職業:バイト(スキル『ヒモ』持ち)
生まれて初めてのファンタジー小説です。
頑張ります!
「ふんふんふふーん」
石畳が続く道を鼻歌を歌いながら歩く。日も暮れ始め、俺の脇を子共達がきゃいきゃい言いながら、走り抜けていく。
俺が「早く家に帰れよー」なんて言うと、子共達は分かったのか分かっていないのか適当に返事を返し、そのまま見えなくなった。
俺はこの街が好きだ。ここに来て半年、辛いこともたくさんあったけど、こうして平凡な日々を送ることができている。俺は俺を受け入れてくれたこの街を愛している。
俺がかつて暮らしていた世界とはあらゆる意味で違うこの世界。車なんて走ってないし、テレビもない、インターネットもないこの世界。不便さはあるが、もう慣れてしまった。今では犬の耳が生えた相手に話しかけられても、平然と答えられるくらいに。
俺がこうして生きていけるのは、俺自身の運もあるだろうが、やはり彼女のおかげというのが一番だろう。何も知らない、頼る相手もいない、あらゆる意味で孤独だった俺を救ってくれた彼女。
「さて。頑張って働いてるあの子の為に、美味い飯でも作るか」
見慣れた道を歩き、これまた見慣れた我が家に辿り着いた。鍵を開け、家に入る。
「ふんふんーん。んーんー……キャベツはどうした~」
鼻歌を歌いつつ、壁に設置された透明な石に触れた。天井に設置されていた石――魔石が発光し、真っ暗な部屋の中を照らした。
――そしたらね、いるんですよ……いない筈の少女が。
「きゃっ」
思わず少女の様な悲鳴をあげてしまった。何せ家にいない筈の少女が、食卓の前に座っていたのだから。しかも俺が灯りを点けるまで、暗闇の中でスタンバっていたとか……怖すぎるわ!
少女はいつも通りの無表情を俺に向け、口を開いた。
「お帰りなさいエチゼンさん。ですが、帰ってきて人の顔を見るなり、悲鳴をあげるなんて失礼だと思います」
「ごめんね! だって怖かったからね!」
若干キレ気味に言い、荷物を床に置いた。何故、この時間にここにいない筈のこの少女がここにいるのか。
当然の疑問をぶつける。
「今日は遅くなる予定だったはずだろ? どうかしたのか?」
「いえ。思ったよりも攻略が捗ったので、早く帰ることができただけです。何か問題でも?」
やはり無表情で首を傾げる少女。
問題っつーか、こんなドッキリ演出されたら俺の心臓に多大な問題が出てしまう。お化け屋敷とか苦手なんだよね。かつて遊園地デートで最初に入ったお化け屋敷に女の子を置いて速攻逃げた俺の記録、破れるかな?
「エチゼンさん、お話があります。座ってください」
少女――クーリエ・スノーラスト(クーちゃんって呼んだげて)が、食卓を挟んで正面の椅子を指した。
(何かヤバイ気がする)
この世界に来て培われた直感が『ヤベエっすよエチゼンさん!』と危険を知らせている。何だかよく分からんが、怒られる気がする。
ここはいつも通り、適当に場を誤魔化すか。
「あ、それよりも聞いてくれよクーリエちゃん! 今日街歩いてたら、ハデスに出会ってさ、ほら俺の小学生の時の同級生! アイツさ、小学生の時からやばいやばいと思ってたけど、やっぱりなってたわ――ハゲデスに」
「居もしない友人を捏造して誤魔化さないで下さい」
「今日四聖剣の一人、ゴルドバーン・スラッシュ見たんだけどさ……連れてた彼女がオークかよってぐらいのブスでさー」
「存在しない英雄を創りだして誤魔化さないで下さい」
「昼食の画像ツイッターにあげたら、なんとあのきゃりー○みゅぱみゅがフォロワーに!」
「訳の分からないことを言って誤魔化さないで下さい」
淡々と断ち切られていく俺の妄想。
だが、俺のスキル『誤魔化し力』は多分最高レベルの5。このまま誤魔化し続ければ、いつか『あ、もうこんな時間ですか。話は明日にしましょう』って感じて有耶無耶にできるはず。
「クーリエちゃんそう言えば……」
「エチゼンさん。座ってください」
「あの」
「座ってください、早く」
「だから」
「座りなさい」
「はい」
促されるまま、クーリエちゃんの正面に座る。
これ絶対アレだ。スキル『威圧』とか使ったやつだわ。だってそうでもないと、たかだか14の小娘に今年20歳になる俺がビビらされるとかないもん。
足とか超震えてるし、絶対これ邪眼とか使ってるわ、麻痺系の。あの人を人とも思わない目絶対邪眼の類だわ。
「さてエチゼンさん。話を始める前に、わたしに言うことはありませんか?」
「今日も可愛いよ」
「……」
無表情の顔に、サッと薄い朱が差した。
やった! ヤツに一太刀浴びせてやったぞ!
「……そうではなく、帰ってきたのだから、最初に言うべきことがあると」
「ん、ただいま」
「お帰りなさい、エチゼンさん」
俺が思うにこの子はかなり家族という物に憧れを抱いている。だからこうした形式的な家族としてのやりとりを求めてくる、どんな時でも。
前に珍しく風邪ひいてぶっ倒れてた時も、わざわざ迎えの挨拶を言う為だけに部屋から這って出てきたしな。
「では、本題に入ります」
「ご飯の後にしないか? ほら、迷宮から帰ってきて腹減ってるだろ?」
「……減ってません」
返事に間があったのは、図星だからだろう。
ちなみにクーリエちゃん、職業は冒険者であり、この街の中心ある迷宮の探索を生業としている。
しかも超強い。俺が彼女と殴り合いの喧嘩をしたとして、まず俺に勝ち目はない。仮に真夜中で不意打ち、俺は武器あり(伝説級の武器)、クーリエちゃんはオールデバフ状態、審判は俺の身内、彼女の大切な人を人質にとっていて、更に大切にしていたペットがついさっき死んで最悪のメンタルだったとして……やっぱりボコボコにされるくらいには強い。ぶっちゃけ人類とは思えない強さだ。
どのくらい強いか、俺の『鑑定Lv1』のスキルでステータスを見てみよう。
・名前:クーリエ・アルシエル
・種族:人間
・年齢:14歳
・レベル:ものすごくたかい
・HP:たくさん
・MP:たくさん
・ちから:つよい
・すばやさ:はやい
・まりょく:ぱない
・攻略難度:ちょろい
・保有スキル:いっぱい
・一言:好きな人ができました!
うーん、この……。
相変わらず人を馬鹿にしたようなステータスだ。一言ってなんだよ、あれか。ネトゲとかのメッセージ的なあれ?
ちなみにこんなガバガバなステータスになっているのは、俺の鑑定スキルレベルが低すぎるのとクーリエちゃんのステータスが高すぎるかららしい。
スキルレベルが高いとちゃんと数字になるらしい。
でも今のところ、俺試しに色んな人に鑑定かけてみて、まともに見られたことないんだよね。
「エチゼンさん。今日は1日何をしていましたか?」
「え? 今日? いや、まあ……普通?」
「その普通について話してください」
どうやら思っていたより深刻な話ではないようだ。てっきりバイト先で『クーリエちゃんって一人じゃ頭洗えないんだぜ』って話を披露したのが、バレた件かと思った。
よかったよかった。
「今日だろ? えっと、クーリエちゃん見送ってから、バイト先行ってバイトして、それから……今に至る」
「バイト先ではどうでしたか?」
「いや、どうもこうも普通に働いてたよ」
バイト先は近所の飯屋だ。ポ○モンの主人公バリに喋らない親父とその一人娘が経営している飯屋。
この世界に来る前に中華料理屋でバイトしていた経験が、非常に役だっている。
言い忘れたが、俺はこの世界の人間ではない。ある日普通に死んだら女神とかいう女に会って、この世界に飛ばされたのだ。
この話はまた後で。
「普通に働いてましたか」
「うん、まあ。普通に働いて、ワカバちゃんとお話したり、働いたり、お話したり、お話したり」
「……随分とお話をされていたようですね」
「いや、ちっさい店だし、こんなもんだって。今日は客の入り少なかったし」
バイト先である飯屋『竜のしっぽ』は小さいながら、地元民に愛される暖かな雰囲気の店だ。
客は常連がメインで、その多くは俺のイケ面を見に来るか、ワカバちゃんのキューティクルスマイルを見る為に来ている(配分的に1:9)
先ほど言ったとおり、今日は客の入りが少なく、やることがないのでワカバちゃんとお喋りする機会が多かったのだ。
「どんな話をされていたんですか?」
「いや、どんなって……色々だよ色々」
「色々とは?」
もう面倒臭い! 実家に帰らせていただきます!と言いたいところだが、俺、どうやって実家に帰ればいいんですか?
「そうだな。街の話とか、この国の成り立ちとか、美味い飯屋の話とか、あと俺が元いた世界の話とか」
「ああ、あの妄想話ですか」
「いや、だからマジなんだって。妄想じゃなくて、俺マジで別の世界から来たんだって」
「……」
はいこれ! この話になるといつもこの『まただよ……』みたいなこの表情! 無表情だけど半年一緒に過ごしたから分かるもん!
何で信じてくれないかなぁ!?
「地球の日本って国から来たんだって! もう何回も言ってるだろ!」
「何回も聞かされてますが、何回もこう返します。エチゼンさん、あなたは恐らく記憶喪失で、その失われた記憶を補填する為に脳が他の異世界なんて妄想話を創りだしたんです。あなたは悪くありません。ですが、そろそろ現実を認めた方がいいと思います、もう半年も経ったんですから。大丈夫です、エチゼンさんは一人じゃありません。わたしが傍にいますから」
「諭すように言うのやめて。何かマジで納得しそうだから」
色々と別世界から来たことを証明しようとはするが、俺の要領が悪いのかうまくいっていない。元の世界の持ち物でもあったら話は違うけど、諸事情で全く無いんだよね。
今や俺は、自称異世界人の痛い人扱いだ。
「この話は後にしましょう。それで他にどんな話をしました?」
「……後はそうだな、クーリエちゃんの話とかもしたな」
「わたしの、ですか? それは……どんな?」
よし、信じてくれない悪い子には仕返しをしてやろう。
「クーリエちゃんは俺と一緒じゃないと眠れないとか、一人でお風呂も入れないとか、朝目が覚めて俺がいないとしくしく泣き出すとか、ご飯の時にあーんってしないと拗ねるとか――」
「えい」
クーリエちゃんが真顔のまま、拳を振り下ろした。するとなんということでしょう、食卓が木っ端微塵のみじんこちゃんです。
「――というのは嘘です。クーリエちゃんは裏表のない素敵な人だという話をしました」
「そうですか」
クーリエちゃんがぶっつぶした食卓に『再生』の魔法をかけながら頷いた。
俺は嘘を言ってない。半分は本当のことなのだ。
だがそれを言うと俺がさっきみたいに木っ端微塵になるだろう。あの食卓のようにな。
「他に何か話しましたか?」
食卓パーン現象(この家でよく見られる現象。多分フェーン現象の親戚)を見た俺はかなりビビっていたので、ワカバちゃんと何を話したのか、詳細に語ってしまった。
その中の一つが、クーリエちゃんの気を惹いた。
「……恋の話、ですか?」
「うん、まあ俺らお年頃だし」
「そ、それはどんな?」
あらなにこの子。興味津々?
思春期か! あ、いや思春期なのか。
「ワカバちゃん恋人いないのーとか、恋人にするならどんな相手がいいーとか、そんな話だよ」
「こ、恋人、ですか。恋人……恋人」
おっと、まさかのクーリエちゃんの弱点発見。恋とかそういう話に弱いのね。そりゃそうか。 鬼のように強くても、まだ14歳の小娘だもんな。
よし、もっと盛り上げちゃお!
「あとはほら、俺なんか恋人にどうーとか?」
「――ダメです!」
はい、食卓パーン現象~リターンズ~ね。
クーリエちゃんの何の琴線に触れたのか、先ほどの羞恥混じりの表情からこちらを咎めるような表情にシフトした。
「そ、そういう話はもうダメです。しちゃいけません。絶対にダメです」
「なんでさ」
「なんでもです。ダメと言ったらダメです。家主権限です。こ、恋とかそういう話をバイト先でしてはいけません。したら許しません」
「分かったよ。はいはい分かりました。これからそういう話はバイト先ではしません。バイト先では」
つまりバイト先でなければしてもいいということ。ワカバちゃんを店から連れ出せば、いくらだって恋人アッピルできるって寸法よ。まあしないけど。
俺が取られると思ったのだろうか、クーリエちゃんの思考の機微は分からない。
だが、少なくとも俺が恋人を作ると困る程度には好かれているのだろう。
「……ふぅ。それで、バイトを終えた後はどうしたんですか?」
取り繕うように息を吐いたクーリエちゃんが言った。無表情の中に、ほんの僅かだがこちらを探る様子が伺える。
恐らくはこれが本題だ。
俺がバイトの後、どうしたか。
「いや、だから言ったじゃん。今に至るって。バイト終わって直帰、カラスが鳴いたから帰ってきたわけですよ」
「いえ、それは嘘ですね。今日『竜のしっぽ』は昼時を終えてから、大体14時には閉店してはずです。理由は月1回ある家族のお出かけ日。ですからお店から直帰してこの時間になる筈はありません」
俺のバイト先の情報詳しすぎだろ。つーか俺も知らんかったわ。月1回早く閉まるなーとは思ってたけども。
あ、そういえば今日閉店の後時間あるかって、聞かれたな……もしかしてお出かけに誘われたのか? うーん、惜しいことをしたぞ。
「どこに行っていたんですか?」
さて、どうしたものか。『森が呼んでる……』とか意味不明なことを言って誤魔化すか。
あ、いやそれ前使ったからダメだわ。あの時は『森ですか? じゃあ行きましょう』ってついてきて、森に行ってきのこ取って帰って来て『はい、じゃあ何でわたしのケーキを食べたんですか』って問いかけを誤魔化せなかったんだよな。
うーん、よし。プランBだ!
「ちょっくら娼館に」
「ギルドでしょう!?」
食卓パーン現象~怒りのデスロード~
何だ、結局俺がどこに行っていたかは知っていたわけだ。
それはそれとして、どうやらクーリエちゃんは娼館を知っているらしい。あの真っ赤な顔からして、大体どんな建物かも知っているとみた。
娼館について是非ともクーリエちゃんの口から、レクチャーを受けたいが、そんなことをしたら俺パーン現象~ライジング~確定だな……。
「……冒険者ギルドに行っていたんですよね? 受付の子が教えてくれました『あなたが養ってる《前歯欠け男がまた来たわよ』って」
「何でもするから、その二つ名どうにかしてくれません?」
その二つ名を聞く度に傷が疼く……具体的に言うと失われた前歯があった歯茎が。
いやだ……どうせ欠けるなら《怖れ欠けし男》とか《片翼欠けし男》とかカッコイイ二つ名が良かった……。
「……ああ、行った。冒険者ギルドに行ったよ」
「どうしてですか? もう行かない、そう言った筈ですよね?」
責めるようなセリフだが、こちらを心配するような表情を浮かべるクーリエちゃん。いや、実際に心配しているのだろう。
だが、俺は諦めることができない。
「――まだ、冒険者になるのを諦めていないんですか」