せーふく!(4コマっぽいタイトル)
『――お兄ちゃん!』
ああ……間違いない……。
この制服、間違いなく妹の……アイツが通っていた学園の制服だ。
『えへへ……どう、かな? 似合ってる?』
『いえーい! ピース! 次はお兄ちゃんも一緒に撮ろ! 記念記念!』
今でも思い出す。
あの入学式の日。慣れない制服に戸惑いながら、校門の前で一緒に撮った写真を。
若干照れの残る笑顔を浮かべる妹とそっぽを向く俺が映った写真。
『お兄ちゃんのご飯やっぱりおいしー!』
『将来結婚するとしたら、お兄ちゃんより料理上手くないとやだなー』
アイツが着ていた制服を見ていると、次々と思い出が浮かんできた。
『見てみて! 今日の身体測定で……ほらほら! 身長3cmも伸びたんだ!』
『このままお兄ちゃんの身長も抜かしちゃうんだから!』
『……え? 胸のサイズ? ……はい、この話はここでおしまいね。おしまいっ。おしまいったらおしまい!』
まるで走馬灯の如く脳裏を流れていく思い出。
『え? 帰りが遅い? ……べ、別にいいでしょ? あたしもう高校生なんだよ? ちょっとくらい、いいじゃん!』
『もー構わないで! あっち行ってってば! だから何でもないって! ……もう! お兄ちゃんうっとおしい! 嫌い!』
ああ……そんな事もあったっけ……。
あの時はとうとうウチの妹も反抗期になったんだって、絶望したけど……。
『お帰りお兄ちゃん! ――お誕生日おめでとう!』
『はい、これプレゼント。お兄ちゃん前から欲しがってたでしょ? お金? ……バイト。うん、友達と一緒に。ごめん、ずっと黙ってて』
『最近遅かったのも……うん、バイト』
『もう遅くならないよ。……あ、あとね。あの時、嫌いって言ったけど……嘘だから』
『うん。……大好き。世界で一番大好き。……えへ、照れるね』
こういう事があった。
あったんだ。
■■■
「――おい。おいってば。エチゼン!」
「はっ!? お、俺は一体……」
「いや、オレが聞きてーよ。売りもんの服を真剣な目で見つめたと思ったら、明後日の方を見つめて涙流しやがって……ひくわ!」
どうやら完全にトリップしてしまっていたらしい。
変態中年親父であるロイドに引かれるとか、かなり屈辱的だ。
懐かしい思い出によって溢れた涙を拭い、改めて手元にある服――妹が通っていた学園の制服を見た。
間違いない。ちょっとエロゲっぽい感じ、学校の名前が刻まれた校章――どこからどう見てもそうだ。
まさかこんな所で元の世界のブツを見るとは思わなかった。
いや、重要なのはそこじゃない。
これを着ていた人物だ。
「ロイド。これどこで手に入れた?」
「ん? そりゃ言えねえーよ。仕入れ先の情報ゲロするようじゃ、この世界でやっていけねえからな」
この世界――つまりは闇市場ってことだろう。
ロイドが店に並べている商品は、その殆どが裏ルートから仕入れた物だ。
当然仕入れ先も色々と公には出来ない相手なんだろう。
下手に相手をバラしでもしたら、信頼を失い商品の仕入れをしてもらえなくなる。
「分かってる。それでも聞きたいんだ」
「……ふぅん。どうも事情があるみてえだな。だが――悪いな。この商品に限ってはマジで知らねえんだ」
「どういう意味だ」
「そのまんまの意味だよ。つーか、これは仕入れたわけじゃない。拾ったんだ。スラムの方でな」
「スラム……か。着ていた人間は?」
「分かんねーよ。服だけ落ちてたからな。ボロボロだったけど、嫁に渡して直してもらった。んで、こうやって店に並べてるわけだ」
なるほど……嘘は言ってないようだ。
しかしスラムか。スラムにボロボロの状態で落ちていたなら、それを着ていた人間は恐らく襲われて……。
「……」
「どうしたエチゼン。かなり深刻な表情だが……」
「いや、大丈夫だ。気にしないでくれ」
そう、大丈夫だ。
大体妹が通っていた学園の制服だからといって、これを着ていた人間が妹であるとは限らない。
それにあの女神が言っていたはずだ。異世界から来た人間『渡りビト』は1つの世界に1人と。
だからきっと、制服だけがこの世界に流れ着いた……そうに違いない。
でもなぁ。あの女神が言うことだしなぁ。ぶっちゃけ、信用できないよなぁ。
まあ仮に。仮に妹がこの世界に来ていたとして、だ。
確率としてはかなり低いが、来ていたとして。
アイツなら大丈夫だ。
誰よりも愛嬌があって、人に愛される為に生まれたとしか思えない性格のアイツだから、どこでだってきっと上手くやれるはずだ。
そう思わないとやってられない。
「――エチゼンさん?」
最悪の可能性を無理やりポジティブに考えていると、聞き覚えのある声――クーリエちゃんの声が背後から聞こえた。
どうやら着替え終わったらしい。
振り返ると――可愛らしいお嬢ちゃんがそこにいた。
「どう、ですか?」
そこに立っていたのは、青い髪を揺らしながら、着慣れていない服を着ているからかどことなくそわそわ落ち着かない様子の少女。
空の色の青いワンピースが少女の落ち着かない心を表現するかのように、風にそよいでいた。
スカートの先端、腕先、肩の部分にあしらわれたフリルが、普段の彼女の格好からは見えなかった幼さを際立たされている。
普段はミニスカートで四六時中露になっていた太腿は、完全に隠れており膝小僧がギリギリ見えるか見えないくらいだ。
モジモジと恥ずかしそうにしているクーリエちゃん。
いつもより圧倒的に露出が少ないはずなのに、そこに感じるエロスは一体なんだろうか。
そうか。これが――背徳感か。
「あ、あの……どう、なんですか?」
「え!? ああ、うん」
イカンイカン。普段の格好とのギャップにジャパニーズで言うところの『萌え』を感じてしまった。
いやあ、似合うと思っていたけど、マジで似合うわ。
軽くハイエースして、家に連れ帰って何もせずにお茶を一緒したい……それくらい可愛い。
そうだ、感想を言わないと。
色々とクーリエちゃんを讃える言葉の数々が胸の中に湧き出てくるけど……やっぱりシンプルに。
「見抜きしてもいいですか?」
「はい?」
違う違う、そうじゃない。欲望にシンプルになってどうすんだ。
ここはそう――
「可愛い!」
「……っ」
「すっげえ似合ってて可愛い!」
「……そういう……可愛いとか……ではなく。周囲から浮いていないかを……」
俺の賛辞にクーリエちゃんは顔を真っ赤にして俯いた。
まあ、浮いてるか浮いてないかで言うと……浮いてるよね。可愛すぎて。
もうロイドのオッサンとか、白目剥いてるしな。
「……でも、まあ、いいです。別に……悪い気はしないですから」
「なに照れてんの? かーわーいーいー。ほら、ポーズとかとって! 可愛いポーズ! 顎に手当てて、首傾げて!」
「調子に乗らないで下さい。こ、殺しますよっ」
「へへへ」
流石に可愛いポーズはしてくれないか。だが殺意満点の言葉とは裏腹に、羞恥の表情は浮かべたままだ。
これじゃ強がっているようにしか見えない。
「……エチゼンさんの癖に」
悔し紛れにそう言ったクーリエちゃんの視線が、俺の手元に向かった。
「その服は?」
「え? これか? いや、これは……」
どう説明しようか。元の世界の~みたいな説明しても、やっぱり頭がおかしくなったと思われるだけだろうし。
「……はぁ。分かりました。今回だけですから。特別に。この辺りを案内してくれたエチゼンさんへのご褒美ですから……勘違いしないで下さいよ」
溜息を吐きながらそう言うと、手元にあった制服を奪い去り、そのまま再び路地裏に消えてしまった。
どうやら何を勘違いしたのか、俺がこの服をクーリエちゃんに着て貰いたいと思ってしまったらしい。
「はっ!? 天使が……天使ちゃんはどこ……?」
白目を剥いていたロイドが正気に戻った。
「今、例の服に着替えに行ってる」
「なんだと? あの服を? ……むむ、ちょっとマズイな」
「マズイ? どういう……」
俺がロイドに聞くのを待たず、クーリエちゃんが戻ってきた。
彼女は制服に……着替えていなかった。先ほどのワンピースのままだ。
その表情は、どこか諦念と失意が混ざった複雑なものだった。
「これ、返します」
「お、おう」
クーリエちゃんがロイドのもとまで歩き、制服を突き返した。
一体どういうことだ?
謎の展開に疑問符を浮かべていると、俺の側に寄ってきたロイドが耳元で囁いてきた。
「あの服なんだけどよ……」
「んっ。……な、なんだよ?」
ETZ48の一つ、耳を刺激されて変な声が出てしまった。
オッサン相手に……悔しいっ! こうやって女子層を取り込んでいこうと思うんだが、どうだろう。
「あのな。あの服は……ごにょごにょ」
ロイドが制服返還の理由を説明してくれた。
なるほど――
「胸のサイズが合ってないのか」
「……っ!」
そりゃ、あんな複雑な表情になるわけだ。
「大丈夫だって! クーリエちゃん成長期だから、そのウチ胸も大きくなるって! 気にすんな!」
「……」
「はっはっは!」
「――黙って下さい。殺しますよ。本気で、殺しますよ」
どうやら俺の慰めはクーリエちゃんには伝わらなかったらしい。
クーリエちゃんはマジで切れてる時の目で、薄く笑みを浮かべながら純粋な殺意を飛ばしてきた。
その殺意の純度は濃く、周囲の鳥達は怯えて飛び立ち、食用の豚が泡を噴いて倒れた。
そんな殺意を目の前で、しかも零距離でぶつけられたものだから、俺はまあ……ファンタったね。
「おええええええ」
ファンタるとはつまり、ファンタズムリバースをするってこと。
露店に買い物に来てた人ごみのド真ん中でやっちまいましたね。
『ぎゃあああ!?』
『何だ何だ!? おいおいおい!』
『こんな所にいられるか! 俺は帰る!』
突然の事態に阿鼻叫喚の絵図となる商店街。
やれやれ……目立つのは嫌いなんだけどな。
逃げ惑う人々を眺めながら、俺はある事実に気づき安堵していた。
あの制服がクーリエちゃんに合わなかった。それもかなりのレベルで。
つまりあの制服を着ていたのは、それなりのサイズの胸の持ち主だったってことだ。
妹は貧乳だ。だから持ち主は妹じゃない。
その事実に気づかせてくれたクーリエちゃんに感謝をした。
「……ひっ」
リバースしながらお礼を言う俺に、クーリエちゃんはとても怯えていた。




