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新米冒険者ネリスの冒険譚~3巻~

 流石に1日に2度もスられては、先輩としての面目が立たな過ぎるので、俺は唐突に閃いたテクニックを用いることにした。

 そのテクニックとは、敢えて数多あるポケットの中に財布を収納せず、靴の中に財布を隠す。

 そしてポケットの中にはその辺で拾った石やら、雑草やらを入れておくのだ。

 こうすることで、スリをかく乱する――名付けて『フルポケットガード法』!


 はい……某漫画のパクリです……。

 あの漫画はもう完結したのかな……いや、あの先生ェの事だからいい展開のまま休載している可能性が高い。


 さて、年相応に目をキラキラさせながら露店を眺めるクーリエちゃんにホッコリしつつ、商店街を歩いていると――


「おーい! エチゼン!」


 と俺を呼ぶ声が聞こえた。

 人がひしめき騒がしい中でハッキリ聞こえたのは、いわゆるカクテルパーティー効果ってやつだろう。

 どれだけ多くの音の中にいても、自分に関することはハッキリ聞こえるというヤツだ。

 例えば、教室の中で寝たフリをしていて『アイツ、いつも寝てるよな』『そうだな。アイツ……名前なんだっけ? エキデン?』みたいな言葉はハッキリ聞こえる、これがカクテルパーティ効果だ。あくまで例であり、俺の経験とは何の関係もない。


「おーい! こっちだこっち!」


「エチゼンさん。誰かに呼ばれていますよ? あっち……露店の店主みたいですけど」


 耳がいいクーリエちゃんは、即座に声の方向を割り出した。

 クーリエちゃんが指差す方を見ると、雑多に並んだ露店、そのウチの一つの店主だろうオッサンが、俺たちに向かってブンブン手を振っていた。

 満面の笑みだ。オッサンの満面の笑み。美少女ならまだしも、オッサンの100点満点の笑みなんて、誰も得しない。


 そんな笑みを浮かべるオッサンは、俺のちょっとした知り合いだ。


 だが今はいい。先を急ごう。


「行こうかクーリエちゃん」


「え? 呼ばれてるみたいですけど……いいんですか?」


「いいのいいの。どうせ大した用じゃないだろうし」


 実際そうだろう。

 どうせ面白いものを仕入れたとか、最近奥さんが夜の相手をしてくれなくて寂しいとか、娘が最近自分のことを汚物を見るような目で見てくるようになったとか、前髪ナイトが後退陣形を組み始めたとか……その辺のかなりどうでもいい話だろう。

 そんな物を聞かされてるくらいなら、クーリエちゃんとの仲良しタイムを続けたい。


 俺はクーリエちゃんの手を引き、オッサンから離れ――


「エチゼン! 例のブツが手に入ったぜ!」


 ――ようとしたが、そのオッサンの言葉を聞いて、踵を返した。

 反転し、オッサンの露店に向かう。


 オッサン――店主のロイドは、そんな俺を笑顔で迎えた。

 

「おうおう、やっと来たか。さっきから呼んでるのに、なかなか気づきやしねーもんだから聞こえてないと思ったぜ」


「悪い。ほら……俺って難聴系主人公だからさ」


「難聴系主人……ん? なんだそりゃ?」


 どうやらオッサンも難聴系主人公の素質があるらしい。

 いや、そんなことはどうでもいい。


「な、なあ……例のブツって……」


「へへへ……ああ、新刊が手に入ったぜ」


「マジかよ! 売ってくれ!」


 例のブツ――長い間待っていたアレが手に入る……それを考えただけで、心臓がドキドキしてしまう。

 

 オッサンが焦らすように、ゆっくりと服の胸元に手を入れた。

 そこから現れるのは――一冊の本だ。

 女スパイみたいな隠し方にかなりイラっときたが、目の前のブツを目にすると興奮でそんなイラつきも吹っ飛んだ。


「ほらよ」


「うおおおお! 新刊だ!」


 ページにして100ページくらいの薄めの本だが、随分重く感じた。

 それの重さは俺がこの本に寄せている期待の重さでもあるのだろう。


 ――新米冒険者ネリスの冒険譚~3巻~


 表紙にはそんな文字と、金髪ポニーテルの凛々しい表情をした冒険者風の少女が描かれていた。

 一見すると唯の冒険譚風の小説だが……この小説はR18だ。

 つまりエロエロな小説だ。それも唯のエロ小説じゃない。

 とんでもなくエロい。書いている人間がまともとは思えないほどのエロさだ。

 ぶっちゃけあまりのエロさに国から発禁指定されている。

 流通しているのは闇市場、いわゆる裏ルートだ。

 

「おいおい興奮するのは分かるが、あんまり目立つなよ? バレたら牢獄行きだ」


「あ、そうだな……」


 慌てて服の胸元に本を隠す。

 何だかオッサンの体温が残って生温かいが、しょうがない。


「一足先に読んだけどよぉ……今回も凄かったぜ」


「マジで? 全開で魔人ドエロスが作ったエロトラップダンジョンの最下層に落ちて、それからエロトラップに襲われながら、何とか上層階に向かう階段を見つけた……そこで終わったよな」


「ああ。だが今回の冒頭で、階段の前にはなんとダンジョンを守る……フフフ、おっとこれ以上は言えねえ」


「何だよ! 気になるじゃん!」


「この先はエチゼン、お前の目で確かめてくれ。だが1つ言えるのは……脱出できると思って浮かべた安堵の表情が絶望に染まる、その時の心理描写がもう……凄くて凄くて……ウェヒヒ!」


 憲兵に見られたら公然猥褻笑顔とかの罪で捕まりそうな笑みを浮かべるロイド。

 隣で花を売ってる少女が汚物を見る目でロイドを見ているが、自分の世界の入ったロイドは気づかない。家でもこんな表情を浮かべるから、娘さんに汚物を見るような目で見られているのだろう。


 俺は新刊の金をロイドに渡した。

 本1冊にしては少し高めの金額だが、手に入れるルートの確保とリスクを考えれば安い物だ。というか安すぎる。

 ロイドと初めて会ったのは、俺がこの世界に来て間もない頃だ。たまたま店の前を通りがかった俺を見て


『おいそこのお前。――いい目をしているな』


 とか歴戦の強者っぽく俺を呼び止めたのだ。それから何だか話が盛り上がり(主にエロ方面)、気が付けば随分仲がよくなっていた。

 そんなこんなで、今はこうしてお安く物を売ってくれるのだ。


「読んだらしっかり感想聞かせてくれよ? お前の感想は面白いからな。まるでこの別の世界から来たような奇妙な表現が面白くて……って、おいエチゼン?」


「どうした?」


「何だお前。今日はツレがいるのか?」


「ツレ?」


 ――瞬間、俺の脳裏に電撃が走った。


 すっかりクーリエちゃんのことを忘れていた。完膚なきまでに存在を忘れていた。

 俺のすぐ隣には、ハッキリとクーリエちゃんの存在があって、つまりは先ほどまでのやり取りを完全に聞かれていたということ。

 それがどういう意味か。

 クーリエちゃんはエロ方面にかなり厳しい。

 俺がエロ本を買っているなんて知られたら――多分殺される。


 最悪、俺自身の死は避けられても、家に隠してあるエロ本は間違いなく滅却処分されるだろう。

 それは考えるだけで恐ろしい。考えるだけで涙が出て来た。


 どうする……どうすればいい……。

 この状況を打破するには……どうすれば……。


 そうだ……ロイドは呪術系の魔術師で、俺を洗脳してこの本を買わせた……そういう展開はどうだ?

 ロイドには悪いが、洗脳が解けた(っていう設定)俺がロイドを倒し「もう2度と人を洗脳して物を買わせるなんてマネは止めるんだな」そう言ってクールに去る。

 悪を許す寛大な心をアピールしつつ、エロ本仲間だとバレない……一石二鳥の展開だ。

 問題は俺のカルマが凄い勢いで貯まることだが……家にある宝を守る為だ。

 罪を犯してでも守りたいものがある――人間ってのはそういう業から逃れられない存在だから……。


 よし――アクション!


「……はっ!? こ、ここは一体? そうか、洗脳を……」


「どうしたエチゼン?」


「黙れ呪術師め! クーリエちゃん、さっきまでの会話はこの呪術師に洗脳されていたからであって、俺の本意じゃないから!」


「……」


「クーリエちゃん?」


 返事がないので、クーリエちゃんを見ると――しゃがみこんで、何やら服のようなものをジッと見ていた。


「あ、あのー……クーリエちゃん?」


「フリフリ……ヒラヒラ……」


「クーリエちゃん!」


「えっ? あ、はい……何ですか?」


 ジッとその服を見ていたクーリエちゃんだが、俺が肩を叩いてようやく呼ばれていることに気づいたようだ。


「何って言うか……もしかして、さっきのやり取り聞いてなかった?」


「えっと……はい。ごめんなさい、ちょっとぼんやりしてて……全然」


 どうやら、俺とロイドのやり取りは聞かれていなかったらしい。

 よかった。本当によかった。

 お陰でロイドを倒す方向で進めなくてよくなった。

 この世界に来て初めて倒すのが、オッサンでしかも友人とか色んな意味で終わってるしな。


「で、さっきから何を見てるんだ?」


 クーリエちゃんが見ていた服を手に取り、広げる。

 ロイドの店に似つかわしくない、可愛らしい服だ。

 ところどころフリルが装飾された青いワンピース。


「これ気に入ったの?」


「いえ。その……今朝、エチゼンさんが言っていた言葉を思い出して」


「今朝の?」


 ――お出かけファッションは!? こう……いつもとギャップがあって俺をキュンってさせる、いいとこのお嬢様みたいなフリフリしたドレスは!? もしくは木陰で本とか読んでそうな麦わらワンピースの深窓の令嬢ちゃまはどこ!? 


 ああ、確かそんなこと言ったっけ。


「こういう服のことですか?」


「え、まあ……そうだな」


「そうですか。……じゃあ買います」


 俺の言葉を聞くなり、ロイドに服を差し出すクーリエちゃん。

 あっという間に金を払い、服を受け取った。


「勘違いをしないで欲しいんですけど、別にエチゼンさんが喜ぶと思って買ったわけじゃないですから。この辺りだと、わたしの服を少し浮いているみたいなので、あくまで周りに合わせる為にです」


 そんなことを言うクーリエちゃんは、随分と早口だった。

 そのまま捲くし立てると「では着替えてきます」と言って、路地裏に消えていった。

 

 そんなクーリエちゃんを見送る俺とロイド。


「おいおいエチゼン。なにあの子……すっごい可愛いな。どういう関係なんだよ」


「俺を養ってくれてる女の子」


「羨ましいなオイ! あんなに可愛い年下の女の子の養われるとか……最高だな! 代わってくれ!」


「絶対ヤダよ」


 俺にとって何のリターンもない提案を一蹴にして、クーリエちゃんを待つ間、ロイドの店の商品を眺める俺。

 怪しげな壷、何のラベルも貼られていない謎のポーション的な液体、胡散臭い宝の地図、有名女性冒険者の顔が彫られた痛盾、スケスケの黒い下着。


「おっと、コイツはワイフに送るプレゼントだった」


 黒い下着を胸元に仕舞いこむロイド。


 そんな怪しい陳列物を見ていると――ある物に目が止まった。


「は?」


 服である。

 だがその服に、俺は見覚えがあった。いやあり過ぎた。

 その服は、素材装飾共にこの世界の物とは思えないものだった。

 間違いなく、俺がいた世界の物だ。

 それはいい。俺の世界を含めた異世界からの漂流物はそれほど珍しいものではない。

 

 だが、その服はいわゆる制服で。


 ――俺の妹が通っていた学校の制服だった。





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