くっついても離れても
あらすじにも書きましたが、「婚約破棄」というワードが関わるだけなので、あまり深く考えずにどうぞ。
とある場所に、その男女は居た。
そのままで居れば、イケメンの部類に分けられるであろう男と、同じくそのままで居れば、美人の部類に分けられるであろう女である。
女は本を読みながら、コーヒーを口にしており、男は先程から視線をあちらこちらへと彷徨わせている。
そして、男ーー彼は意を決したのか、女ーー彼女へと告げる。
「なぁ、婚約破棄しないか?」
「んー……ん?」
唐突な申し出に、あっさり頷きそうになり、その寸前で彼の言葉に疑問が浮かぶ。
「いきなり、どうした?」
「いや、さ。ふと、思ったんだよ。一時的とはいえ、離れ離れになるし、俺はまあ顔が良い方だから、どうにでもなると思うけど……お前はさ」
彼の言いたいことを理解したのか、彼女は本に栞を挟み、彼に目を向ける。
「そうだね。けど、わざわざ婚約破棄しなくてもいいと思うし、何なら私も一緒に行けば問題ないんじゃない? 互いに牽制役になろうって言ったの、そっちだよね」
「ああ、確かに言った」
彼は彼女と離れるのが、自身にとって不利になることは分かっていた。
彼はイケメンである。
幼少時はまだ良い。だが、中学生になって、状況は一変した。
彼の見た目などから言い寄る女は、高校生になるともっと増え、彼自身、それが原因か、試しに声を掛けてみれば、きゃーきゃーと声を上げる相手とその周囲の反応に恐怖を感じ、そして、自覚するようになった。
一方で、彼の両親も、娘を婚約者にと推してくる家にやんわりと断りながらも、彼には「早く相手を決めてくれれば」と頭を悩ませていた。
そんなことつゆ知らず、彼は出会ったのである。
彼女に。
何というか、彼女は彼とは逆だった。
彼が女に追われるなら、彼女は男に追われていた。ただし、彼女は一人で居る場合のみに追われることが多く、中でも顔が良い男が主に、だったが。
彼女は美人である。黙っていれば、という言葉が付くが。
何せ、口が悪いし、話し方がどことなく男っぽいし、可愛らしい、小動物を連想させるような見た目もしてない。
彼女の場合、彼とは違ってこんな目に遭い始めたのは、高校生になってからである。
同性・異性どちらの幼馴染みも彼女の事情は理解していたが、二年生になるときには彼らの対処が追いつかず、彼女自身、諦めていた。
彼女を幼馴染みたちが心配する一方で、彼女自身もまた、出会ったのだ。
彼に。
イケメンで目立つ彼に、彼女が抱いていたのは「ああ、またか」というものである。
そんな二人の邂逅から、付き合い出すまでに時間は掛からなかった。
「いちいち対処してたらキリがないから、いっそのこと私たちが付き合って、追ってくる奴らを一掃しようか」
「だね。とりあえず、一緒に帰ってみて、反応を見てみよう」
まずはお友達から、なんて余裕は二人に無かった。
お互いについては、恋人の振りをする間に、少しずつ知っていけばいい。
成り行き半分で始まった二人の関係は、翌日には学校中に知れ渡り、男子は彼を、女子は彼女を一目見るべくそれぞれの教室に野次馬の如く集まった。
彼女の幼馴染み二人(いつの間にか付き合ってた)は彼に彼女を泣かせたら許さない、としっかり釘を差した。
ーー泣かせられるわけがない。
彼にしてみれば、彼女が泣く=自分たちが別れる=元のあの生活、となるからだ。
彼女の場合、泣きはしないかもしれないが、せめて驚くような表情はしてほしいかな、というのは彼の理想である。
二人が付き合いだしたことにより、諦めた人は居たらしいが、それでも、諦めの悪い奴というのはいるもので、二人して『お話し』したりして、黙らせたりした。
ただ、校内だけとはいえ、二人の取り巻きが無くなったことで、『効果あり』と判断した彼らは今後のことも考え、「まあ、居心地が悪いわけじゃないし」という理由で、あっさりと婚約した。互いの両親への挨拶ついでに。
彼の両親は「やっと恋人が出来た」と喜びつつ、彼女について調べ、「あの子が良いのなら」と認め、彼女の両親も彼が良い所の出だと知ると「本当にうちの娘で良いのか?」と思わず確認してしまった程である。
そんなことを久々に経験したことで、すっかり忘れていた『自分たちの体質』をひょんなことから思い出し、今に至るのだが。
「第一、ご両親とうちの両親に何て言うつもりなの。事情、知ってるんだよ? 私を連れてけって言うに決まってるよ」
彼女の言い分は尤もだった。
あの時のような面倒事、当事者である二人だけではなく、巻き込まれたといっても過言ではない両親たちも、もう一度食らうつもりは無かった。
どうしても彼女と婚約破棄するのなら、彼女と同じ体質の持ち主を捜すしかない。捜せられるのなら、だが。
「私も、君が離れた後のことは覚悟している。君よりも被害は少ないかもしれない。けどねーー」
彼は、彼女の言葉に目を見開くなることになる。
「私は、君のことが好きだから」
普段と変わらない、表情と声。
だが、どことなく恥ずかしそうに見えるのは、見間違えだろうか。
ーー答えは、否。見間違えるはずがない。
ずっと隣に居る彼には分かった。
「ああ。それだけで、十分だよ」
「っ、」
それは、いつ以来の表情だろうか。
彼女は不安そうな顔を彼に向ける。
「大丈夫。破棄もしないから」
「……けど」
彼女の不安そうな顔は晴れない。
「君にも俺にも、誰一人近づけさせないから」
見張らせていても、誰かが近づくのを防ぐことが無理なことは分かっている。
「それでも、信じてもらえないのならーーいっそのこと結婚でもしようか」
「……ぁ……」
きっと、彼女は彼に、そこまで言わせる気は無かったのだろう。
「どうする?」
「いいよ。“牽制役”や“偽装”じゃなく、正真正銘の“恋人”や“夫婦”になれるなら」
彼女の返事は、ほとんど即答に近かった。
それはきっと、お互いがずっと気にしていたこと。
「そうだね。まあ、君から切り出されるとは思わなかったけど」
彼は彼女に、手を差し伸べながら言う。
「なっちゃおうか。“偽装”でも“牽制役”でもない“正真正銘の有るべき姿”に」
「後戻り、出来ないかもよ?」
「構わない。それに、君を他の奴にやるつもりはないし」
彼女に対してはーー特に感情面はーー学生時代から何も変わらない。
小さく噴き出すと、彼女は言う。
「それは、こっちの台詞。もし仮に、君を私から横取りしようとする奴がいるなら、容赦なく叩き潰すけど良い?」
「なら、こっちもそのつもりで居るけど?」
今度は二人して噴き出した。
「不束なところもあるかもしれない。それでも、良いのなら」
「そうだね。あと、それに関しては今更だから」
“牽制役”という“恋人”になってから、嫌と言うほど、互いの裏側も見てきたのだ。
政略的だと取られても仕方ないそんな状況下で、互いに恋愛感情が芽生えたのは、ある意味、奇跡だったのではないのだろうか。
「これからも、よろしくね。旦那様」
「ああ、これからもよろしく。奥さん」
そう言い合って、互いに噴き出すのだが、彼自身の事情により、彼女から離れたことで、また一騒動が起きるのだがーー……それはまた別の話である。
読了、ありがとうございます。
もし、他作品と似たような展開だった場合は、感想欄でご指摘ください。
なお、『彼』が婚約破棄を持ち出した理由(仕事など)については、読者の皆さんの想像にお任せします。




