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初めてのスキルアップ

 おっすオラ、エチゼン!

 半年前は普通に日本で大学生してたんだけど、今は剣と魔法のファンタジーワールドにいるんだ!

 こんな世界に来たからには、そりゃ冒険者を目指すよな! 男なら!

 俺もそうだ。頑張って冒険者になる為、日々頑張ってるんだ。

 

 え、今? うん、今は……まあ、ちょっとバイトとかして……英気を養っているっていうか……年下の女の子の家に住まわせて貰って……はい。そうです、ヒモ……ですね。

 いや、ヒモっていっても家事とか全くしないでゴロゴロしてる悪いヒモじゃなくて、ちゃんと料理も掃除もしてるしバイトしてるし、いいヒモなんだ。そこのところ分かっててほしい。

 

 え、ヒモの仕事?

 そりゃ食事とか掃除とかの家事全般に家主が望むことは何でもやるよ。

 風呂で頭洗ったりもするし、寝る前に寝物語を語って聞かせたりもする。求められれば夜伽だってするけど、そっちの方は今の所求められる気配はない。まあ、いずれ『エチゼンさん……わたしの大切な所が……切ないんです……』みたいなこと言われるだろうし、その日に備えてイメージレイ……イメージプレイは欠かしていない。


 そんなヒモ街道をゆったり進撃している俺ですが、何だかんだあってクーリエちゃんの髪切ることになりました。




■■■



「ではお願いしますね」


 目の前には鏡。

 椅子に座り首にタオルを巻いたクーリエちゃん。

 そしてその背後に立つ俺。手に持つのはハサミ。

 

 何だか分からんが、俺がクーリエちゃんの髪を切ることになってしまったぞ。 

 人生何が起こるか分からないけど、まさか自分が美容師の真似事をすることになるなんて思わなかった。

 髪を梳くのは風呂上りに毎日しているが、流石に髪を切るのは初めてだ。

 といっても、他人の髪を切るのが初めてというわけではない。


 昔、妹が小学生の頃、俺が妹の髪を切ってやっていた。といっても素人なので、本当ただ短くするだけのカットとも呼べない代物だったが。

 そんな妹も中学生になり、友人に誘われて美容院に通うようになった。

 本人は俺のカットでもいいと言ってくれたのだが、流石に中学生の髪を切って変な髪型にして苛められる……そう考えると、俺は妹専属の美容師を引退せざるをえなかった。

 しかし異世界に来て復帰することになるとは……。


「……ゴクリ」


 緊張のあまり、生唾を飲み込んでしまう。

 見下ろせばクーリエちゃんの青い髪の中にある可愛らしい旋毛も丸見えだ。

 透き通るように艶やかな青い髪。

 ただそれだけで価値がある伸ばした宝石のような髪。


 それを今から、俺が、切るのだ。

 勝手に世界遺産に認定したくなる美しい髪を俺の手で……俺の手で切るのだ。

 こんなこと許されるのか? 人の身に余る行為なんじゃないか? これが原因で死後地獄に行くことになったらどうすんの? 

 それくらい素人の俺が彼女の髪に手を出すのは、罪深いことに感じた。 


 手が震えてしまう。


 そんな俺を見て


「ただ髪を切るだけですよ。そんな気負わないで下さい。別に失敗したからって文句は言いませんよ。エチゼンさん」


 そう言ってくれるクーリエちゃん。

 そうは言いますがね貴方。


「もし失敗して変な髪形になったらアレだぞ? その髪形のクーリエちゃん一番多く見るのは君じゃなくて俺なんだぜ? 見るたびに失敗した自分のふがいなさと罪の意識、無力感が俺を責めてくるんだぜ? 想像するだけで胃が……おぇ」


 俺そんなの耐えられない!

 そんな毎日に耐えられるほど図太かったら、高校の時に体育祭の後で行われた誘われてない打ち上げにも平然とした顔で参加できたっつーの。


「だったら自分で切ります」


「切るから! それだけはやめて!」


 クーリエちゃんが容赦なしに自分の髪の毛をぶち切る方が耐えられない。

 俺は震える手を押さえつけ、彼女の髪のハサミを差し込んだ。



■■■


――シャリ、シャリ


 数年前妹の髪を切っていた頃の経験、更にテレビやアニメ、漫画などで得た少ない知識を総動員して、慎重に慎重に髪の毛を切っていく。

 時限爆弾のケーブルを切るよりも丁寧に。

 髪に対して直角に切らないように、平行に切っていく。


――シャリ、シャリ


 少しずつ少しずつ、クーリエちゃんの髪が短くなっていく。

 しかし髪を切るってのは、こんなに精神的にクるもんなのかね。

 さっきから震えそうになる手を懸命に抑えたり、ちょっとでも切り過ぎると心臓ドキっとなるしで、かなりしんどい。

 

 そんな心臓バクバクいわせてる俺。一方のクーリエちゃんは最初こそ興味深そうに、自分の髪が切られていく様子や切っている俺の緊張具合を眺めていたけど、飽きたのか眠ってしまった。

 

「……すぅ……すぅ」


 女の命である髪を他人に切られているというのに、穏やかな表情で寝入っているクーリエちゃん。

 信頼されている嬉しさを感じる一方、俺がこんなに辛いのに何寝てるんだよこの女憎い!という相反する感情が生まれていた。

 鏡に映る俺の顔は、半分ニヤケ半分怒りでなんだか阿修羅男爵みたいになっていた。

 そんな表情でひたすら丁寧にカットしていく。


 行程にしてやっと半分が終わった頃、突然


――テテレッテッテレー


 と俺の脳内に軽快なBGMが響いた。


「なに!? え、なになに!?」


 不思議と懐かしさを感じる、聞いていてテンションの上がる音。

 次いで聞こえてきたのは、ヤツの声。


『おめでとうございまぁす』


 俺はこの声を知っている。

 この声はそう――女神の声だ。


『正解ですよぉ。かれこれ一週間ぶりのテレパシーですねぇ。お元気でしたかぁ?』


 相変わらずフワっとした気の抜ける声に、ハサミを落としそうになってしまう。いかんいかん。流血沙汰になってしまう。


 一体何の用なんだ?

 あ! もしかして――《ギフト》が完成したのか!?


『1ヶ月かかるって言ったじゃないですかぁ。《ギフト》はまだですよぉ。今日、やっと箱ができたところですぅ』


 箱?


『はい箱ですぅ』


 箱って……え、何? 何の話?


『ですからぁ、ギフトを入れる箱ですよぉ。普通にギフトだけ渡したら何のありがたみも無いじゃないですかぁ。ちゃんとプレゼント用の箱に入っていてた方が嬉しくありません?』


 そもそも《ギフト》とやらがどういう形で、どんな見た目なのかも分からないから、なんともいえない。個人的には光の玉みたいなのをイメージしてるんだけど……どうなんだろ。

 ……箱って必要なの?


『必要か必要でないかと言われれば……まあ必要ではないんですけどねぇ。でも、送り物って言ったら箱に入ってるものじゃないですかぁ。お友達にお誕生日プレゼント渡すときも、そのまま渡さないでちゃんと箱なり何なりに包んで渡しますよねぇ?』


 誕生日プレゼントを渡せるような友達がいなかったから、そんなのは知らん。

 まあいいんだけどさ。ちゃんと間に合うんだよな? その箱作ってて、本命の《ギフト》間に合いませんでしたとか、俺マジ許さんよ?

 

『大丈夫ですってぇ。神に二言はありません。しっかりと1ヶ月以内に《ギフト》をお渡しします……多分』


 最後小声で何か言っていた気がするけど……まあいいや。

 じゃあ、一体何の用なんだ? さっきのBGMはなに?


『スキルアップですよスキルアップ。さっきのはスキルアップのお知らせBGMですよぉ』


 ああ、ゲームとかでよく聞くあれか。ていうかまんまあのBGMだったけど大丈夫なのか?


『微妙に音程を変えてるので大丈夫ですよぉ』


 そうか……。

 ていうか女神ってこんな仕事もするんだな。異世界に送った人間全員にこのお知らせしてたら、かなり大変なんじゃないのか。


『そんな面倒くさいことしませんよぉ。これは、エチゼンさんだけです。エチゼンさんだけにこうやって私がわざわざお知らせしてあげてるんですよぉ』


 え? 俺……だけ?

 待って待って。それってつまり……そういうこと?

 あんだけ俺のこと下等生物だの気持ち悪いだの言ってたけど……本当はそういうことなの?

 特別ってそういうことだよな? その俺のこと……憎からず思ってるってことだよな?


 俺今までこういう『あなただけ特別』って感じの謳い文句で散々騙されてきたけどさ……今回は信じていいのか。

 久しぶりに会った同級生に『エチゼン君だけだから。他の人には秘密だよ』って言われてついわけのわからん絵とか買わされたりしたけどさ……。

 今回は……クーリングオフしなくてもいいのかな。

 そうだよ恋にクーリングオフなんてないんだもの!

 女神ちゃんの仄かな恋心、俺……受け入れるよ。


『さっきから気持ち悪い思考が駄々漏れなんですけどねぇ。あの、本当に勘違いしないで下さいねぇ。この特別扱いは、あくまでエチゼンさんにギフトを渡していない分の措置であって、恋だの愛だのそういった下等生物特有の感情は含まれていませんから。エチゼンさん、あなた自分より下等な存在、例えば蟻にそういった感情を持てますかぁ?』


 蟻か……。流石にそれは無理……いや、待てよ。確かに普通に蟻なら無理だけど、人間の言語で話してかつ俺のことをちゃんと好きだって言ってくれるなら……壁乗り越えちゃうかもしれんね。種族の壁を。


『……』


 え、どうしたの?

 俺の種族の差をもろともしない男意気にクラっときた?


『……クラっとって言うか、うわぁ……と』


 うわぁ、カッコイイ……みたいな?

 よし、どんどん惚れろ。

 で、スキルアップだよな。

 スキルって『鑑定』とか『氷魔法』とかのアレだよな。

 クーリエちゃんからスキルレベル上げるにはとにかく使いまくることだって言われて、普段からこまめに使ってたからな。やっと上がったのか。

 一体何のレベルが上がったんだ? 

 できれば『鑑定』のレベルが上がって、まともにステータスを見れるようになりたい。

 これこの世界に来て初めてのスキルアップだよな……ドキドキ。


『美容師です』


 は?


『ですから美容師スキルが上がったみたいですねぇ。1から2に』


 え、美容師って……スキルなの?

 しかも1から2って。


『その世界に行く前から持っていたスキルみたいですねぇ。それが上がって2になったと』


 妹の髪切ってたからか?

 スキルってそういうのなの?


『まあ、レベル2でも素人に毛が生えたくらいのレベルなんで使い物になるかは微妙ですねぇ』


 美容師だけに毛が生えたってか。

 上手い!


『いえ、別に狙って言ったわけじゃないので』


 しかしこの世界に来て初めて上がったレベルが美容師スキル……。

 なんだかスキルにまで『お前冒険者向いてねえから!』って言われてる気がするぞ。


『いっそ美容師でも目指したらどうですかぁ? 世界的に有名なカリスマアーティストになる、それもまた一つの道だと思いますよぉ』


 ……い、いやいや。その道はないから。俺が登るのは冒険者坂だから。そっちの坂を登る気はないんで。


『そうですかぁ。ま、いいですけど。じゃあ、そろそろ切りますねぇ。ちなみに言っておきますけどぉ、今回は初めてのスキルアップだから特別に私が直々にお知らせしましたがぁ、基本私とても忙しいので、次回からはシステムボイスで対応しますねぇ。そこのところよろしくお願いします』


 まあ、忙しいなら仕方ないか。


『じゃ、またの機会に。――あ、はい大丈夫でぇす。用件終わりましたからぁ。あ、次私がクエスト貼ってもいいんですかぁ? ありがとうございまぁす!』


 そしてテレパシーが切れた。

 忙しいってオンラインゲームかよ。

 ほんまあの女神いつかギャフンと言わせたいものですな。次女神の前に現れたら、開幕エチゼンリバースをお見舞いしてやろうか。



■■■


 美容師のスキルが上がった効果か、先ほどまでと違い滑らかに手が動いた。

 次どこを切ればいいのか、どのくらいの強さでハサミを動かせばいいのか、それが直感的に理解できる。


――そして


「いい感じじゃないか」 


 自分でも思っていた以上に、上手く仕上がった。

 と言っても、以前の記憶を参照して、全体的に短くしただけだが。

 それでも素人の自分にしては上手くいったと思う。これもスキルのおかげか。


 文句なしのできたと思う。思うのだけど……気になる点が一つ。


――ピョイン


 何か、頭頂部からご立派なアホ毛が……。

 さっきまでは無かったのに、いつの間にか生えていらっしゃる。

 おかしいな……と、とにかくクーリエちゃんが目を覚ます前に伐採しないと。


 アホ毛の根本に開いたハサミを当て、一気に閉じる。


――ピョイン


「なん……だと……?」


 その時不思議なことが起こった。

 なんとアホ毛が体をしならせ、ハサミを回避したのだ。

 いや、ありえないだろう。そう思い再度チョキンと行く。


――ピョイン


 また躱された。

 まるで自我を持っているかのようにアホ毛が動き、俺のハサミを回避する。


――チョキン、ピョイン。チョキン、ピョイン。チョ……チョキン、ピョイン。


 切る、躱される。切る、躱される。切る……と見せかけて切らない。と思いきや切る……が躱される。


 一体なんなんだコイツは……。

 俺の美容師スキルが上がったことで、よく分からない謎の生物を生み出してしまったのか? 

 だったら、俺が責任を持って処分せねばならない。


「ええい! ちょこまかと……これでも食らえ! エチゼン散髪殺法――乱れ雪月花!」


 避けられるなら避けられないほどの手数で攻撃すればいい。

 圧倒的な飽和攻撃。

 ハサミが踊り、ほぼ一瞬で9つの斬撃が走った。

 

――ピョインピョインピョイン


 だが渾身の必殺も全て躱された。

 しかも斬撃9つに対して、3度の回避で全てを躱した。

 完全に見切られている。


――ぴょいん! ぴょいんっ!


 しかも楽しそうにハサミにじゃれ付いていやがる。


「こ、こいつ……舐めてるな。アホ毛の分際で人間様に楯突きやがって!」

 

 こうなったらアレをするしかないか。

 エチゼン散髪殺法最終奥義――罵裏漢バリカンを。全てを無と帰す滅殺の刃。あの妹ですらこれを食らった後、1週間は口をきいてくれなかった禁断の技。その封印を解くか、解かざるべきか。

 早めに判断しないとクーリエちゃんが目覚めてしまう。

 目覚めて自分の頭にこんな間抜けな物が生えてると知ったら……処されゆ。俺、処されちゃうわ、きっと。ううん、絶対。

 仕方ない。封印を――


「……へえ」


 クーリエちゃんがいつの間にか目を開いていた。

 視線の先は鏡。鏡に映っている自分の髪、そしてその頭頂部にそびえ立つアホ毛。

 頭を動かし、側頭部、後頭部、頭頂部を眺めていく。

 その顔に映る表情は読み取れない。怖くて見れない。処す系の表情だったらと考えると、今すぐこの場から逃走したくなる。

 

「ち、違うんすよ! い、今からこのネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲をバッサリいっちまうとこなんです!」


 苦し紛れの言い訳を放つ。

 だが、クーリエちゃんが返してきた言葉は、俺の想定外のものだった。


「……可愛いです」


「は?」


「いいですね。前とちょっと髪型が変わりましたけど、気に入りました。エチゼンさんお上手ですね」


 お世辞でもなんでもなく気に入った様子で、自分のアホ毛をいじいじ触るクーリエちゃん。

 どうやらこのアホ毛が彼女の琴線に触れたらしい。

 正気とは思えない。

 未だ彼女のことを理解しているとは言い難い今日この頃、また分からない部分ができた。


「……恐悦至極」


 とにかく気に入ったのならまあいいか。


 仕上げに櫛で髪の毛を梳いていく。

 

「……んっ」


 くすぐったいのか身を捩るクーリエちゃん。

 アホ毛もぷるぷる震えている。

 髪を梳いた後、頭皮のマッサージをするとアホ毛もリラックスするかのようにグデーと伸びた。

 なんだコイツ……。実はこれ俺が気づかない間に寄生した新種の生き物か何かじゃないの? 宿主の脳を乗っ取ろうとして失敗、仕方ないからアホ毛に擬態して養分を吸い取ってるヤツじゃないの? 漫画で見たぞ。


 そんなアホ毛が、緊張したようにピンと伸びた。


「と、ところで、エチゼンさん」


「ん、なに?」


「わたし、明日から2日ほど仕事を休むつもりなんです」


 冒険者に決められた休日はない。何日働いてもいいし、いつ休んでもいい。

 それだけ聞くと凄い融通の利く社蓄の皆様が喜びそうな仕事だが、ダンジョンに潜らないと収入がないのでそうそう甘いものではない。

 しかも聞いた話によると、長期間冒険者として活動していないと冒険者としての資格を剥奪されるとかなんとか。

 剥奪された資格を再度得るには決められた時間の座学を受けて、指定されたクエストをクリアしなければならないとか。車の免許みたいですね。


 しかし、休みか。


「俺も明日から2日休みなんだ」


「そうですか。それは偶然ですね。まさか、わたしが休みをとろうと思っていたタイミングでエチゼンさんも休みだなんて……偶然、ええ偶然ですね」


 確かに珍しい。

 俺も普段2日連続で休むことなんて無いのだが、バイト先に新しいバイトが入るらしくその間に休みをとらされたのだ。

 次バイトに行った時はその新しい子に会うし、ちょっと楽しみ。そいつがワカバちゃん目当てに入ったナンパな男なら、まあちょっとアレをアレして自主的にやめて頂くけども。


 クーリエちゃんのアホ毛が弱弱しく、何かを探るように震える。


「休みの間、エチゼンさんは何をするんですか?」


「いや、特に考えてないけど」


 いきなりの休みだし、予定なんて立てていなかった。

 俺の言葉に特に興味なさそうな口調で「そうですか」と返すクーリエちゃん。

 何故かアホ毛が嬉しそうに揺れていた。


「クーリエちゃんは?」


「わたしですか? そう、ですね。わたしも――」


「友達と遊びに行ったりしないの?」


「いませんよ友達なんて」


「そ、そっか」


 いや、そうじゃないかなぁとは思っていたけど、やっぱり友達いないのね。

 この年で友達の1人もいないし、それについて特にどうも思っていないようだし……昔の自分を見ているようで、胃が痛くなる。

 いずれクーリエちゃんにも友達を作ってあげたいが、他人に友達の世話をできるほど余裕があるわけでもないのも事実。

 まあ、これに関しては後々……、


 しかし俺とクーリエちゃんの休みが重なって、お互いに予定がない、と。


「もしよかったらさ、俺と一緒に外出でもしない?」


「……一緒に、ですか」


「クーリエちゃんさえ、よければだけど」


 よくよく考えると、休みの日に2人で出かけたことはない。

 クーリエちゃんと過ごすのは基本的に家の中だけなので、一緒に外出したこともない。

 お互い仕事もあるから、仕方がないけども。

 これはいい機会かもしれない。


「そう、ですね。エチゼンさんがそこまで言うのなら、いいですよ」


「よし決まり。じゃあ昼くらいから――」


「朝から」


「え?」


「朝から出かけましょう」


 できるなら昼頃までゴロゴロしてたいんだけど。

 だがクーリエちゃんの有無を言わさない圧力に、その言葉を口にすることはできなかった。


「う、うん……分かった。じゃあ朝からで」


「はい。じゃあわたし、このままお風呂に入るので。……その、頭を洗うときになったら呼ぶので、お願いします」


「分かった分かった」


 自分で髪を洗えないことに対して、無表情の中に申し訳なさと恥ずかしさを混じらせ浴室に向かうクーリエちゃん。

 いつもと変わらない足取りに対して、頭の上で主張するアホ毛は大好きな飼い主に会えた子犬のようにピコピコ揺れていた。


 明日はクーリエちゃんとお出かけか……。

 

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