盗人来たりて
見事マダム包囲網を突破した俺たちは、目的地である商店街に辿り着いた。
まだ早朝だというのに、多くの露店が立ち並び、それらを目的とした客で大いに賑わっている。
「というわけで、今日の目的地に到着したよ。クーリエちゃん」
「……」
返事がないので、今更反抗的が来たのかと心配したが、クーリエちゃんの表情には、反抗期特有の『誰もあたしをわかってくれない!』的な自己表現バリバリなものはなく、何だか戸惑った様子で手を見ていた。
正確には俺が握った手をだ。
「あ、ごめん。痛かった?」
「……いえ、全く。たかがエチゼンさんの力ですから、微塵も痛みを感じませでした」
いや、まあそうなんですけどね。俺の力(STR)じゃ、クーリエちゃんに傷を付けるのは無理なんですけどね。
だが知っているかクーリエちゃん? 何も傷つくのは体だけじゃないんだよ? そう、心にも傷を付けることができるんだよ?
実際、君の些細な言葉で俺の心は傷ついたしね。
「急に手握っちゃったって悪かったよ。早急にあの場を離れたかったから」
目的を達成したので、手を離そうとする――が、クーリエちゃんの方が強く手を握り返してきたので離すことはできなかった。
「えっと……」
「人が多いので」
「は?」
「ここは人が多いので。……エチゼンさんが迷子になると大変なので、このまま手を繋いでいる方が、得策だと思います」
そう言うクーリエちゃんは、俺から目を逸らしその頬を赤く染めていた。
この反応……紛うことなき――ツンデレ!
クーリエちゃんのツンデレだから、クーデレ? それはまた別か。
ともかくクーリエちゃんのツンデレマジprpr! これだけでご飯3杯はいけますわ。
というわけで、人ごみの中、俺とクーリエちゃんはお手手を繋いで初めてのお買い物に向かった。
「……はぁ。へぇ……これは……なるほど……」
商店街を歩いていると、クーリエちゃんがそわそわと興味深そうに露店の方を見ていた。
「何か気になる物でもあった?」
「あ、いえ。その……この辺りには、初めて来たので……見たことない物がたくさんで……」
「え? 来た事ないの?」
「はい。わたしがいつも行くのは、武器屋、鍛冶屋……冒険に必要な物を売っている区画なので。こっち側には来たことがなくて」
なるほど。
通りで俺よりこの町に長く住んでるにしては、随分物珍しそうにしてると思った。
「食べ物の露店がこんなに……」
「俺がいつも買ってくる食糧は、基本この辺で買ってるんだ」
この辺りの商店はまず安い。
安いだけに品質の悪い物も多いが、ある程度の目利き力があれば、安くて質のよいものを手に入れることができる。
この世界に来る前から、激安スーパーでマダム達に混じって目利き力を鍛えられた俺にとって、これくらいの目利きは苦じゃない。
「あの黒い豆って……」
「そう。コーヒー豆だ。俺はいつもあの店で買ってる。顔馴染みだから、安く譲ってくれるんだ」
「そうなんですか……。それにしても、歩いている人たちも、子供や女性が多いですね。あっちとは大違いです」
「まあな」
そりゃ、冒険者が行くような区画はゴリゴリのむさ苦しいマッチョマンばっかりだろうしな。
女子供から老人まで歩くこの区画は新鮮な光景だろう。
「はぁ……凄いですね。なんだか初めて見るものばかりで、見ているだけで面白いです……ふふっ」
くすっ、とクーリエちゃんには珍しい笑い声が聞こえてたので、この機会を逃してはなるものか!と閃光の速さでクーリエちゃんの表情を見たが、いつもの無表情だった。
だが、ほんのわずか、ミリ単位で唇の端が釣り上がっていたのは見逃さなかった。
この笑顔の残滓を見られただけで、ここに来た甲斐がある。
できたらもっとクーリエちゃんの笑顔を見たいものだ。
「ここに関しては、俺の方がクーリエちゃんより詳しいしな。聞きたいことがあったら、どんどん聞いてくれていいよ。このエチゼン先輩に、な!」
俺はここぞとばかりに先輩風をビュービュー吹かせた。
「何ですかそれ……ふふ。じゃあ、あのお店は一体――っと」
一瞬、確かに笑顔を浮かべかけたクーリエちゃんだが、突然眉を顰めたかと思うと、俺に向かって素早く手を突き出してきた。
や、殺られる!?
先輩風を吹かせたことがそんなに罪深かったのか……そう思い体を強張らせていると、いつまで立っても体を貫く衝撃は訪れない。
よく見ると、クーリエちゃんの手は俺の脇をすり抜けて背後に向かっていた。
手の先には――小さな子供が1人。首根っこを猫のように掴まれていた。
「くそ! 離せよ!」
首根っこを掴まれた子供がジタバタ暴れる。
癖っ気のある赤い髪をした子供だ。年は……10くらい、か?
「え? なに? どうしたのクーリエちゃん?」
「……エチゼンさん。お財布」
どこか不機嫌そうにクーリエちゃんが言った。
慌てて28あるポケットのⅩ番目にしまってるはずの財布を捜すと……ない。
他のポケットを探すも、どこにもない。
無くなった財布。突然掴まった子供。
なるほど。
スリか――(1ページ真っ白な背景使って)
「早く出しなさい」
「あ!? や、やめろ! ゆ、揺らすな!」
クーリエちゃんの手が上下して、子供が上下に揺すられる。かなりの早さだ。
秒間5回ほどの速さで揺すられた子供は「わ、分かったから! 出す! 出すから! やめて! 別の物出ちゃうからぁ!」と口を押さえながら、胸元から俺の財布を取り出した。
揺らされていたせいで、財布はポーンと飛び、そのまま俺の胸ポケットのⅦ番目にホールインワンした。
ⅩからⅦ……裏設定かな?(分かりにくいネタ)
「ス、スられてたのか。いつの間に……」
全く気づかなかった。俺が気づかないなんて、この子供、相当プロだな。
クーリエちゃんじゃなきゃ、気づかなかったに違いない。
「く、くそう……上手くいったと思ったのに……」
「ははは! 今度からは相手を見てからにするんだな!」
よりにもよって俺から盗もうだなんて……10年早いんだよ!
「相手を見てチョロそうだと思ったんだよ! どこからどう見てもあんたカモにしか見えなかったよ!」
このガキ……俺をチョロそうだと……?
ムカツクでーす!
罰を与えるという名目で、色んな部分にタッチしてやろうか? ドキドキ魔女裁判の刑に処してやろうか?
あ、ちなみに俺がショタに目覚めたわけではなく、この子供は間違いなく少女だ。ボーイッシュな格好してるけど、何となく勘で女の子っぽい気がしたから鑑定したらビンゴだった。
「な、なんだよその目は! あ、あたしに何する気だ!? 絶対変なことする気だろ! へ、変態!」
おい、ネタバレはやめろ。
揺するのを止めたクーリエちゃんが、俺に視線を向けた。
「どうしますエチゼンさん? 反省してもらう意味も込めて――ここは死んでもらいましょうか?」
「心を入れ替えて来世で頑張れってこと?」
流石クーリエちゃん、来世のことを見越して罰を与えるとか、視点がスーパーマクロだわー。
クーリエちゃんの慈悲深さ、マジ菩薩級!
「い、いやいや! 殺さなくていいから! え、どうしたのクーリエちゃん? 何で切れてんの?」
普段から表情が分かりにくいクーリエちゃんだが、今は超分かりやすくブチ切れていた。
「……別に。楽しかったところを邪魔されて怒ってるわけじゃないです」
「お、怒ってるんだ……」
「あと、わたし以外の人間にエチゼンさんが変態って言われて、それで怒ってるわけでもないですから」
「なにその歪んだ独占欲」
ともかく、突然の乱入者にクーリエちゃんは非常に激おこだった。
多分、このままだと往来でサクッとこの少女を暗殺して、その凄腕暗殺スキルでバレずに死体を隠蔽するところまでやっちゃいそう。
こんだけ騒いで周りに気づかれていない辺り、暗殺向けの魔法なり何なり使ってるっぽい。
「ちょ、ちょっと嘘だろ……こ、殺すとか……ただのスリだし……な、なぁ?」
「……」
「ひぃ!? マジだ! この女! マジであたしを殺す気だ!? もう、何人も殺してるからもう1人くらい……って目だ!?」
「失礼ですね。人間は殺してません。人間は……ね」
多分、人間に近い物はもっさり殺してきたんだろうクーリエちゃんの目に迷いはなかった。
やべぇ……このままだと、クーリエちゃんにキルスコアが付いちゃう。
それにこのまま目の前でサックリ人が死んじゃうとか、俺に新しいトラウマが出来て、ただでさえ遅れてる冒険者デビューが更に遅れちゃう……!
守護らねば……俺がこのスリ子を守護らねば……!
「ま、まあまあ……財布も無事に戻ってきたしいいじゃん。この子も反省してるし。……な?」
「してるしてる! 反省してるから! してるからぁ……殺さないで……変態なことしてもいいからぁ……殺されるのだけは……やだぁ」
おや、合法的に少女に変態なことを出来る言質をとってしまったな……。
この言質、捨てるのは勿体ないし、いつか役立つかもしれないから俺の心の中にしまっておこう。
俺の説得と少女の涙(あとそれ以外の液体)のお陰か、クーリエちゃんは軽く溜息を吐いて、少女を下ろした。
「……行きなさい」
「は、はいぃ! そ、そこのあんた! カモの兄貴! この恩は忘れないからな!」
「カモの兄貴て」
少女はそのまま走り去っていった。
「……とまあ、賑わってるだけにそれを狙ったスリも多い。クーリエちゃんも気を付けるように」
「ええ、そうします。エチゼン先輩も気を付けてくださいね」
「……はい」




