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ヒモにも冒険者にもなりえる存在――それが俺  作者: タクティカル
1章 平凡な日々、そして神との遭遇
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女神さんのハチミツ授業~2時間目~

「ふぅ……ようやく綺麗になりましたぁ」


 どこぞからモップを取り出し、誰かが遺した夢の欠片(嘔吐物fromエチゼン)を綺麗に掃除し、一息つく女神。

 不思議なもので、ここが限りなく夢に近い空間のせいか俺が排出した嘔吐物はキラキラした星屑のようなものだった。これだったらいくら吐いても汚くないな。それどころか、このシステムを活かして一儲けできるかもしれない。例えばそう、これは空から降ってきたお星さま……いや、ロマンティックに恋愛の神様が流した涙ということにしよう。これを身に付けることで、スキル《恋愛成就》をGET! 広告はこうだな『今まで地味で根暗の僕だったけど、星屑を身に付けたらハーレムモテ王サーガ驀進中な件について』。少し長すぎかつ説明的すぎかもしれないけど、昨今の流行的に受けるはず……!

 よーし、そうと決まったらもっと嘔吐――いや、この生産的且つ幻想的な行為をただの嘔吐と呼ぶのは失礼だな……ファンタズムリバース。そうファンタズムリバースと名付けよう! もっとファンタズムリバースする!


「次、ここで吐いたら寿命縮めますからねぇ」


 俺の邪な経済活動を見抜いたのか、額に青筋を浮かべつつ女神は言った。神様だけに本当に出来そうで怖い。

 俺が無反動リバースをした際の女神の反応は、クーリエちゃんと同じだった。上位者の余裕など吹き飛び、椅子から転げ落ち悲鳴をあげる始末。俺は嘔吐しながら、ちょっと勝利した気分になった。


「たかが人間の1個体がゲロった程度で神様が大騒ぎすんなよ、情けない」


「ゲロった本人がぬけぬけとまぁ……。エチゼンさん、あなた自分の部屋に入ってきた蝿が突然ゲロを撒き散らしましたら、どう思いますかぁ?」


「新種の蝿かなぁ、って思う」


「……もういいです。掃除をして疲れましたし、早く終わらせて寝たいですぅ。取り敢えず椅子に座ってくださぁい」


 気怠そうな声でそう言い、指をパチンと鳴らす。

 すると俺の背後に、座り心地の悪そうなパイプ椅子が出現した。座ってみる。30分も座っていたら尻が悲鳴をあげてしまいそうな、クッション性皆無な大量生産品だった。女神が座っている『痔と戦うデスクワーカーの皆様の為に、命を込めて作り上げましたッ!』と作り手の思いが伝わる回転椅子とは大違い。待遇改善を要求したい。


「じゃあ、自分の死因の他に質問はありますかぁ?」


「えっと……俺、元の世界からいなくなったわけだけど、他の人からしたらどうなってるの? 突然人間が一人消えたわけだろ?」


「サクッと記憶消去ですねぇ。エチゼンさんが存在した記録を全て消し去りました。元の世界に、エチゼンさんが居たという痕跡は全く残っていません。いやぁ、エチゼンさん人の記憶に全然残らないタイプの人間なんで、記憶操作も楽でしたよぉ」


「おいやめろ」


 自分が他人の記憶に残らないタイプだとは薄々感じていたが、実際神がかった力でその事実を突きつけられると胸が痛い。


「でもまぁ、家族の皆様はやっぱり違和感を覚えてるみたいですねぇ。特に妹さん、最近アルバムを引っ張りだしたりしてその違和感がただの違和感じゃないことに気づき始めてるようですよぉ」


「……あいつ」


 思わず目頭が熱くなる。たった一人の妹。いわゆる反抗期に入って親に反抗しても、俺だけには変わらず懐いてくれた妹。可愛くて目に入れても痛くない妹。


「ただまあ、昨日くらいに『もう飽きたからいーや』と調べることは諦めたみたいで」


「……あいつ」


 思わず目頭が熱くなる(別の意味で)

 ただまあ安心はした。いなくなった人間のことで人生を無駄にするのはよくない。できるなら、妹には世界で一番幸せになって欲しいのだ。その幸せに俺が含まれないことはとても残念だが、こればかりは仕方がない。仕方がない、よなぁ……あぁ、花嫁姿とか見たかったなぁ。いや、恋人とか絶対に認めないけど。


「あとエチゼンさん大往生動画は残っちゃいましたぁ、えへへ。うっかり消し忘れてて」


「一番残しちゃダメなやつ残しちゃってるぞ!?」


「大丈夫です。なんとかモザイクだけはかけられたので」


 なら大丈夫か?

 いや、それはそれで問題があるような……まあいいか。

 

「あと、俺って実際にあの世界で何をすればいいわけ?」


「その質問は、私がエチゼンさんにする質問と関係してきますねぇ。エチゼンさん、正確に言えばエチゼンさん含め異世界に送った人達――いわゆる『渡りビト』の皆様には、その世界で有名になって頂きたいんですよぉ」


 『渡りビト』ね。ただの転生者って呼ぶよりは洒落てていいじゃん。

 しかし有名にってどういうことだ? 今一つ分からない。ネットブログで迂闊なこと呟いて炎上でもさせろってか?


「どんな形でもいいから、その世界に生きる多くの人々に存在を知ってもらう――それが目的ですねぇ。あ、これも理由は聞かないで下さいねぇ。実際、私も上からの仕事をこなしてるだけで、それがどういう意味かなんて分かってないんですよぉ。よく分かりませんけどぉ、それでエネルギーを回収するとかぁ」


「まぁ、人間の社会も同じだよな」


 自分が行っている仕事を本当の意味で理解している人間なんて、そうそういないと思う。

 工場の下請けの下請け会社なんて、自分が作ってる部品が何に使われてるか知らない、なんて話は結構聞くしな。


「しかし有名になれって……アイドル活動でもしろってか?」


「何でファンタジー世界でその発想が出るかわかりませんねぇ。まあ、それも一つの方法ではありますけど、エチゼンさんの容姿じゃ無理だと思いますけどぉ」


「うっせ」


「何でもいいんですよ。冒険者として名を馳せたり、勇者として魔王と戦ったり、内政に干渉して国を栄えさせたり、お店を開いて他の国からもお客が来るくらい稼いだり……それこそ、その国のお姫様を堕として、自分がアイドルとして君臨してもいいんですよぉ……まあ、エチゼンさんの顔じゃ無理だと思いますけどぉ」


「次俺の顔について言ったら、エチゼン回転リバースマウンテンお見舞いするからな」


「技名だけで分かるその恐ろしさ……! あとはそうですねぇ、変わり種だと魔物側について人類を侵略するってのもありますねぇ。実際今日の面談でも、それやってる人いましたからねぇ」


「マジか。つーかそんなにいっぱい有名になるヤツ出てきたら、俺がいる世界やべぇじゃん。リアル三国志じゃね?」


「あー……はいはい。基本的に異世界一つにつき『渡りビト』は一人なんですよぉ。だから同じ世界でぶつかり合うってことはありませんねぇ。基本的には、ですけど」


 なるほど。てっきり俺が行った世界にその『渡りビト』とやらが全員送られたと思ってたけど、他にも異世界ってたくさんあるんだなぁ。


「他に質問はありますかぁ?」


「ちょ、ちょっと待ってくれよ」


 質問しようと思っていたことがたくさんあったのに、いざ女神を前にすると殆ど頭からすっぽ抜けてしまった。この面談半年に一回って言ってたよな? つまりこれを逃したら半年後までチャンスはないということ……!


「待ってたらキリがないので、カウントダウンしまぁす。3、2、1……」


 何でもいい! どんな質問でもいいからしておいて、時間を稼ぐんだ!

 俺はとりあえず気になっていたことを質問してみることにした。


「パジャマの下は何も着けてないんですか!?」


「絆創膏を付けてますねぇ。最近胸がかなり大きくなったので、ブラがキツくてキツくてぇ……でも、それだと擦れて痛いので、絆創膏を貼ってるんですよぉ」


「マジっすか女神様!?」


 想像していた答えを遥かに超える素敵な答えを聞いた俺は、女神のパジャマの内側に秘められた理想郷(arcadia)に想いを馳せた。それが余りにも幸せな時間であった為、女神が再度時間をカウントしていたことに気づくことができなかった。


「はい0~。これにて質問タイム終了でぇす」


「ロスタイムは!?」


「存在しませぇん」


「くっそ!」


 毒づいてみるが、素晴らしく幸せな時間を過ごせたので、もういいやと思ってしまった。この世界の謎より、女神様の豊満ボディを秘密の一端を解き明かせたことの方がよい収穫だ。


「えぇっと、では本題に入りますねぇ。今回の面談では、渡りビトさんが異世界に行ってからこの半年、どのように過ごしていたかを聞くことになってまぁす」


「どのように? え、女神様なのに知らないの?」


 てっきり神と名がつくだけあって、文字通り全知全能だと思った。


「無理言わないで下さいよぉ。私の担当だけで何人の渡りビトさんがいると思ってるんですかぁ? そんな毎日毎日全員の動向を把握することなんてできませーん。それに他の仕事もありますしねぇ。最近はレイドイベントで忙しくて忙しくてぇ」


 別の仕事ってネトゲかよ。つーかこの女神、ネトゲを仕事って言っちゃうタイプの人かぁ……ヒクわぁ。


「では、エチゼンさんこの半年何をしてたか教えて下さぁい。あ、一応言っておきますけど、嘘を言ったり話を盛ったりしたらダメですよぉ? すぐにバレますからねぇ……それに自分の活躍を脚色しても空しくなるだけですからねぇ。分かりましたかぁエチゼンさん?」


「……」


 ちょっとどころではない脚色をしようとしていただけに、図星を突かれて冷や汗が流れた。

 俺の脳内で進んでいるファンタジーストーリー『eternal tactical zone(略してETZ)』の第一章を披露して、女神の度肝を抜いてやろうと思ったんだけど……仕方ない。ちなみにETZの第一章は俺の脳内で無料配布中!(2章からは課金しないとプレイできないよ)


 俺は一切脚色することなく、ありのままこの半年間どう過ごしたかを報告することにした。


「――で、今冒険者ギルドに入ろうと頑張ってるわけ」


 話にして30分、思いのほか俺の半年間は密度の薄いものだった。まあ、バイトしかしてないからなぁ。

 俺の話を聞いた女神は、頭を抱えていた。1分ほど待っていると、女神は頭を上げ、その表情は何故か『コイツ……マジか……』と言わんばかりにドン引き顔。


「エ、エチゼンさん? 本当に今のがあなたの半年間なんですかぁ?」


「ちょっと退屈過ぎたか? でもまあ、人生なんてそんなもんだよ」


「退屈すぎますよぉ!? 飢え死にしそうな所を年下の女の子に拾われて、何だかんだで養われて、バイトを始めた……半年間でそれだけなんですかぁ!?」


「いや、冒険者になる為に色々してるし!」


「チュートリアルクエストとやらもクリアしてないんですよねぇ? あなた何やってるんですか異世界まで行って? ただヒモやってるだけじゃないですかぁ?」


「いや、まあそうなんだけどさ……まだまだこれからっしょ! 人生生き急いでどうするって話だよ? 安全マージンを取りつつさぁ、のんびり行きたいんだよ」


 俺はスキル《自己弁護》を発動した。これ俺のオリジナルスキルね。

 いや、そりゃ世の中にはさあ、異世界に行ったらガツガツ攻めていってダンジョンとかもどんどん攻略して『な!? 坊主、おめえEランクの癖に危険種デビルボアの角を……おめえは一体……』『……ただのEランク、それ以上でもそれ以下でもないですよ。あ、他に超危険種の《ゴッドツリー》も刈っておきましたから』みたいなハイペースマンもいるだろうけど……俺は自分のペースで行きたい。

 そういうことを女神に言った。


「一つ前に面談をした名前を仮にAさんとします。彼は異世界に行って3日でその世界の魔法をマスター、更にはオリジナルの魔法を作成するまでに至りました。今はその世界に人類は未だ辿り着いていない領域《天蓋図書館》に挑んでます」


「……そ、そう。凄いね。何か隠しダンジョンっぽいね」


「その前に面談した人、Bさんはとある領主の9男として命を授かり――」


 その後、俺と同じく半年前に異世界に渡った他の渡りビトさん達の進展について聞かされることになった。

 まあ、なんというか……皆頑張り過ぎ! つーか本当に同じ時間過ごしてるの? 明らかに時間超越してる人がちらほらいるんすけど。ちゃんと寝てる? ご飯とか食べてる? たまには休みの日とか作ってる? 俺心配になってきたよ……。


「みんなペース早いなぁ。でも俺は大器晩成型だし。ちょっと出遅れたことは認めるけど……」


「遅いんですよぉ! エチゼンさんは遅すぎるんですぉ! 有名になるどころか、このペースだと《村人A》でその生涯に幕を下ろすことになりますよぉ!?」


「え、そりゃ困る」


 一応冒険者になってクーリエちゃんと一緒にダンジョンに潜れるくらいには強くなるって目的があるし……その過程でハーレムを作るっているサブクエストも達成しないといけないし……。

 いや、だからと言ってじゃあ明日からバリバリ魔物討伐するぜー、とはならないわ。だって死んだら終わりだぜ? セーブ&ロードもできないこの世の中、臆病なくらいが丁度いいさ。ス○ッガーさんもそう言ってたし。


 女神は頭を抱え、ぶつぶつと恨み事のように呟いた。


「他の皆さんは私が与えた《ギフト》を最大限に活用してガンガン活躍してるのにるのに……エチゼンさんときたらぁ……」


「待って、なにそれ?」


「《ギフト》ですかぁ? エチゼンさんギフトも知らない……あ、もしかしたら説明してなかったかも、しれませんねぇ。……眠くて」


「ああ、してないな」


 俺の記憶ログには残っていない。

 女神は《ギフト》について説明した。と言っても簡単なものだ。渡りビトだけに与えられる唯一無二のスキル。その効果は様々だが、その世界にあるどんなスキルよりも強大で稀少。

 万物を理解する、通常の何十倍ものの成長効率を得る、全てを屠る剣、時間を巻き戻す異能、世界を破壊するレベルの魔法、右手から和菓子を生み出す、などなど……。

 なるほど、他の皆様はそれらを駆使して凄まじいハイペース攻略を行っているわけだ。

 それだよそれ! 俺のライフスタイルに足りなかったのはそれだわ!


「お、俺は? 俺にもあるんだよな?」


「皆さん平等に与えてますよぉ。はいはい、エチゼンさんに与えた《ギフト》はぁ……ほうほう。なるほど……これはまた……」


 何らかの書類を読み、こちらを焦らすようにうんうん頷く女神。

 俺はワクワクが止まらなかった。これでやっと俺の異世界ファンタジーは大きく躍進を遂げる。与えられた《ギフト》を使ってバリバリ活躍してやるぜ!

 

「ええっと、では発表しまぁす。エチゼンさんに与えた《ギフト》それは――」


「……ごくり」


 そして女神は、俺に与えた《ギフト》を口にした。


「《ナッシング》」


「ナ、ナッシング? それは一体どういう……全てをナッシング、無にしたり……いや、『無』を操る魔法?」


「いえ、ごめんなさい。実は何も与えてなかったという事実をオシャレに言ってみただけですぅ」


「……」


 ……どうやら、俺には他の皆が貰っていたチートスキルはなかったらしい。

 とりあえずロードして女神と出会う前に戻ってさっさと叩き起こして《ギフト》とやらを貰おうとしたけど、ロードどころかセーブもしてない現実を前に、プチファンタズムリバースしそうになった。

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