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新しい日々が幕開けない

 女神との遭遇から、俺の人生は新しいステージへと進んだ――なんてことはなく、今までと特に変わらない日々が続いていた。

 今日もバイトを終え、家に帰り夕食を作り、クーリエちゃんと食事を共にする。

 今日はいい魚が手に入ったので、和食を再現してみた。鯖っぽい魚の煮付けは思っていた以上に上手くできた。

 クーリエちゃんも気に入ってくれたようで、次々と食卓に並んだ食事を平らげていく。


「ごちそうさまでした。……けぷっ」


 クーリエちゃんが手を合わせなが言った。

 食卓の上には山ほどあった食事は9割ほど俺たちの胃に納まっていた。

 残り明日のお弁当にでもしよう。


 お腹を摩りながら、クーリエちゃんが口を開く。 


「エチゼンさん。毎度のことですが……少々食事の量が多いかと」


「成長期だから大丈夫だろ?」


「今、わたしお腹いっぱい過ぎて一歩も動けないんですけど。それでも大丈夫と? 今この瞬間に強盗が襲ってきたらどうするんですか? エチゼンさんが目の前で強姦されても、わたしは助けることができませんよ?」


「なんで俺が襲われる前提なわけ?」


 俺は自身のまろやかなおバックドアを抑えつつ言った。

 しかしクーリエちゃん、今動けないのか……。

 つーことは、俺が今なにしようと反撃できないということ……!

 例えばそう、背後から忍び寄って鎖骨を舐め回したり、鎖骨をトントンして一曲奏でてみたり、鎖骨にお酒を溜めて啜ったり……色々できるってわけだ。

 やってみる価値はありますぜ! 


「……なにやら邪まな視線を感じます」


 流石というか何というか、直感で俺の思惑に気づいたのか両手で鎖骨をガードするクーリエちゃん。

 そうか、椅子から動けなくても手は動くわな。

 もし俺が行動に移していたら、クーリエちゃんの俺じゃなくても気づかない速さの手刀が放たれ、首と胴体が永遠にサヨナラしていただろう。危ねー。

 

 食事の量に関してだが、減らすつもりはない。

 まだまだ平均的な体型には届いていないし、俺が個人的にちょっとふっくらした感じの方が好きだからな。

 寝てるときに抱きしめられたら、骨とか当たって痛いんだよね。


 食卓の上の皿を片付け、さっさと洗い場で洗う。

 洗い終えてから食卓を見ると、クーリエちゃんのただでさえ睨みつけるようして細い目が更に細くなっていた。

 よく見るとゆっくりだが、頭がふらふらと揺れている。現在時刻は8時。食欲が満たされたので、次は睡眠欲に襲われているのだろう。


「クーリエちゃんや」


「ね、寝てません」


「いや、何も言ってないし。寝るなら風呂入って、歯磨いて、宿題してからにしなよ」


「ですから寝てません。……というか宿題ってなんですか」


 これだからゆとりは……ド○フも知らんのか。

 いや、知らんか。ここ異世界だったわ。


「コーヒー淹れるけど飲む?」


「……もらいます」


 若干嫌そうな顔をしながら、クーリエちゃんは言った。

 1度ブラックコーヒーを出してから、コーヒーという単語が出ただけでこの表情だ。

 だが、それでも『大人の飲み物』というだけで、挑戦しようとするクーリエちゃんはまだまだ背伸び盛りの子供だ。

 

 自分用にブラックコーヒーを作り、クーリエちゃんには砂糖を5個入れる。

 湯気を立てるティーカップを持ち、食卓に座った。

 やはり眠そうなクーリエちゃんの前にコーヒーを置く。コーヒーを淹れている間に、睡眠欲が進行していたみたい。


「熱いから気を付けるんだぞ」


「……はい。わかり……ました……」


 うつらうつらと頭を揺らすクーリエちゃんがティーカップを手に取る。

 俺が止める間もなく、コーヒーを啜り――熱さのあまり、散弾銃タイプの水鉄砲の用に噴出した。


「ひゃふいっ!」


「だから言ったじゃん、熱いって。全く……ぺろぺろ」


 クーリエちゃんは俺の正面に座っているので、当然のように噴出されたコーヒーは俺の顔面に直撃した。

 甘めのコーヒーでベタベタになる俺の顔。

 もしかしたら『ぺろぺろ』といった言葉で、俺がそれを舐め取ったと勘違いした人もいるかもしれないが、それは勘違いではなく正解だ。

 クーリエちゃんのコーヒーおいしいなり……。

 もうこれ、コーヒーじゃなくて、クーヒーだな。なに言ってるか分からんけど。


「しかし相変わらずの猫舌だな」


「わ、わたし氷属性ですから」


 なにを言ってるんだこの子は。ファンタジー特有のジョークか?

 今の言葉の意味について考えるも理解できずにいると、舌を出して涙目のクーリエちゃんがコーヒーを俺に差し出してきた。

 なんだ? 


「冷ましてください」


 先ほどの熱さで覚醒したが少し眠気の残った顔でそう言った。

 クーリエちゃんは眠くなると、こちらに対して甘えるような素振りを見せてくる。

 もしかするとそちらのクーリエちゃんの方が素で、普段のドSご用達ロリな姿は演技なのかもしれないと思う今日この頃。

 実は甘えん坊だけど演技で頑張って罵詈雑言を放っているロリという果てしなく無限大な可能性について考察していると、それだけで夜が明けてしまうな。


 それはそれとして、コーヒーを冷ますことにしよう。

 よし、ここはクーリエちゃんから習ったスキル《氷魔法》を見せるとき。

 コーヒーに向かって手を翳し、集中する。

 

「エチゼンさん、なにをしてるんですか?」


「いや、氷魔法でコーヒーを冷やそうかと」


「なに馬鹿なことしようと……ふあぁ……してるんですか? 魔法をそんな下らないことに使わないで下さい」


 普段自分でぶち割った食卓を魔法で直したり、俺が吐いたゲr……もとい星屑の記憶(スターダストメモリー)を魔法で片付けてるのはどこの誰なんだと言ってやろうか。

 いや、言ったら言ったで何だかんだで俺がゲロぶちまける結末が見えてるから言わないけども。


「いつものでいいんです。いつものをして下さい。……わふ」


 噛み締めるように欠伸をするクーリエちゃん。

 いつものっていうと……あれか。

 まあ、やりますけどね。


 俺は口を窄めてクーリエちゃんのコーヒーに息を吹きかけた。

 フーフー吹く。吹いて冷ます。

 自分より年下の少女の目の前でその少女が飲むコーヒーに息を吹きかけていると、産んでくれた母親に申し訳ない気持ちになることもあるけど、私は元気です。


「冷たくなーれ。萌え萌えふー☆」


「そういうのはいりません」


 厳しいなこの子……。


 そこそこ温くなったコーヒーをクーリエちゃんに渡す。

 ティーカップに触れ、慎重にカップを口元に運び飲む。

 十分に舌で味わった後、コクリと音を立てて飲み込む。


「……ふぅ。やはり食後はコーヒーにかぎりますね。これぞ大人の味。前は苦く感じましたが、最近は舌が大人になってきたのか、美味しくなってきました」


 フフフ、と薄く笑みを浮かべるクーリエちゃん。

 俺は何も言わなかった。

 砂糖だけでなく、こっそりチョコレートを溶かしている彼女のコーヒーはもはやコーヒーに近い何かであることを俺は言わない。

 いつか彼女が大人になった時に本当のコーヒーを出して、その反応を見たいからだ。


 自分のコーヒーを飲みながらクーリエちゃんを見ると、あることに気づいた。


「なんかクーリエちゃん、髪伸びた?」


「はい? 髪、ですか?」


 俺に言われて気づいたのか、自身の青い髪を弄る。

 基本的に常に肩の辺りまでしか伸びていなかった彼女の髪だが、今は肩甲骨の辺りまで伸びている。前髪も目の辺りにかかりそうだ。

 ここまで伸びているのを見るのは初めてだ。ていうか髪とかどうしてるんだこの子? 俺が知らない間に、カットにでも行ってるのか?

 

 髪を弄りながら、何かを思案するクーリエちゃん。

 しばらくすると、納得したように口を開いた。


「そういえば、最近はモンスターの攻撃を余裕を持って避けるようにしてましたね」


「は?」


 一体何を言い出すんだこの子は? 髪が伸びたって話から、何でモンスターの話?

 話の展開が自由過ぎるだろ。そんなことするんだったら、俺だっていきなり、女の子と二の腕の柔らかさは下乳の柔らかさと同じって学説を語るぜ?


「前までは効率を優先して、可能な限りギリギリで回避して素早く敵を倒すようにしていたので、攻撃が掠ることはよくありました」


「あ、ああ……」


 思い出す。

 俺を拾った頃のクーリエちゃんは、触れれば折れそうなくらい華奢で、仕事から帰ってくるとその体にいつも小さな傷をいくつも作ってきた。


「その攻撃でいつの間にか髪も斬られてたみたいです」


「……えっと、つまり戦略を変えて敵の攻撃が掠らなくなったから髪も切られなくなって、髪が伸びたと」


「そういうことですね」


 普通の調子でそんなことを言うクーリエちゃん。

 髪斬られるほどギリギリで避けるって、本当にそれこそ一歩間違えれば致命傷に至るだろうに。

 それを平然と語る辺り、この子は普通の子ではないと思わされる。


「しかし、何でまた急に戦略を変えたわけ?」


「それは……」


 ちらりと俺を見てくる。何だろうかと見返すとぷいと目を逸らされた。

 頬が赤い。


「もしかして、俺が言ったから?」


「……っ」


 何度も傷だらけで帰ってくる彼女に、この世界に来たばかりの俺は何も言えなかった。余計なことを言ってここを追い出されたら俺は行く場所もないし、平然としている彼女を見てそれがこの世界の常識だと思ったからだ。

 だが何度も何度もそれが繰り返され、蓄積された感情が爆発した。

 あの時、かなりプッツン来てたので、正直何を言ったかは覚えていない。

 だけど『そんな綺麗な肌に傷が残ったらどうするんだ』『人類にとっての損失だろうが』みたいな頭悪いことを言った気がする。

 

「な、なにを言ってるんですか? そんなわけないでしょう。エ、エチゼンさんに言われたくらいで、ずっと続けてた自分の戦い方を変えるわけないじゃないですか。馬鹿馬鹿しい。ほんとエチゼンさんは馬鹿ですね」


「だったら何で?」


「そ、それは……アレです。もしわたしがダンジョンで死んだら、誰かエチゼンさんを養うんですか? そうです。エチゼンさんが路頭に迷って野垂れ死んだりでもしたら、それこそわたしの責任問題になりますから。そういうことです」


 はいはい、この話はここまで。そう言わんばかりに、テーブルをバンバン叩くクーリエちゃん。

 結局、俺のためってことじゃん。


 この子は本当に……。素直じゃないな。

 

「……んんっ。まあ、髪が伸びてきたことに関しては、何とかしなくてはいけませんね。ここまで長くなると、戦闘に支障が出ますし」


「だったら散髪でも行くか? 知り合いに教えてもらったいい所があるんだけど」


 知り合いってのはワカバちゃんだ。あのフワフワキューティクルヘアースタイルはその散髪屋でカットしてもらっているらしい。

 ワカバちゃんのお勧めなら間違いないはず。


「散髪? ああ、お金を払って髪を切ってくれる場所があるんですか」


 どうやら散髪屋という存在を知らなかったらしい。

 流石モンスターにカットして貰っていた野性少女は言うことが違うな。


「少し興味が無いことも無いですが……面倒なので、自分で切ります」


 と言うと、いきなり立ち上がり台所へ向かうクーリエちゃん。

 何をするかと思えば、突然包丁を手にした。

 え? niceboatな展開? 俺、選択肢間違っちゃった?


 クーリエちゃんは手にした包丁を、後ろ髪と首の間に差し込んだ。

 そのまま青い髪に包丁を差し込んで――


「うおおおおおお!? 何をするだあああああ!?」


「な、なんですかエチゼンさん? は、離して下さい……!」


 髪をブッチンするギリギリ直前、彼女が包丁を掴んでいる手を握ることができた。

 我ながら凄まじい速さだった。人間その気になれば、限界を超えることができるらしい。


「なにしようとしてるんだ!?」


「い、いえだから自分で切ろうと」


「そんなもんで切ったら痛むでしょうが! ていうか、鏡すら見ないで切るとかマジありえねえ! ショックのあまり吐きそうになったわ!」


「は、吐く? ――は、離して下さい! なに零距離でわたしに吐きかけようとしてるんですか!? エチゼンさんこそありえませんよ!」


「吐かないから! 例えだから! い、いいからその包丁を放すんだ!」


 包丁を奪い合う俺とクーリエちゃん。

 見る人が見たら確実に通報するだろう光景だ。

 

 圧倒的な力で俺を振りほどこうとするクーリエちゃん。だがここで負けるわけにはいかなかった。

 ここで負けたらあの綺麗なブルーヘアーがネギを切るようにザクザク切られてしまう。

 それだけは避けなければならない。


 くっ、こうなったら仕方が無い……!


「おえ――」


「ひゃわぁぁぁ!?」


 俺が口を開いて発射体制に入った瞬間、包丁を投げ出して脱兎の如く逃げ出すクーリエちゃん。

 そのまま部屋の隅っこまで避難して、威嚇するようにこちらを睨みつけてくる。


「ふーっ、ふーっ!」


 猫みたいだな……。

 

 ふふふ、どうやら俺の勝ちのようだ。以前俺がリバースしたのがよっぽどトラウマになったのか、作戦は上手くいった。

 とにかくこれで包丁を奪うことができた。

 

 その後、何度か説得するも外に髪に切りに行きたくないというクーリエちゃん。

 だが自分で切るのだけは避けて欲しいと主張する俺。

 

 双方の意見がぶつかり、結果――


「だったら、エチゼンさんが切ってください」


 そういうことになった。

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