女神さんのハチミツ授業~3時間目~
次で1章完です。
~前回までのあらすじ~
自分を異世界へと送った女神へ半年振りに会った俺、エチゼン。
そこで女神から俺が異世界へ来た経緯と理由を語られる。
そして告げられたのは衝撃の事実――俺には『ギフト』がない!
異世界へわたった者、通称『渡りビト』に与えられる強力かつ、唯一無二のスキル。
それが俺には与えられてなかったのだ!
俺はショックで嘔吐しそうになって、何とか我慢したけど、やっぱり我慢できなかった。
■■■
「……ふぅ、やっと掃除できました」
「さっきより早く終わったな。掃除スキルが上がってるんじゃないか?」
「エチゼンさん、次余計なこと言って私を怒らせたら、本気で寿命縮めますよ?」
「……」
流石に2度目のファンタズムリバースは不味かったか……。
いや、だってそれくらいにショックだったんだもの。
現在進行形で活躍してるほかの皆が持ってる『ギフト』が俺には与えられてなかったとか……。
子供の頃、他のクラスメイトが持ってたゲームを俺だけ持ってなくて輪に入れなかった苦い記憶が蘇る。
ゲームなんかよりサッカーしようぜ!って言った俺を無視しやがったクラスメイト達。マジで許せねえ。まあ、ゲーム関係なく輪には入れてなかったわけですけどね。遊び相手は基本妹っていうね。あと、妹の友達だけ。あの子元気かね。俺がいなくなった後も、妹と仲良くしてくれてるかな。
「そ、それでギフトの件なんだけど……マジなのか?」
「えーっと。もう1回確認してみたんですけどぉ……やっぱりエチゼンさんには《ギフト》が無いみたいですねぇ」
何やら書類を見ながら、そんなことを言う女神。
「驚きましたねぇ」と他人ごとのように言っている女神に、自分の頬の辺りがピクピク動いているのに気づいた。
声を荒げたい気持ちを抑える。爺ちゃんが言っていた、女の子には優しくと。
俺は怒りを堪えながら、女神に問いかけた。
「……ないの? 本当にギフトないの?」
「ありませんねぇ」
「とか言って、実はまだ覚醒してないだけで眠ってるだけとか」
「眠ってないですねぇ。そもそも与えてないですからぁ」
なるほど。与える側が与えてないって言うんだから、そりゃそうなんだろう。
だったらやることは一つだ。当然の権利を主張するのみ。
「じゃあ頂戴。ギフトくれよ」
「いや、そんなグミ感覚であげるようなものじゃないんですよぉ」
「分かった。何がほしい? 金か? それとも……俺の体か?」
「吐き気のする賄賂を提案しないでください」
ほにゃほにゃ笑っていた女神だが、俺の提案に真顔で返してきた。
いや実際『じゃあ……エチゼンさんの体お借りしますねぇ。もちろん……性的な意味で』とか言われたらまあウェルカムだな。初めては好きな人って決めてるロマンスな俺だけど、そんなこと言われた日には一瞬で惚れちまうから問題ないね。
とにもかくにも今はギフトだ。
貰えるもの貰って、さっさと冒険者になりたい。そんな便利スキルがあれば、きっとあっという間に冒険者坂を上り詰めて、クーリエちゃんに並ぶこともできるだろう。
クーリエちゃんのピンチに駆けつけ『くっ、最早ここまで……! サヨナラ、エチゼンさん……!』ズババ!『え? 魔物がバラバラに!?』シュタッ『無事だったかクーリエちゃん?』『エ、エチゼンさん……!? ど、どうしてあなたがここに……!? そ、それに今のは!?』『ふふっ、落ち着くんだクーリエちゃん。おっとお客さんのお出ましだ。あいつ等を片付けてから、ゆっくり話すとするよ――大人しく待ってな』『エ、エチゼンさん……』キュンッ。
あ、何だこの完璧なシナリオ。もしかして何話か先のプロットが流出しちゃった? だからちゃんとパス付けてロックをしとけと……ん? 何の話だっけ? そうだ、ギフトだ。
「何でもいいから早くくれよ。寄越して下さいよ。何だ、デパートで母親におもちゃを強請るガキばりに駄々をこねれば満足か? 言っておくが得意分野だぞ?」
「見苦しいのでやめてくださいねぇ」
『ギフトくれくれ厨』となった俺の言葉に、女神は面倒くさそうにため息を吐いた。
「そもそもギフト作るのって疲れるんですよねぇ。それに時間もかかるし……エチゼンさん、今まで無くても頑張ってこれたんだし、これからもそのままノーギフトで行ってみてはどうですかぁ? あっ、それいいですねぇ! 無能力者って逆に格好良くありません? ゲームとかでもあるじゃないですか、縛りプレイ。初期装備のままクリアとか凄くロマンありますよねぇ。エチゼンさんもそれ目指してみては? 大丈夫ですよぉ、この半年なんとかなったんでしょぉ? 残りの人生もこのままなぁなぁで行けますよぉ」
「……」
『むしゃぶりつきたい唇3年連続1位』と勝手に評したい艶やかな唇から、聞くに耐えない自己弁護の言葉がつらつら流れてくる。
普段使わないからか錆び付いていた『怒り』の感情が、ゴリゴリと臼でひくように胸の内から溢れていた。はっきり言うとムカついていた。
勝手に人を異世界に送る、これはまあいい。そもそも本来は死ぬところを別の世界という形でだが覆してくれた。それに異世界への憧れもあった。平凡な日常から抜けだして非日常に飛び込みたいという想いは常にあった。
だが与えられる権利を与えず、それでいて『そのまま適当に頑張れ』なんて言われて怒らない人間がいるか? もしかしたら『ソレデヨイ』なんて享受しちゃう聖人もいるだろうが……俺はごめんだね。
「……な、なんですかぁそんな風に睨んで……こ、怖くなんてないんですからねぇ……!」
怒りを言葉に出すことはしなかったが、表情には現れていたようだ。女神が精神的に後退りをしたのが見て取れた。
どうやらこの女神、メンタルは弱いらしい。俺と一緒だ。
恐らく他の渡りビトからは、攻撃的な態度をとられたことがないのだろう。
「い、言っておきますけど! 女神である私に危害を加えようとしても無駄ですからね! 人間程度の存在で私に傷を付けることなんてできませんし、危害を加えた時点であなたの存在をこの世界、いえ輪廻からも抹消することだってできるんですから! むしろ来世をパンケーキに転生させることだってできるんですからね! だ、だから……ねぇ、そんな睨まないでくださいよぉ」
ふん、元より暴力を振るう気なんてないさ。爺ちゃんからの教えで女には手をあげないようにしてるからな。
そもそも俺の手は人を殴る為のものじゃない。可愛い女の子の可愛い部分をカワカワする為のものだからな。
手はあげない。だがこの調子付いている女神にはお灸を据えなければならない。
俺は深く息を吸い、覚悟を決めた。相手を攻撃する覚悟を。
「ちょっ、な、なんですかぁっ? な、何をする気ですか!? 私に手を出したら、本当にやっちゃいますよ!? パンケーキ、いやおからクッキーに生まれ変わらせますよ!」
女神に近づく。女神は慌てて後ろに下がろうとするが、キャスター付きの椅子にブレーキがかかっていたようで、動かなかった。
俺は女神を真正面に捉え、体の芯から息を吐くように言葉を発した。
「――『eternal tactical zone第一章~鼓動~』」
「……へ?」
目を瞑って手で頭を抱えていた女神が、拍子抜けしたような声でこちらを見た。
手はあげない。そもそも物理的に攻撃は効かないとのこと。だったら攻撃するのは――精神に、だ。
「第一話。夜の帳が降りた街の中、夜闇より黒い影がビルの屋上を足場に走っていた。影は闇に溶けるようにその姿を眩ませ、だがその人影が帯びていた煌き――刀のみがその姿を辛うじて主張していた。『今日も……夜が騒がしいな』人影が呟いた。人影――刹那という名前の少年はため息を吐きながらビルを跳躍した。彼は闇を狩るもの。闇とは人ならざるもの」
「な、なんですかいきなり?」
「『捉えた』刹那が何も存在しない虚空を見て呟いた。否。常人には決して見えない、刹那の特殊な眼――魔眼は確かにそれを捉えていた。『闇』と呼ばれるものを」
「……ぐ、ぐぅ! な、なんだか分かりませんけど、それを聞いてると胸がズキズキして痛い……! や、止めてください……!」
女神が胸をかきむしるように抑えた。
だが止めろと言われてやめる俺ではない。
「『闇狩りノ法――鴉羽』刹那がそう呟き、闇に向かって手を伸ばした。キラリと光る線が闇に向かって走る。特殊加工されたワイヤーだ。闇に効果がある素材でできたワイヤーが相手に絡みつく」
「ス、ストップ! エチゼンさんストップ! 恥ずかしい! 顔が熱くなって来たからストップ!」
俺の攻撃――中学生の時から進行している脳内小説朗読は、どうやら神にも効果があるようだ。
顔を真っ赤にして手で胸の辺りを押さえつけている。
だが俺は止めない。
その後、ヒロインの登場。ライバルとの戦い。ヒロインの死。覚醒。ヒロインの復活、そして異世界へ――と詰めに詰め込んだ第1章をモノローグと全キャラ俺のアフレコ、効果音付きで読み上げた。
女神は机を抱き締める顔を突っ伏し、ヒクヒクと体を震わせていた。
「も、もう……やめて……わ、わかりましたからぁ……」
俺は勝った。女神に勝ったのだ。
代償は大きい。自分の黒歴史を自ら掘り起こした俺の精神はかなり限界に来ていて、フルマラソンを全力疾走したかのように心臓が脈打っていた。軽く吐血もした。頭痛がする。あちこちの関節がジクジク痛い。わずかな朗読の時間で口内炎が8個もできた。
だが――勝ったのだ。
人が触れざる神に対して――勝利したのだ。
「まだやるかい?」
「わ、分かりましたぁ! 分かりましたから、その聞いてるだけで枕に顔を埋めたくなるような小説を朗読するのはやめてくださぁいっ!」
助かった。このまま第2章に突入することになっていたら、俺は精神的な死を迎えることになっていただろう。
俺の攻撃が尾を引いているのか、色っぽい息を吐きながら体を起こす女神に俺は再度権利を主張した。
「よし、じゃあギフトとやらをおくれ。あ、すげえ強い剣とか魔法とかはいらんよ。冒険に役立ちつつ、生活にも役立つそんなお得なギフトをくれ」
「あ、厚かましい……」
「ぶっちゃけ○らえもんのポケットをくれ」
「版権的に無理です」
版権的に無理なら仕方が無い。だが以前、翻訳こ○にゃくが出た小説を見たような……まあいいか」
とにかく言質はとった。
これで俺も《ギフト》とかいうチートスキルをゲットだぜ!
俺は手を差し出した。
「さあ、今こそ我が手に《ギフト》を与えん!」
「そ、その……い、今は渡せません」
「刹那――刃が走った。完全なる死角から放たれた敵の刃、だが刹那は獣じみた勘だけでそれを回避した。『なっ!? 今のを避けただと!?』刺客が驚愕の声をあげた。『ああ、何だ今の攻撃だったのか。あんまりにも遅いんで欠伸が出ちまった』『くっ、貴様ぁ!』『つーかあんた名前なんだっけ? 刹那で忘れちゃった。まあいいや』刹那は退屈そうに呟くと回避ついでに張っておいたワイヤーを……」
「あぁぁぁ! やめてぇ! やめてくださいぃ! 痛い! 痛痒い! 今すぐ枕に顔を埋めて転がりまわりたい! 刹那って言葉どんだけ好きなんですかぁ!?」
「フフフ……この続きを聞かされたくなかったら、さっさと速やかに急いでギフトをよこしな」
強気な態度をとってみるも、俺は痛々しいノベルを自分の声で朗読するという拷問をリアルタイムで実行し、冗談抜きでファンタズムリバースしそうだった。女神様、お願いですから早くギフト下さい。じゃないと俺が精神的にヤバイ。ここで廃人になったら、元の世界に戻ったときどうなるんだ? 戻ってから『ふああ、おはようございます、エチゼンさん。……エチゼンさん? ……し、死んでる』みたいな展開で第一章完とかマジ勘弁な。
「今すぐにあ、あげたいのは山々なんですけどぉ」
「……」
「待って、待ってください! 刹那君のセリフを読み上げる時のキリッとした表情ストップですぅ!」
「だったらくれよ。さもないと……次はBGMも付けちゃうぜ」
実際朗読しながらBGMを流す方法は不明だが、そのハッタリは聞いたようで女神は更に怖気づいた。
「い、今はないんですぉ」
「嘘をつけ。そのでかい胸の中に隠してるんじゃないのか? 胸の中に! 隠してるんじゃないのか!? たっぷりとなぁ!?」
「何を言っているんですかあなたは……」
黒歴史を自らの手で顕現させた俺の精神はかなり危ういところに来ているようで、変なテンションになっている。
「ギフトは私達女神が作り出すものなんですけど、結構時間がかかるんです。置いておくと腐っちゃうので、ストックもできませんし……」
「腐るの? 生ものなの?」
ギフトとは一体……。
「と、とりあえず作ります。ですが時間はかかるので、できたら渡すってことで……」
「どれくらいかかる?」
「3ヵ月――わ、分かりましたぁ! 2、いや1ヶ月で作ります! だからほんとに止めてくださいよぉ!」
どうやら女神にトラウマを産み付けてしまったらしい。
キリっとした表情だけでこの有様よ。
とにかく、残念ながら今すぐには手に入らないらしい。だが手に入れる約束は取り付けた。
今はこれでいいだろう。
「じゃあ、頼むぞ」
「わかりましたぁ」
「ちなみに嘘だったりしたら……分かるよな?」
「わ、分かってますよぉ……」
「……」
「す、凄く疑ってる表情ですねぇ……! わ、分かりましたよぉ。一応好きなときに私と連絡ができるようにしておきます」
連絡? メールアドレスでも教えてくれるのか? つーか携帯とか持ってないけど。
『はい、聞こえますかぁ』
突然、頭の中に声が響いた。
「あ、頭の中に小人さんが!?」
『どんな反応ですか。私です私』
目の前の女神がヒラヒラと手を振る。
女神は口を閉ざしているが、なおも頭の中に女神の声が響く。
「テ、テレパシーとか?」
『そんな感じですねぇ。ちょっと頭の中を弄らせてもらって、私の声が届くようにしましたぁ』
「サラッと人のお脳味噌改造してんじゃねーよ」
倫理観とかないのか?
「こっちから連絡する時はどうすればいい?」
『ヘルプ、と唱えれば私に繋がります』
なるほどヘルプ、か。
「おっと、そろそろ時間ですねぇ」
テレパシーじゃない、目の前の女神が言った。
時間?
何のことか考えていると、自分の体がキラキラ光っているのに気づいた。
「こ、これは一体? 体が光ってるぞ!? ……お、俺、神になったのか?」
「違いますよ、どんな勘違いですか。――帰る時間が来たんです」
キラキラと粒子に変わり、少しずつ消えていく俺の体。
帰る。つまり元の世界に帰る時間が来たのだろう。
「はい、ではさようならぁ。こうやって会うのは半年先ですので、それまで頑張って生きて下さいねぇ」
暢気な表情で手をフリフリ振る女神。
対する俺は、自分の体が消えていく気持ち悪さに参っていた。
想像して欲しい、少しずつ自分の体が光になって消えていくのだ。気持ち悪すぎる。
「って、ぎにゃぁぁぁ!? な、なに消えながら吐いてるんですかぁ!? どんだけ器用、ていうかせめて消えてから吐いてくださいよ!? あ、あああ……ま、また掃除しなきゃ……」
流石に謝ろうと思ったが、既に口の辺りまで消えてしまったので、それもできなかった。
こうして女神との半年振りの遭遇は終わりを告げた。