亜人だ。今ここで闘ってもお互い無傷では済まん」

「でもよ……」

「駄目だ。退け」


 エッボはしばらく貴臣達を睨みつけていたが、諦めたように短剣を鞘に収めた。


「……チッ。わかったよ。ディルク、ここはあんたに免じて引いてやろう。……おいガキども、命拾いしたな」

「フン。命拾いしたのはあんたの方よ、ハゲ」


 リコッサが吐き捨てるように、言った。


「クッ、このクソガキが……まぁいい。村人その一はせいぜい糸でも売って祭りを盛り上げてくれよ? 俺らがここで金を落として、龍を狩ってやってるからお前らが食っていけるんだからな」

「あんたらが手を出せるような品物のわけがないでしょうが」

「ああそうだな、龍も満足に狩れないザコどもはその高級糸とやらでも売って大人しくしてろや」

「この……っ」

「おいリコッサ、そこまでにしとけよ」


 貴臣がリコッサを制止する。

 捨て台詞を吐いたエッボは側にいたノンナを小突いたあと、肩をいからせながら店を出ていった。


「あ、待ってください、エッボ様」


 それを追うようにノンナが店を出ていった。

 終始無言でなりゆきを見ていた、エッボ達の仲間の痩せ男は、すでに見当たらなかった。


 ディルクと呼ばれた男は一緒に店を出ず、貴臣達に近づいてきた。

 どうやら、この男が隊のリーダーのようだ。


「すまない。私はディルクと言う。さきほどは仲間が迷惑をかけた。そちらに怪我はないか?」

「……俺は別に」

「わたしは怪我させた方けん、さっきのおっさんこそ大丈夫と?」


 それを聞いたディルクは「そうか」とだけ言い、話を続けた。


「彼なら大丈夫だ。もとは温厚な男だったのだが……どういうわけか、ここのところずっとあの調子でな。許してほしい」

「別に構わないわ。龍狩りに来る人達は荒っぽいのも多いし、慣れてるわ」


 リコッサが不機嫌そうに腕を組んだまま、答えた。


「……あまり余所様の事情に首を突っ込む気はないんだが、あの大男と、ノンナとかいう女の子は、どういう関係なんだ?」


 貴臣の投げかけた疑問に、ディルクは少し顔をしかめたが、話し始めた。


「あの子は、ここに来る以前の道中で、エッボがどこからか連れてきたのだ。本人は拾っていたと言っていた。だが、回復魔法を使えると分かってな。仲間として迎え入れたのだ」

「飼い犬とか言っていたが?」

「さきほども言ったが、ヤツが醜態をさらし始めたのは、最近のことなのだ。私も頭を痛めてはいるのだが……すまないが、もう、いいか? 私も店主に謝罪したあと、彼らを追わなくてはならん」

「……あ、ああ。引きとめてすまなかった」


 話していて、気持ちの良い話しではないのだろう。

 ディルクはすぐに話を切り上げてしまった。

 そして貴臣達に軽く頭を下げると、そそくさと店の奥へ向かっていった。


「……なんか、大変そうだな」

『問題児を抱えた集団。大変そうねぇ~。苦労が偲ばれるわ~』

「パル姉。なんでわたしを見て言うの」


 パルドーサは『別に~』とだけ呟くと、ささっと貴臣の後ろに隠れてしまった。


「……わたしお腹減ったばい!」

「そういえば料理食べかけだったな。さっさと片付けちゃうか」

「なんだか疲れたわ」


 貴臣達は席に着くと、すっかり冷めてしまった料理に口をつけた。


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