ダンジョンファクトリー side冒険者
最近新たなダンジョンが発見された。名はまだ決まっていない。
聞けばかなり危険なダンジョンで不思議な法則があり、それを見誤ると死ぬとか。
ここまでなら普通そんなダンジョンになんか入りたくない。しかし実際は多くの冒険者がそこに挑んでいる。
理由は簡単、超が付くほどの希少素材が手に入るからだ。聞く話によればそこでしか手に入らない未知の素材もあるとか。
そこで俺達もそのダンジョンの恩恵に預かることにした。
まずは情報収集。とはいえかなり簡単に手に入った。普通なら情報料を取られたり、偽情報を掴まされたり、結構苦労するのだが。
理由は簡単。危険度がかなり高いから。ちょっとした行動で周囲を巻き込むほどの事態に発展することが多いらしい。
情報の信頼性も高い。ギルドが公式に発表しているからな。
現在は五層まで確認されているらしい。尤も、五層目についてはあるというだけで中の確認は出来ていない。確認に行って帰ってこないのがほとんどらしい。そのため五層目の情報には多額の賞金がかけられている。
いつかは狙いたいが今回は初めての挑戦だ。手堅い所を狙おう。
そんなわけで目標は第三層。希少ゴーレムの欠片とする。最初から第三層は危険に思われるかもしれないが、大丈夫。俺たちは冒険者の中でも上位から二番目、Aランクのパーティーだ。
良し、ダンジョンに潜る準備をしている仲間たちに報告してくるか。
「それで、最初の目標に第三層に出現するゴーレムの討伐とな」
「リーダー、俺たちを甘く見過ぎ、って言いたいけど今回は逆だ。このダンジョンってかなりやばいんだろう? 第三層は行きすぎじゃねえ?」
宿に戻れば髪の毛がないから髭を伸ばす巨躯の斧使いジョフと、ちゃらけた口調だが仕事はきっちりやる索敵や罠解除を得意とする盗賊のロフトが居たので、今回の目標に付いて話した。
反応は悪い。やはり危険度が高いという噂を知っているためか難色を示している。しかしここの危険度の高さは情報を知らねば理不尽、というだけで注意事項を守れば理不尽の少し手前まで危険度は落ちる。
そして三層までなら、注意事項を守り周囲の冒険者も下手を踏まず、運が悪くなければ俺たちの実力でも十分に通用する。
それに目標だってそこまで難しいとは思っていない。
「ジョフ、ゴーレムの討伐じゃない。ゴーレムの欠片でも手に入ればいいんだ。そこらに落ちていたという報告もあったらしい。戦闘が起きてもジョフが攻撃して欠けた部分を回収すれば問題なしだ。俺達なら出来ない目標じゃない」
ふーむ、と二人は考え込む後今度は難色から疑念に変わっているようだ。まあ、気持ちは分かるよ。
ゴーレムは精々C~B程度のモンスターだ。そのモンスターの欠片だけで十分な報酬を得られるとなれば怪しむのは当然。普通なら討伐だってそこまで報酬を得られるとは思えない。
だからこそこれを選ぶんだ。運試しと腕試しを兼ねて。
まあ、このダンジョンが他のダンジョンと比べてもおかしいから、様子見と冒険心の間を取った結果なんだが。
「はー、ここのダンジョンは凄いね。あ、みんな帰ってたんだ」
最後のパーティーメンバーのモールが帰って来た。魔術師で頭が回る、色々と頼れる知識人だ。
「凄いとな? どいうことか聞いても良いか、モール」
「ああ良いよ。とりあえずリーダーに地図を上げる。森の中の隠し洞窟にあった転移陣からダンジョンに行くらしいよ。そこを基点に町を造り始めているとか。ああ、それは良いんだ。本命はこっち。ダンジョンで採れる素材の一覧、書き写してきたからみんなも見てくれ」
こういう几帳面な奴はパーティーに一人は必要なんだよな。俺は適当だから目を通してきただけで終わったし。
書いてきてくれた採れる素材のリストを皆で見る。……うん、やっぱりおかしい。
「一層目に白草とな!? あの希少素材が! しかも羊肉や牛肉があるぞ。待て、何で白草より肉の方が高額で買い取られている!?」
「いやいや、他もおかしいっしょ。二層目に純金の硬貨? 油は複数の種類とか。どれもこれも価値の桁がおかしいっしょ? 何なのこれ?」
まあ信じられないのは分かる。白草と言えば単体では何ら効力はないが、切り傷擦り傷を瞬時に治すEクラスの魔法薬に使えば、部位欠損を瞬時に治すAクラスの魔法薬に変えてしまう奇跡のような効果増幅素材だ。市場に出れば金貨十枚はするだろう。
「言っておくけど書き間違いとかギルドのミスじゃないからね。確認しているからね。全て正確な数字だよ」
唸る二人にモールは何とも言い辛そうな微妙に困った顔をする。まあ、言いたいことは分かるからな。俺が言うべきことだ、と目で伝えるとお願いしますと頭を下げられた。
「これはもう一層目で素材採取に励めばいいんじゃね?」
確かにこれ見ればそう思ってしまうかもしれない。しかしそれは。
「絶対に駄目だ。リーダー権限を行使してでもそれを行うことは許さない。一層目は最短の道で寄り道せず二層目に向かう。これは決定事項だ」
リーダー権限なんて存在しないが無いなら今作る。ロフトの言っていることは絶対にさせるわけには行かない。
さすがに冗談でもなんでもないと気付いたのか、ジョフとロフトは真剣な表情に変わった。
「リーダー、理由を聞いても良いとな?」
「話したいが話すと今日まともに休めなくなるだろう。それに緊張感を維持したいので明日に目的のダンジョンの転移陣前で話そう。ただ一つ言っておく。俺たちがAランク上がるために受けた飛龍の卵採取の依頼。あの時以上に慎重に、真剣に挑んでほしい。その分報酬は見ての通りだからな」
納得いかない、と二人はそんな顔をするがモールが何も言わないのを見て口を噤む。
え? モールで判断? 俺の言葉ってそんなに信用ならねえの?
その日はそのまま休み早朝にダンジョンに向かうことになった。
目的のダンジョン前は早朝、日が出たばかりだと言うのに賑わっていた。ただ、そこに居たのは俺達と同じ同業者、というわけではない。
ここに町が出来るんじゃないか、と思い集まっている商人や職人たちだ。それぞれが勝手に店を出して商売の準備をしている。町とは言えないがもはや村と言える程度の規模はあるだろう。
もしや町を造る計画があるわけじゃなく、こいつらが居るから町が出来ているんじゃないか。
「ここで潜るための用意をすれば良かったか?」
そうすれば重い荷物を担いでここまでくる必要もなかったのではないか、と思ったのだが。
「それは推奨出来んな、リーダー。こういう場所はまだ誰の縄張りだとか決まっていない故、偽物やら不良品を渡される可能性もある。だからこう言おう、安全を思うなら町で揃えるべきとな」
なるほど、出来立てだから秩序なんてないと。さすがジョフだ。伊達に禿げてねえ。
さて目的のダンジョンへ、と思うと転移陣のある洞窟の前に関所のようなものと胡散臭そうな笑みを浮かべている男が居た。
「ようこそ、ファクトリアへ。冒険者であればギルドカードの提示をお願いします」
「いやちょっと待ってくれ。あんたらは誰なんだ? この関所みてえなのは? そもそもここは見つかったばかりで名前はないって聞いていたんだが?」
ダンジョンの前にこんなものが、輩が居るとは聞いていない。モールに確認するが、モールも知らないらしい。
「ああ、最近来られた冒険者の方ですね。それではご説明いたします。私たちは冒険者ギルドから派遣された職員です。ここはダンジョンに入る冒険者を規制する目的で作られました。金を稼げる、と何も知らない新人冒険者が後を絶たず周囲に迷惑ばかりかけていたので。このダンジョンを潜るにはBランク以上と決定しました。また名前もいつまでもないのもあれですので、ここから回収出来た素材の中にファクトリ、という文字が見つかりまして、そこから町の名前にしようと取りました。他にご質問はございませんか?」
そこらのギルドの受付を上回るトークに俺達はただ首を縦に振った、そして首にぶら下げているカードを手渡す。
「Aランク《暁の空》様。四人パーティーですね。このダンジョンの情報はお持ちでしょうか? 大丈夫そうですね。それではお気をつけて」
ギィと関所の扉が開く。そして俺たちが通るとまた閉じた。
そのまま奥に進むと薄く光る転移の魔法陣。
「良し行くぞ。迂闊な行動を取らないように注意してくれ」
「いやあ、迂闊っていうかさ、俺このダンジョンの話結局聞いてないんだけど? ジョフもだよねえ?」
ああ、あの関所に気を取られてすっかり忘れていた。ここで説明、するのもあれだな。直接見ながら説明した方が早いか。俺だって情報を持っているだけで本当の事は知らないのだし。
「すまない。すっかり忘れていた。とりあえず入ってから説明しよう。多分、そっちの方が分かりやすい。危なければ戻れば良いしな」
了解、と全員が頷く。良し、と転移陣に足を踏み出し。
景色が一変した。暗い洞窟から草原へと。
一瞬理解できなかった。転移陣なら主要都市に設置され、高額な利用料を取られるが俺達でも使える。それでも陣の中に立ちそれなりに時間が経たないと転移しない。
それに転移しても体調が悪くなることが多い。俺たちは転移酔いと言っているが、ほとんどの人は必ず転移酔いをする。何度も転移した人は耐性が出来ると言うが。
転移、したんだろう。魔法陣に足を踏み入れた瞬間に。転移酔いもせずに。
この情報は知らなかったな。ただ凄いとだけは聞いていたが。
しばらくして仲間たちも転移してきた。どうやら俺がいきなり転移したため警戒していたらしい。まあこっちに来てからは転移速度や、転移酔いしないことに純粋に驚いていたがな。
「良し、全員揃ったな。それじゃあ注意事項を伝えるぞ」
「はいリーダー。その前にあそこに一頭金貨十五枚の牛や羊が居るので狩ってきて良いですか?」
「はい、駄目です。絶対に止めろ。死にたくなければな」
ロフトが手を挙げて目先の欲に釣られようとしているが、それは絶対にさせない。悪いが命に関わるので背後から強襲してでも止める覚悟だ。
一体何故? とジョフとロフトが首を傾げる。そうだな、金貨十五枚が歩いているなら取りたいだろう。だが駄目だ。
「えっと、もしかしてクソ不味いとか? それとも恐ろしいほどに強いとか?」
「いや、味は凄い美味いらしい。一度ここの肉を食った美食家が忘れられずにあの依頼をしているらしい。普通の高級肉が食えなくなったとか。それに強さは一般的な家畜と同じだ。とりあえず蹴られたり、頭突かれなければ問題ないんじゃないか?」
「ふむ、狩らない理由がないと思えるな。特別な理由があるとな?」
まあ、そう考えるな。まあその考えは正しい。
「あれを殺すとヘルハウンド、ケルベロスなどが出現する」
ピキッと二人の顔が凍り付く。まあそうなるだろうな。
ヘルハウンドと言えば単体ではC、群れならB~Aランクに相当するモンスターだ。はぐれならたまに依頼で来るが、群れなら俺達でも極力受けたくない話だ。
ケルベロスに至ってはSランク。まず無理だ。勝つ、負けるの話じゃない。相手にならない。全力で逃げ出すしか手段がない。
「多分血の臭いだろう、と考えられていたが捕縛して運び出そうとした集団がケルベロスの群れに食われたらしい。運良く転移陣の近くに居た冒険者の証言だ。もしかしたら共生関係にあるのかもしれないな。群れから何頭か贄を出すことで守ってもらっているとか。そうするとかなりの知能を持つ生物と言うことか」
「いえいえ、リーダー待ってください。ケルベロスが牛や羊を飼っている可能性もあります。ヘルハウンドはケルベロスの手下でしょう。自分の所有物を持ち去ろうとする盗人を」
「いやいや! お二人さん!? こんなあぶねえところで議論とか止めてくれよ。とっとと進むもうぜ、怖えよ」
そんなに怖くはないんだがな。牛や羊を殺すとヘルハウンドやケルベロスが出ると言ったが、逆に言えば殺さないと出て来ないのだ。不思議な話だよなあ。
「ああ、そうだ。ここのダンジョンに出てくるモンスターは最低でもCランクだから。あ、Cランクはヘルハウンドだけだからな。他のモンスターはB~Sばっかりだから。気を付けてくれよ」
「もう帰りたくなってきた、と言ってはならんかな」
ジョフ、そんな巨躯を持っているのに弱気なことを言わない欲しい。
とりあえず最優先の注意事項は伝えられたので、ここから先の説明は歩きながらすることにした。
数多の冒険者が通ったためか踏み固められた道がある。これが二層目までの最短の道なんだろう。
「まず一層目だが、先程言った以外の注意点は奥に進み過ぎないことだ。目撃情報あるモンスターはゴブリンやオークなどだが、いずれも強力であり単体でB~Aランク程度の強さらしい。奥に進むほど目撃情報が増えている。帰ってこない冒険者も増えているがな。白草も採取された場所は奥らしい。なので一層目はとっと通り過ぎて二層目に行こうと思う。反対は?」
「反対っつうかもう帰りてえ」
「言おう。同意とな!」
ジョフとロフトの意見は無視しよう。ここで帰っても意味がないだろう。
「二層目はどうなんだい?」
モールだけが先に進む意志を見せてくれる。
「二層目は若干臭いらしいな。出現するモンスターはスケルトンだが、例によってこれも単体でB~Aランクらしいな。ただスケルトンの骨も高価買取してくれているな。あっと、一定時間で復活するため大量に骨を確保するとその場で復活してやばいらしい。まあ、俺達には難しいだろうがな。他には宝箱の罠もあるらしい。普通に宝箱に金貨が入っていることもあるらしいので、ここはロフトの腕の見せ所だな。罠の宝箱でも煮え油を使ったタイプはその油は回収したいな。種類によって価値は違うがどれも買取されている。頼めるかロフト」
「もう何でも言ってくれ」
おう、随分と頼もしい言葉だ。頼らせてもらおう。
それから少しして、二階層への転移陣を発見した。
「随分と適当な所にあるんだな。草原のど真ん中とは。向こうの森は?」
「あれが一層目の奥と呼ばれている場所らしいな。危険だからとっとと転移しよう」
転移した先は薄暗い建物の中だった。長い通路に左右に部屋が複数ある。どこかの施設だろうか。
しかし何か発酵しているかのような臭いがするな。あまり長居はしたくない。
「おいおい、一層目と二層目でこんなに様変わりするのかよ? うっわ、この部屋中が血の池になってやがる。……あ? ドアノブも鍵穴もねえ。どうやって開けんだよ」
さっそくロフトが先を歩きながら色々と探索してくれる。何せ一層目の草原と違いどう見ても人工物の中だ。どこに罠があるのかまるで分からない。
しかし鍵穴もドアノブもないとは。一体何なんだここは。
「お、リーダー。この部屋は開いてるぞ。入る?」
出来ればあまり寄り道はしたくないが、三層目で失敗した際の事を考えるとここらで小銭稼ぎはしておきたいな。まあ、小銭で済まないからやる価値は十分あるのだが。
「良し、入ろう。警戒は厳にして。即時撤退も視野に入れるぞ」
中は何もない四角い部屋だった。ただ違うのは地面が土だと言うこと。壁は石、いや金属だな。やはりここも建物の中なのだろうが、何故土が。
「リーダー! 下だ!」
ん? と目を向ければ僅かに土が盛り上がった。急いで飛び退けば、骨の手が俺の足があった場所を掴んだ。そうか、スケルトンか。
四体のスケルトンが地面の中から現れた。こちらの数と同じ。まあ偶然だろう。
いや、偶然じゃない。スケルトンの獲物が剣、斧、短剣、杖とこちらと同じだ。確実に何らかの意図があるのだろう。
しかし舐められたものだ。王国武闘大会で準優勝した俺に同じ獲物で挑もうとは。
「相手さんはこっちに合わせてきているらしい。ならこっちも合わせて行くぞ。一対一だ。誰が最初に終わるか勝負と行こうか!」
いやあ、強かった。あれでスケルトンとか、本当にシャレにならない強さだった。俺とほぼ五分とか。王国武闘大会で入賞出来るなありゃ。
はっきり言ってここに全員居るのは運が良かったからとしか言えない。部屋が狭い所為で一対一の環境が上手く作れず横からジョフの斧が来たり、背後からモールの魔法がわきを通ったり色々と危なかった。
向こうのスケルトンはまるで戦い慣れた様子で味方の邪魔をしない見事な立ち回りだった。ただその所為で色々と行動が制限され、こちらの味方の誤射がたまに他のスケルトンなどに当たり何とかなっただけだ。
ギリギリの戦いを制したわけだが戦利品は少ない。何せスケルトンは倒した途端そのまま地に還ってしまった。ギリギリ掴んだ一本の骨と何故か腰に付けていた袋しか戦利品はない。他の奴らについてはギリギリ過ぎて骨を取る余裕もなかったようだ。
「未熟を、痛感、した、とな……」
「いや、ありえねえって。あれ本当にスケルトンかよ。俺の短剣捌きに普通に付いてきたんだけど?」
「そんなことを言うなら僕の相手はスケルトンじゃなくてリッチじゃないかって話ですよ。魔法を使うスケルトンとか知りませんよ」
各々大変だったようだな。まあここまでギリギリの戦いは本当に久しぶりだしな。
とりあえずこれから部屋が開いても絶対に入らないことを決めた。仲間たちも異論はないとばかりに頷いてくれた。
それと、袋の中身は純金の硬貨が数枚入っていた。これで十分に元は取れたと言えるな。
通路に戻り歩いていると箱があった。別に特殊な仕掛けも無さそうな普通の箱だが。
「もしや宝箱なのか?」
「ちょっと待ってくれ。調べる」
ダンジョンによって宝箱の形などは変わるが、こんなところに平然と置かれている箱がそうだとは。本当に不思議なものだ。
「罠の宝箱だな。爆発とか、魔法とかじゃない。何かが噴出されるライプだな。……あれ、リーダーそんな話を聞いたような」
「ああ、煮え油だな。一応瓶は用意してある。回収できるか?」
こんなことかもあろうかとちゃんと用意してある。しかも熱を通しにくいガラス製だ。割れにくい特殊な作りをしているらしく、高値だったが買って来た。
「えっと、出来るけど? する必要あるの? 油だよ?」
「種類に寄るが最低でもこの瓶に一杯に詰めれば先程の純金硬貨一枚分にはなるらしいぞ。運が良ければ三枚分だ」
「任せろリーダー! これくらい楽勝だぜ!」
俺の手から瓶をひったくる。知っていたが、現金な奴だな。
ロフトは器用に箱の中に愛用している道具を突っ込んで何かしている。それからしばらくして、カチッと音がして箱から筒が頭を出した。
……ん? なんだこの筒は。木や石、金属でもない。油や純金の硬貨よりこの筒の方がよほど重要なんじゃ。
そう思っている間にロフトは筒に瓶の口を合わせて箱の方を操作すると油が出てきた。満杯になると止めて筒を箱に押し込む。
「良し、リーダー。これで良いだろう。先に進もうぜ」
「そうだな。その筒、いや良い。先に進もう、目的の第三層は近いだろう」
変な物に気を取られているほど余裕はない。気になるならこれから少しずつ調べて行けば良いのだ。
それから宝箱を発見することなく、部屋も全部無視し進むと淡く光る転移陣を発見した。
「第三層はどうなっていると?」
「第三層は非常に暑いらしい。金属系の防具は非推奨、というか火傷するらしい。だから一応人数分の皮装備を揃えておいた。一切金属を使っていない三層専用の装備らしい」
「もうそれを聞くだけで嫌になるぜ。他には?」
「出現するモンスターはゴーレムだけ。目標はこのゴーレムの一部分、欠片でも良い。ランクはA~Sらしい。常に単体で複数体の目撃情報はない。まあジョフが全力で攻撃して欠けらをロフトが拾ったらゆっくりと後退、逃げるってところかな」
「僕の魔法などで倒せば良いのでは?」
「残念ながら魔法抵抗が非常に高いらしく魔法はほぼ無効化されるらしい。身体は当然硬く、討伐したものはいない。左腕だけ回収されたことがあるが、金貨三百枚で買い取られている」
うわー、と全員が驚いた顔を見せる。当然だ、三百枚の素材なんて聞いたことがない。Sランクの冒険者だってこんな素材なんて知らないだろう。
「それとこれは未確認、というか変な情報何だが、どうもそのゴーレム……」
『ぶぅおぉぉ!』
突如奥から低く響くような牛の声が響いてきた。第一層の牛が頭をよぎるがここまで低く響く声が出せない。こんな声を出せるのは。
「……ミノタウロス」
ランクSのモンスターだ。でかいダンジョンの最奥にいると聞いたことがあるが、このダンジョンではこんなところから居るのか。目撃情報は無いんだがなあ。
俺たちは見えないミノタウロスから逃げるように転移陣へと足を踏み入れた。
一気に俺達を包む熱気。これは過去に行った砂漠を遥かに超える灼熱。
「暑いってレベルじゃねえ! 焼けるぞおい!」
周りの注意もせずにロフトが叫ぶ。しかし気持ちは分かる。他の仲間の同様の様子でぐったりとしている。暑いなどでは済まない、肌を、肉を、骨を焼くような熱気だ。
「とっとと目標のゴーレムを見つけるぞ。ここは見てのとおり広い空間に一本だけ橋があるような所だ。落ちたらどうなるか分からんが、生きて帰って来たという話はないらしい」
それは足を滑らせないように気を付けないとな、とジョフは軽口を叩く。ロフトとモールはもう辛そうだが、ジョフはまだ余裕があると見える。
そこで俺とジョフは先行するために走る。こんな居るだけで体力も精神も削られるような場所はとっと行動するに限る。幸いこの三層目はそんなに長くないと聞いている。
ロフトとモールは出来るだけ急いでくれれば良い、どうせゴーレムを相手に出来るのは俺とジョフだけだ。ロフトとモールは後に来て戦闘によって取れた欠片をそれなりに集めてもらえばいい。その後は即座に撤退だ。
先行してすぐに、目標のゴーレムを発見した。熱気の所為で歪んでいるがおおよそは分かる。あの光沢、金属製のゴーレムのようだが何の金属を使っているのやら。
「今回の目標は討伐じゃない。ゴーレムの欠片の入手だ。そうなると頭や胴体は狙わない方が良いな、一番硬く作られているはずだ。そうなると手足だが」
「手を狙うべきと思うな。攻撃手段を潰すべきとな。ゴーレムはそんなに足は速くない、足を潰すメリットは少ないとな」
それじゃあ奇襲を、と思っていると変なことに気付いた。段々とあのゴーレムがでかくなっているような気がするのだ。……いや、違う!
「ハアァ!!」
あのゴーレム、足を動かさずに移動してやがる。まるで身体を動かさず地面を滑るように来るから、動いていないと見間違えた。
「来るぞ!」
「オオウ!」
俺が右腕を、ジョフが左腕を渾身の力を込めて攻撃する。
普通のゴーレムなら腕を斬り落とせるだろう。例え特殊なゴーレムでも欠けさせるくらいは容易、と今までは考えていたが。
「何だと!」
結果は想像を遥かに超えていた。傷一つ付けられず、更に俺たちの獲物である剣と斧がゴーレムにくっ付いて離れないのだ。
ジョフが力を込めて引きはがそうとするが、ゴーレムの腕にくっ付いた斧はビクともしない。俺の剣も必死に引き剥がそうとするも、パーティー一の力のあるジョフで取れないなら俺も、あ、取れた。
「くそっ! あの情報はこういう意味だったのか」
「ビクともせんとな! リーダーどういうことだ!」
「ギルドでな、ゴーレムが鉄製の武器を取る、ていうから手癖の悪いゴーレムかと思っていたんだが。まさか身体に引っ付いて取れなくなるゴーレムとは思わなかったんだ!」
「どうするんだ! あれ高かったんだぞ!」
どうするって言われても。俺の剣も鉄製だし。鉄であのゴーレムに触れちゃいけないってことは、鞘で殴れば。
少し時間を稼いでいくれ、とゴーレムの相手をジョフに任せる。何か言っているが無視だ、無視。
剣を鞘に納めて更に振った時に鞘が飛ばないように糸で固定する。
「あちいぃぃ!」
ゴーレムの薙ぎ払いをジョフは懸命にも素手で防ごうとしたみたいだが、衝撃よりも熱にやられたようだ。ゴーレムはずっとこの熱い中で待機していたんだ。もはやその身体は熱せられた金属の棒のようなものだろう。
ただおかげで準備は整い、ゴーレムに隙が出来た。まずはジョフの武器である斧を落とそうと、斧の柄の部分を思いっきりぶっ叩く。
会心の一撃だったが、落とすまでには至らず斧はくるくると回りながら左腕から右腕へと移動した。
「意味ないな!」
「良い感じだっただろうが! もう少し待ってろよ!」
などと言うが実際この後の考えなんてない。あれで落とせないならどうすれば良いのか。ただジョフに言われっぱなしと言うのは無性に腹が立つ。
普通に考えれば逃げるか、この鞘で攻撃するかなんだが、どちらも失敗しそうな気がする。何せこのゴーレムは下半身を動かさずに移動できる。その移動速度はもしかしたら俺達に匹敵するかもしれない。鞘で攻撃もさっきは斧めがけてだから良かったが、ゴーレムを叩けば鞘は良くても中の剣がくっ付こうとするかもしれない。
上手く攻撃する方法は、と考えふと気づいた。
ゴーレムの左腕から右腕に移動した斧が、丁度関節部分に刃を向けた形でくっ付いていた。もし、運が良ければあの斧を思いっきり叩けば腕を切断出来るんじゃないだろうか。
悩むのは一瞬、行動はすぐだ。
「チェストォ!」
斬るのでもなく、叩くのでもなく、押し込むようにゴーレムの腕の関節に入り込んだ斧を鞘で一撃を入れる。
硬い、しかし手ごたえはある!
ギィ、と僅かに斧が動くと、そこから一気に斧が右腕を切断した。運良く斧は右腕に方にくっ付いているようだ。
「良し! 逃げるぞ、ジョフ!」
「了解――ぬう! 斧とゴーレムの右腕がくっ付いているとな!」
そんなものは後で剥がせ!
とにかく全力で逃げる。ジョフも斧とついでにゴーレムの右腕を回収して俺の後に続く。
しかしと言うべきか、やはりゴーレムの移動速度は高く、俺はともかく重い荷物を持つジョフにはあっさりと追いつきそうだった。
「ジョフ、急げ!」
「これが全力、ぬおおお!」
あわやジョフが捕まりそうになった時、ゴーレムの顔にナイフが飛んできた。
「お待たせ、ロフト参上! ってえええ! 全然効いてない所かナイフがくっ付いてる!」
糞役立たず! 一瞬だけ気を逸らしただけですぐにゴーレムは追いかけてきた。
参戦したにも関わらずナイフを一本投げただけで終わったロフトは俺達と共に逃げ出す。ゴーレムの虚を突いてナイフを投げたおかげで僅かに距離を稼げたが、このままではまた捕まってしまう。
「おい、ロフト! ちょっと囮になってくれ。今まで暇だっただろう!?」
「ふざけんな、リーダー! この熱い中来てやっただろうが! もう少しでモールも居るからモールの魔法に頼れよ!」
そうだ、この先にはまだモールが居る。モールの魔法なら倒すに至らなくても少しの足止めは可能のはず。
ただこちらの状況を伝えられていないのが不安だが、こんなぎゃあぎゃあ言いながら逃げているんだ。モールならおおよその想像は付いているだろう。
やっぱりだ! モールは杖を構え詠唱していた。こちらの状況をしっかり理解してくれている。
「愛してるぜ、モール」
「そういう趣味は、ありません! サンダーボルト!」
モールの持つ杖から放たれた白雷は俺とジョフの間、しゃがんだロフトの上を通りゴーレムに向かう。
飛龍に致命傷を与えた魔法だ。魔法抵抗がどれだけ高くてもひるむくらいは……。
飛来する白雷をゴーレムは残った左腕で軽く払い、消した。当然ダメージなどあるわけもない。
それには俺だけでなく、全員が目の前で起きたことを疑った。たまたま俺がその驚きから解放されたのが早かっただけ。
「撤収だあぁ!」
力の限り叫んだ。仲間たちもそれで我に返り全力で二層目の転移陣へと走り出す。俺らのパーティーの中でも身体能力が低いモールでさえ俺と同じくらいの速度で逃げていた。
おそらくこのパーティーを結成した中で一番の速さを出せただろう。何せ逃げようと必死になり過ぎて、気が付いたら一層の草原まで戻っていたのだから。
そのまま俺たちは何事もなくあの関所まで戻って来れた。満身創痍、三層までなら手堅いだろうと思っていた自分を殴りたい。いや、殴る前に休みたい。それくらいまで体力も精神も消耗した。
だというのにギルドが俺たちを解放してくれない!
どうやら俺たちが回収してきたゴーレムの腕が原因らしい。三階層より下に挑む冒険者はゴーレムとの戦闘を避け、ゴーレム目当てで行く者も稀に欠片を、ほとんどの者は初めて見る鉄製品がくっ付く力を前に武器や鎧を取られて逃げるのが普通らしい。
腕を丸ごとと言うのは二例目。前に回収されたのが左腕で、今回が右腕と言うことで学者やら、魔法使いの連中が大興奮らしい。
しかも俺は迂闊なことにゴーレムの腕に武器がくっ付いた時、俺が取れて俺よりも力のあるジョフが取れなかったことを話してしまった。おかげでそこからギルドの奴から質問の嵐だった。
その結果、あのゴーレムは以前に腕を取られた同一の個体であり、あのゴーレムの使役者は盗られた腕を修復した際に以前よりも強力な性能にしたのではないか、という説が生まれた。
右腕が古く、左腕は新しいため性能が良かった。だから俺の剣は取れて、ジョフの斧は取れなかった。更にモールのサンダーボルトをあっさり消した話もその説を後押しすることになった。
以前ゴーレムと戦い左腕を持って帰って来たパーティーは魔法で僅かな足止めが出来たと言っていたらしい。俺たちの時なんてほとんど足止めにもならなかったのに。モールとそのパーティーの魔法使いの腕の差の可能性もあったが、ギルドは同程度と判断した。
ゴーレムの右腕と新たな情報の提供により、報酬は金貨五百枚になった。更に俺たちはスケルトンから取った骨と純金の硬貨があるがこれはいざという時の為に取っておくことにした。
拷問に近い質問攻めが終わり、宿屋に着いた俺たちは休む前に一つだけ全員で心に誓った。
二度とあのゴーレムとは戦わない!
だって次会う時は両腕とも新しくなっているということだろう! パワーアップじゃねえか! 今回だって運がこちらにあってギリギリだったというのに。
当分は二層目であのスケルトンの相手をして腕を上げることにしよう。
よろしければ「ダンジョンファクトリー sideダンジョン」もお読みください。