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ヒモにも冒険者にもなりえる存在――それが俺  作者: タクティカル
1章 平凡な日々、そして神との遭遇
4/17

下の選択肢は番外編で

 家の前でクーリエちゃんと別れた後、俺は街の中心部に向かって歩いていた。

 この街『アルエシエル』は、変わった形をしている。分かりやすく例えると、洋菓子のバウムクーヘンの様な形になっており、中心の空洞にこの街の代名詞ともいえるダンジョン、ダンジョンを囲むようにして武器屋や雑貨屋、露天などが軒を連ねる層があり、冒険者ギルドなどもそこにある。俺とクーリエちゃんが住んでいる家は、その更に外側の区画、個人的にしっとりしてて好きな部分に建っている。

 俺のバイト先『竜のしっぽ』は、店が連なる区画、冒険者が犇めく中心街から少し外れた場所に建っている。

 たどり着く為には冒険者がうじゃうじゃいる中心街を通らなければならない為、毎日が憂鬱だ。

 ちなみに上の上げた以外にも、闇市やら身寄りのない子供や何らかの事情で表に出られない存在が住むスラム街などもあるのだが、これはまた別の機会に語ろう。


 行き交う人の中をすり抜けるようにして歩く。人が多いといっても元の世界の通勤時間のラッシュに比べると楽なものだ。人を押しのける必要もなく、開いた隙間を縫うようにして歩いた。


「おい、てめえどこに目つけて歩いてやがる!」


 歩いている最中、そんな怒号に晒され、思わずビクっとなってしまったが、どうやら俺に言ったわけじゃないらしい。視線を向けると鎧を着た男同士が今にもキスしてしまいそうな距離で睨み合っていた。

 今にも一戦(性的な意味ではない)始まりそうな雰囲気だが、周りの連中は『いつものことか』と素通りしている。こんなことは日常茶飯時なのだ。俺は絡まれたのが自分じゃなくて安心しつつ

 

「……血気だけは盛んだな、ククク」


 そう意味深に呟いて、巻き込まれないようにそそくさとその場を離れた。

 歩いているとふと武器屋を見つけた。カウンターには頭を輝かせた強面のオッサンがいて、子連れの主婦の対応をしていた。


「それでこの子にも護身用の武器を持たせたくて」


「ほぅ、子供を狙った誘拐犯ねぇ……物騒になったもんだ」


 心配そうに言う母親に腕組しつつ頷く武器屋。どうやら最近、子供を狙った誘拐が流行っているらしい。俺が昨日、1日で6回も憲兵に職務質問をされたのもそれが原因だろう。おのれ誘拐犯!


「ママー、あたちこれがいいー」


「おっ、お嬢ちゃん。いい目をしてるねぇ。それは筋力がない小さな女の子でも扱える『どくばり』さ。それでブスっと上手いこといったら……相手もオダブツだよ」


「オダブツー」


「あらいいわね。でも……お高いんでしょ?」


「そこはまあ商売だからなぁ! これこんな細い針に見えても『強化』の魔法がかかってるから、絶対に折れねえのさ! だからちぃっと値段が張るんだか……ま、こんなもんかな?」


「まあ高い!」


 母親が口を覆った。


「もうちょっと何とかならないかしら?」

 

 どうやら定番の値切り交渉に入ったようだ。これは参考になる。主婦の実力見せてもらおう。


「いや、悪いね奥さん。これでもギリギリなんだよ。これ以上負けたら俺が母ちゃんに殺されちまうよ」


「そう言わないで……ねえ、ほら。ちらっ、ちらっ」


 母親がスカートの裾を上げ下げし始めた。早々に言葉による対話を諦め、武力を持った交渉……侮れない。

 少し肉の付いた健康的な太ももが見え隠れする。さて、武器屋のオッサンは……


「ちょっと奥さん! そういうのは困るぜ! 悪いがこのハデス、そういった店の価値を下げる交渉には一切応じねえ! ここにある武器は俺が選んで仕入れた、いわば俺の魂そのもの! そんな汚えやり方で魂の価値を下げたくないんでな! 帰った帰った!」


「あら、お固い……」


 スゴイ武器屋だ。正直感心した。性に惑わされ道を踏み外す輩が多いこのご時世、あそこまではっきりノーと言える男は少ないんじゃないだろうか。よし、俺冒険者になったら、この店で最初の武器買おう!

 俺が決意を秘めていると、ふと母親の仕草を見ていた幼女が、自分のスカートを同じようにめくり始めた。これには周りも苦笑い。子供は親を見て育つって言うけど、これホントなんだね。


「おじたーん、ちらっ、ちらっ」


 先ほどの母親の交渉にブチ切れて青筋浮かべてた武器屋の親父、子供のその仕草を見て注意を……


「うおおおおおおおお! もっと! もっと上にいいいいいいい!」


 しなかった。それどころかカウンターから落ちんばかりに身を乗り出し、その光景をガン見している。これには周囲もドン引き。


「まけてー、もっとまけてー」


「まけちゃぅぅぅぅぅっ! おじたんもっとまけちゃうのおぉぉぉぉ!」


「やったわ! 今日はあなたの大好きなハンバーグにしちゃう!」


「やたー」


 世界の終わり《ラグナロク》が存在するかは分からないけど、少なくともこの瞬間、この場所はラグナってた。

 憲兵さんよぉ、俺みたいな無害な一般市民を職質してる暇あったら、さっさとこのロリコン捕まえて絞首刑にしろや。


「記憶したぞおぉぉぉぉ! 絶対忘れないからなぁぁぁ!」


 精神を汚染させるようなオッサンの悲鳴から逃げるように、その場から去った。ああ、早くワカバちゃんに会いたい。会ってこの恐ろしい記憶を消去したい。


 何かから逃げるように走り、家を出てから20分、ようやく目的地であるバイト先『竜のしっぽ』に辿り着いた。

 小じんまりとした控えめな大きさの建物である。掃除が行き届いているのか、店の周りに汚れなどは見られない。


「どうもーエチゼンでーす」


 入り口である、竜のしっぽが描かれた看板のかかった扉を開いた。

 まず目に入ったのは、狭い店内に所狭しと置かれたテーブル、そして食事を食べる客で殆ど埋まった席。

調理場に面したカウンター。カウンターに向かって何事かを話しかけるお盆を持った、ふさふさした尻尾を持った少女の姿。

 その少女が入り口にいる俺に聞こえるほどの大きな声で


「あ、この匂い!」


 と言った。

 少女の尻尾が何かを知らせるかのようにぶんぶんと左右に1回ずつ揺れ、そして頭部から生えた狼のような耳がピンと立ち上がった。

 少女は右足を支点にくるりと回転、入り口に向かって方向転換した。

少女の視線が俺を捉え、その表情が満面の笑みに染まり、口元から1本可愛らしい八重歯を覗かせた。


「ああー! エチゼンくんだ! エチゼンくんエチゼンくーん!」


 元気のいい声が店内に響く。

 一瞬、店に緊張感が走った。テーブルに着いていた客は慌てて食事をかきこみ、空になった皿をそっと店内の端にまとめた後に着席した。一糸乱れぬ客たちの行動。いったい何が始まるんです?


「わーーーーーい!」


 獣耳を生やし、ウェイトレスの制服を来た少女――この店の看板娘であるワカバちゃんは、嬉しそうに歓声をあげつつ、俺に向かって走ってきた。

 この『竜のしっぽ』、店自体そんなに大きくなく、テーブルが5つ、それもかなり間隔狭めに置いてある。当然、カウンターから真っ直ぐ店入口まで走ってきたならば――どえらい大参事となった。

 具体的には直線状にあったテーブルがひっくり返り、着席していた客がさながら炸裂した花火のように弾き飛ばされた。


「おっはよ! エチゼンくん!」


 キュキュッと店の床を鳴らし、俺の前で停止し、にこやかに挨拶。

 自分が弾き飛ばした客たちのことなど、気にもしていない爽やかな笑顔だった。

 弾き飛ばされた客達は何事もなかったかのように立ち上がり、自分達でテーブルを元の位置に戻し着席した。その顔は弾き飛ばされた不満を訴えている……こともなく、恍惚の笑みを浮かべていた。お分かりの通り、この店の客は基本的にワカバちゃんのファンなので、肉体的接触はウェルカム状態なのだ。弾き飛ばされなかった周りの客に至っては、弾き飛ばれた選ばれし客を嫉妬の視線で睨みつける始末。何だこの店。


「おはようワカバちゃん。今日も元気だね」


「そうかなっ? うーん、そうだね! 私すっごい元気! 今日も一日エチゼンくんと一緒に働けるって考えたら、やる気がどんどん溢れてくるよー!」


 ぴょこんと元気を体現したような可愛らしいポーズ(各々自由に想像してね)をとるワカバちゃん。


「外寒かったよねっ。温かい飲み物あるからすぐ用意するね! あっ、お腹空いてる? お肉! お肉食べる? 男の人だもんね、お肉食べるよね! パパー、エチゼン君におにくー!」


「い、いや朝飯食ってきたし、今から仕事に……」


 と拒否しようとするが、ワカバちゃんに腕を抱え込まれ、クーリエちゃんには存在しない年相応に育った胸の感触に触れ一瞬にしてバカになった俺は、されるがままにカウンターに座らされ、朝から肉をたっぷり召し上がることになった。やっぱりおっぱいには勝てなかったよ……。

 一見ワカバちゃんは朝から一発キメてるようなハイテンション系少女に見えるが、これは朝だけ……というか朝一番俺に出会った時だけらしく、この後、徐々に落ち着いてくるのだ。


「わわっ、エチゼン君の手冷たい! 私が温めてあげるね! はぁーはぁー……どう、暖かくなった?」


「なったなった。あ、親父さん、おはようございます」


 カウンターから見える巨大な体躯の男。筋肉モリモリのマッチョマンエプロンのこの人は、ワカバちゃんの父親であり、この店の店主である。俺は親父さんと呼んでいる。

 親父さんは俺の挨拶に口を開かずゆっくりと頷き、調理を続けた。別段俺が嫌われているわけではなく、基本的にこんな感じなのだ。ワカバちゃんのテンションの高さと親父さんの無口さを足して2で割ったら、丁度いい具合になるだろう。


「エチゼン君、耳もすっごい冷たいよ? 温めてあげるね! ふぅーふぅー」


「あん!」

 

 HTZ48の弱点の内の一つを巧みに攻めてくるワカバちゃん。

 さて、このワカバちゃんという獣耳ウェイトレス、俺にとても懐いてくれている。それというのも、初めて出会ったときに悪漢に絡まれていた彼女を華麗に俺が救った……というわけではなく、特に理由はなくこんな状態になっていた。元の世界であれば女子高生くらいの彼女、そんな彼女に懐かれているのは、正直かなり嬉しい。嬉しいが、ちょっとスキンシップが多いので、下手をすれば惚れてしまいそうになるのが、たまの傷。


 親父さんから出された大盛りの肉丼をかきこみ、ゲージが振り切れた満腹感を押さえつけるかのようにエプロンを装着した。バイト開始だ。


「親父さん! 今日のおすすめ3人前とビール3つ! あとなんか適当に油っぽいもの!」


「パパー、お肉のソテー3つ! あ、あとエチゼン君にお肉のおかわりー!」


 俺の仕事は注文の聞き取りと配膳、そして厨房に入って親父さんの手伝い、時折挟まれる肉の差し入れと正直忙しい。昼時になると叫びながら店内を走り続けるようなしんどい状態だ。しかしこうやって汗を流して働いている時こそ生きている実感を感じるのだ。


「んー、そろそろ休憩しよっか。エチゼンくんっ、座ってお喋りしよー」


働き始めて3時間、昼時を過ぎた今、店内に客は数えるほどしかいない。が、客がいる店内で堂々と休憩するのはどうかと……と店内を見渡すと、目が合った客は頷きその目がこう語っていた『気にせずワカバタイムに入りや』と。ならいいか。ワカバタイムってなんやねん。

 カウンターにワカバちゃんと隣合って座る。ワカバちゃんの座った椅子から窮屈そうに尻尾が垂れ、ふるふると左右に揺れていた。

 ワカバちゃんが用意してくれた、果実のジュースを飲む。酸味強めの甘さが体に染み渡った。


「ぷはーっ、今日も忙しかったねー!」


 目を><こんな感じにしつつ、まだまだ元気な声のワカバちゃん。元気な彼女を見ていると、こちらも元気になってくる。そうか、これがワカバタイム……!

 ジュースを飲み干した彼女は、スカートから露出した触り心地のよさそうな膝小僧に手を置き、こちらに乗り出すように顔を近づけてきた。 


「エチゼンくん、いつものお話聞かせて!」


「いいですとも。あー、じゃあ、今日は俺の行きつけの店について話すよ。店の名前が『吉野屋』って言ってな――」


 ワカバちゃんは俺の話――俺が元いた世界についての話をとても好んで聞きたがる。どれだけくだらない話でも、オチのない話でも目をキラキラして聞いてくれるので、話しているこっちも楽しくなる。こういう知り合いがいたら、俺の灰色の学生時代はとても輝いていただろう。


「――で、そういう存在がいわゆるオタサーの姫っていうわけ」


「へー。面白ーい!」


 それでそれで、と次の話を促してくるワカバちゃん。ふと、彼女の真珠のような曇りない瞳を見ていると、これは演技なのでは、と考えることがある。本当の彼女は内心『妄想乙!』なんてことを考え、俺をバカにしているのでは、と。そんな筈はない、というかあって欲しくない思っているのだが、やはり現代社会の闇が色濃く出た人間関係で苦々しい思い出が多々あるので、否定しきることはできない。我ながら色々拗らせているが、これが俺なのでしょうがない。異世界に来たからといって早々変化するわけもない。

 純真であってくれ、と祈りを込めて質問を口にした。


「あのさ、ワカバちゃん。俺の話さ、本当に信じてる?」


「へ? うんうんっ、信じてるよー。どうかしたの?」


「いやさ。普通嘘だと思わない? だって別の世界だよ? 常識的に考えてさ、痛い男が何か妄想語ってるなー、とか思わない?」


「え、嘘だったの!?」


 ギョギョっと驚くように立ち上がる。


「いや、嘘じゃないけど」


「だ、だよねー。もー、びっくりしたっ。嘘じゃないって分かってたけどね! 私匂いとかでそーいうのわかるから」


 ホッと胸を撫で下ろしながら着席、そんなことを言った。


「匂い?」


「そうそう。こうやって――」


 唐突に、ワカバちゃんは俺の胸元に鼻先を突き付けてきた。そしてスンスンと鼻を動かす。


「匂いを嗅ぐとね。その人が嘘ついてたら分かるの。あと悲しんでたり、怒ってたり? そーいうのが分かっちゃうんだ!」


 えへんと胸を張るワカバちゃん。クーリエちゃんにはない胸がふくらみがふるんと揺れた。

 しかし、嘘発見器みたいだな。あれって確か心拍数とか発汗とかで嘘吐いてるか判別する機械だけど、その時の感情も分かるなんて、ワカバちゃんは高性能どころの話じゃない。

 ワカバちゃんの嗅覚に感心していると、胸元が妙にくすぐったいことに気づいた。胸元を見るとまだワカバちゃんが匂いを嗅いでおり、何故か先程より距離が近くなっている。むしろ鼻先を擦りつけている状態だ。


「ワ、ワカバちゃん? バイトの胸元嗅ぎ過ぎじゃないですかね?」


「ふぇ!?」


 俺が言うと、ワカバちゃんは仰け反るようにして俺から距離をとった。その顔は真っ赤に染まっている。


「ご、ごめんねっ! え、えっと……そのエチゼン君の匂いがすっごくいい匂いだったから……あっ、違うよ!? いつもはこんなことしてないよ!? エチゼン君だけだからね!」


 そのフレーズ聞くと去年、高校生の時に好きだった女の子にいきなりファミレスに呼び出されて浄水器見せられて『すっごいお金稼げるの! こんなこと教えるのエチゼン君だけだからね!』って売りつけられそうになった記憶思い出して胸が痛い……。が、そんな暗い記憶をかき消すほど、ワカバちゃんが両手で顔を覆いつつ「今、私すっごい恥ずかしいこと言っちゃったっ」と羞恥に悶える姿は可愛いと思いましたまる。


「しかしその嗅覚凄いね。やっぱり、えっと……」


 視線が頭から生えた獣耳に向かう。今更だが、彼女がどういう存在かはっきりと聞いたことはなかった。俺はこの世界についてまだまだ疎く、獣っぽい人や獣耳を生やしている人を見ても、何かそういうのがいる世界なんだーとしか考えていなかった。そういう情報を教えてくれるクーリエちゃんも、自分から何かを教えてくれることはなく、こちらが聞いたことしか答えてくれない。今まで生活する上で必要なことしか聞いてこなかったので、色々と情報が足りていないのだ。


「あれ? 言ってなかったっけ? 私半獣人なんだ。人間族のパパと狼の獣人族のママとの間に生まれたから、こーんな感じで耳と尻尾だけ生えてるの。あと鼻が耳がいい他は、普通の人間と同じなんだ」


 ぴょこぴょこ動く獣耳を摘まみながら言った。

 そういえば父親である親父さんとは毎日顔を合わせているが、母親に当たる人を見た記憶がない。


「ワカバちゃんの母親って――」


 俺の質問は、突如厨房から聞こえた包丁を落とす音に中断された。

 音の発生源である厨房を見ると、店主であるワカバちゃんの父親(筋肉ムキムキのマッチョマン)が、その岩石を削って作ったような荒々しい瞳から、大粒の涙をボロボロと流していた。

 あ、これアカンやつか。


「あ、もーパパまた泣いてる! もういい加減慣れてよー。ママがいなくなってもう1年だよ? そろそろしっかりしないと!」


「なんかごめん……聞いちゃマズかったよな?」


「へ!? あっ、違う違う! もうっ、パパがそんな風だからエチゼンさん勘違いしちゃったでしょ!」


 ワカバちゃんは未だ涙を流す父親に追撃を加えた後、くるりとこちらを向き手をぶんぶんと振った。


「ご、ごめんね! 違うよ? 生きてるからね? もうすっごい元気でやってるよ! 今ちょっと遠くの街に出稼ぎに行ってるの。この街と同じようにダンジョンが出来た所に建てられた街でね、あっ、そうそう! ママは冒険者やってるんだー。はい、これがママの写真」


 滑舌のよい早口で次々と情報を伝え、最後に一枚の写真を見せてくる。その写真には私服だろうか、白いブラウスと赤いスカートを履いたワカバちゃんと現在進行形で涙を流している親父さん、そして……鎧を着た直立歩行のワンちゃんが写っていた。

 そう、狼だった。完全に狼。頭部に花の形をしたアクセサリーを付けてるから、辛うじてメス……もとい、女性と判別できたが、それがないと、性別すら判別できない。

 親父さんを見る。スゲェわ、最高レベルのケモナーじゃないっすか!(尊敬) 俺一般レベルのケモナーだから、ちょっとこの狼さんに興奮できるかって聞かれたら……いや、これもありっちゃありか……? あ、今どこかで何かのレベルが上がった気がした。

 ワカバちゃんが照れくさそうに笑う。

 

「目元とかそっくりって言われるよ、えへへ」


「目元……う、うん。そうだね。あとは尻尾とか、獣耳とか超似てるね」


「えー! 耳は似てると思うけど、尻尾は全然だよー! ママのはシャッとしてるけど、私のはシュッとしてるでしょ? ぜーんぜん違うよー、ほら、ほらー!」


 ぷんすか!と頬を膨らませながら、尻尾を握らせてくる。ふわふわと触り心地のいい感触が手に触れた。

 ところでそのシャッとかシュッとかいうのは、斬撃音か何かですか? 正直違いが分からん。

 しかし母親が冒険者か……これはいいことを聞いたぞ。今の俺のライフスタイルに足りないのは、冒険者仲間だ。ギルドで募集をかけるのもいいが、直接スカウトするのもひとつの手段だ。


「ワカバちゃんはお母さんみたいに、冒険者になりたいとか考えたことないの?」


「私? 冒険者はねー、小さい頃はなりたかったなー。おやすみする前に聞かされたママの冒険談とか聞いてね、いつか私もママみたいな冒険者になるんだーって。うん、考えてたよー」


「じゃあさ。俺と一緒に冒険者にならない? もし、よかったらだけど」


「冒険者かー。うん、エチゼン君と一緒に冒険したりするの、凄い楽しそう!」


「え、じゃあマジで……」


「いいよ! って言いたいところなんだけどー……ねぇ」


 ワカバちゃんの視線が、厨房の未だ涙を流している親父さんに向かう。


「パパが心配なんだよねー。パパって寂しがり屋さんだから。ただでさえママが1年もいなくて、情緒不安定になってるから。私が冒険者になってお店空けけちゃったら、多分……」


「多分?」


「ストレスが爆発して、ママの所へ走って行っちゃいそう。着の身着のまま、包丁待ったまま」


 2メートルを超す筋肉マンが涙を流し、包丁を持ちながら街道を駆け抜ける姿を想像した。都市伝説に載るレベルの恐ろしさだ。下手すると討伐依頼とか出るかも。


「だからね、冒険者は無理かな。ちょっと興味はあるんだけどねー。……あれ? エチゼン君って冒険者になりたいの?」


「ああ、まあ……うん」


「そうなんだー。う~ん、エチゼン君が冒険者かー……。うーん、エチゼンくんと一緒だったら楽しそうとは思うけど、実際冒険者になるのは、オススメしないかなー」


 料理屋の娘にまで冒険者に向いてないって言われる俺ってなんなの? もうこれってお前は冒険者になるなって、神様のお告げ? 運命? それとも『その運命に抗ってみせよ』って神様からの試練かなにか?


「この店にもよく冒険者の人が来るから、色々話聞くけど、やっぱりやめておいた方がいいと思うかなー」


「話って、どんな?」


「色々あるけど……やっぱり冒険者の3Kかなぁ」


「3K?」


「そう。えっと確か最初は……『危険』。すっごい危ない、怪我とかすごいするよ。魔物とか罠とかで、身体中傷だらけになるんだって。お店にもたまーに、腕とか足とか食べられてそのままご飯食べに来る冒険者の人とかいるよ。治す前に栄養補給だーって。ちょっとね、さすがにそれはねー」


 危険が怖くて冒険者なんて目指さないぜベイビー……とかっこつけたかったが、実際そうなんだよなぁ。ゲームとかだとダメージ食らっても数値上の変化しかないけど、現実魔物とかと戦ったり罠に嵌ってダメージ受けたら=血まみれとかなんだよなー。俺、料理中にちょっと手を切っても泣きそうになる痛がり屋だがら、その辺かなり心配。ダメージ1って、実際どのくらい痛いんだろ。小さい女の子のビンタくらい? それだったら逆に回復しそう。


「で、次はねー『汚い』。迷宮行くと凄い汚れるし、お風呂も入れないでしょ? で、体がドロドロになる罠とかもあったり。だから凄い臭くなるし、いやでしょ?」


 この店内にもダンジョン攻略して来たばかりだと思われる冒険者の客がいるんだけど……。店狭いから声とか普通に聞こえるんだよね。大丈夫かな、怒ったり……あ、いや! にやにやしてる! 美少女看板娘に臭いって言われて悦んでる! レベルたけぇー。


「あと、えっとなんだっけ……確か……く、『くたばる』? だったと思う。うん、やっぱりねー……結構死んじゃう人とかも多いみたい。最近このお店でもね、よく来てたシャドウさんって常連さんが来なくなってね……多分、死んじゃったんだと思う。お守り代わりにお花で作ったブローチプレゼントしたんだけど……効果なかったのかなぁ」


 シュンと落ち込むワカバちゃん。彼女の気持ちを表すように、獣耳が伏せ尻尾が力なく慣れた。

 ところでそのシャドウさんとはあなたの後ろで食事をしている忍者装束の人ではないでしょうか。多分そうだ、忍者頭巾に花のブローチ付けてるし。しかしすっごい忘れ去られそうな影の薄さ。俺だってじっくり注視してないと、今にも消えてしまいそうだ。バスケとかしたら幻の6人目とかで活躍できるんじゃね? 

 さすがに忍者さん、存在を認識されてなくてさぞショック……あ、口元がニヤついてる。悦んでるわこれ。絶対ヘラヘラしてるわ。


「というわけで、冒険者はオススメしません!」


「う……」


 現場の声を聞くと、やはり説得力がある。こういうリアルな言葉って重要だよね。求人広告で『アットホームな職場です』ってバイト先に行ったら、実際は一部が結託して周りを排除する村八分な職場だったり……『可愛くてサービス満点ですよ』って兄ちゃんに誘われて出てきた女が、迫力満点のボストロールだったり……世界は欺瞞に満ちてるな……。


「いや、それでもね。諦めきれないっていうか、冒険者にもいいところあるし。それに冒険者になりたい理由があるからね」


「理由ってなーに?」


 言えないよ……。養ってくれてる女の子を支えたいからだよなんて、言えないよあたしゃ……。ハーレム作ってイチャコラ冒険劇を幕開けたいなんてもっと言えないよ……。

 と、言うわけで誤魔化すことにした。


「いや、恥ずかしい話、俺って定職に就いてないだろ? で、てっとり早く就けるのが冒険者でさ。それにほら、将来結婚とか考えると稼げる仕事に就きたいじゃん。だから、なんだけど……」


「そっかそっかー。色々考えてるんだねー、えらいえらい」


 慈愛の表情を浮かべながら、頭を撫でてくる。柔らかく暖かな手の平が、俺の中のカルマを浄化するように解していく。あー、駄目になっちゃうぅぅぅっ! これ以上ダメになったら、俺消えちゃうぅぅぅぅ!


「そっかそっかー。結婚かー……結婚、結婚。結婚……夫婦でお仕事……」


 ワカバちゃんは腕を組み、何事かを考え始めた。おや、もしかして冒険者の件考えなおしてくれるのかな?

 うーんと唸っていたワカバちゃんだが、何かを閃いたのか顔を上げた。その顔は妙案を得たとばかりの爽やかな表情だっだ。 


「そうだエチゼン君! 冒険者になるより、このお店でちゃんと働いたら? バイトじゃなくて。うん、それがいいよ! これって凄くいい考えだと思う。だって、ほらエチゼン君がちゃんと働き始めたら、パパだって余裕ができてママの所に行けるし! お金だって、2人で頑張ってもっとお客さん増やせばいっぱい稼げるよ!」


「い、いや……うんそれもいいんだけど。いいんだけど、ほら冒険者って男の夢じゃん? ロマンっていうか……流石にこの店でロマンは……」


「一国一城の主になるっていうのも男の人の夢でしょ? いつかパパからお店を継いだらそうなるんだよ? 自分のお店を構えるのって、ロマン! すっごいロマン! カッコイイよー!」


 応援するように言ってくるワカバちゃんに、流されやすい日本人代表である俺はドンブラコと流されそうになる。

 うん、確かに……それはそれでとてもいいと思う。異世界で自分の店を開く、それもまたロマンだ。

 

 人には人生の分岐点が幾つも存在する。今がその分岐点なのではないだろうか。


・それでも冒険者を目指す


・『竜のしっぽ』で働く。可愛いウェイトレスちゃんと小さいながらも、アットホームな職場で安定した生活を送る



 ふいにそんな選択肢が浮かんだ。このままなれるかも分からない冒険者になるより、ここで正式な店員として働くのが俺の幸せなのかもしれない。何より恐らくクーリエちゃんを安心させることができる。ああは言っていたが内心冒険者にはなってほしくないと思っているであろう、クーリエちゃんの想いを叶えることができる。


「あとね、その……ねぇ」


 俺が人生について考えていると、俯いて人差し指同士をツンツンと合わせていたワカバちゃんが言葉を選ぶようにゆっくり口を開いた。珍しいリアクションだ。いつも元気で口ごもることなんてないのに。


「結婚、もね。ここで働いてたら……その、そんなに可愛くないけど、すっごい尽くす自信がある……お嫁さん? うん、お嫁さんが……あったりなかったり……な、なんちゃってね! てね! うわっ、何言ってるのかな私!? 分かんないけど、そんな感じ! 何か恥ずかしいっ、わんわんっ! わんわーん!」


「お、落ち着いてワカバちゃん」


 顔を真っ赤にして唐突に吠え始めたワカバちゃん。彼女に中に眠っていた獣の本性が現れたのか。

 あまりにも挙動不審なワカバちゃんの態度を見たおかげか、落ち着いた俺はとりあえずゆっくり考えることにした。

 何も慌てて決める必要はない。そうだ、人生はまだまだ長い。いずれ選択を迫られることもあるだろうが、少なくとも今は今のままでもいい。なに? 引き延ばし? 引き延ばしの何が悪い!


 俺はワカバちゃんの申し出に「考えさせて」と返事をして、仕事を再開した。そろそろ15時。小腹が空いた客が現れる時間帯だ。さて、頑張ろう。



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