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王都

 ダペルが王都に到着したのはあれから四日後のことだった。王都の門には行列もなければ門兵もおらず、人が自由に出入りしているようだ。こんなことでいいのか、と思いながらも門をくぐると木造の質素な建物が並んでおり、より内側には石造りの堅牢そうな外壁が聳えていた。まだ日は高いのでさらっと散策しようと思い近くにいた男に声をかけた。


「なあ、ちょっといいか?」


「あん? なんだお前」


 男はよく見ればしっかりとした体つきをしており、腰には片手剣が刺さっていた。そして何より身体中に残っている大量の古傷がその男の武勇を物語っていた。荒事を生業とする者だろう。


「図書館がどこにあるのか教えてくれないか」


「ああ、お前も他所もんか。王立図書館なら第二区にあるが」


そういいながら首を外壁の方へ振った。つまり向こう側が第二区ということだろう。


「紹介状がないんなら、向こうには行けねえぞ」


「どうすれば入れるんだ?」


「お前がどういうつもりでここに来たかは知らねぇけどな、コネか力がないやつは王都には居られねえ。」


 男の話では、王都は王城を中心とした同心円状に三層に分かれており、内側から順に貴族街などを含む第一区、身分証を持った者のみが入れる第二区、そして特に制限のない第三区だ。当然、外へ行くほど治安は悪くなり、自分の身は自分で守らなければならない。第二区へ入るための身分証は、王都周辺で行われる魔物討伐試験で認められた者に与えられるそうだ。これは農民が際限なく出稼ぎに来たり、第二区以内の治安が悪化するのを防ぐと同時に、王都周辺の魔物を減らすことに一役買っており、道中魔物に襲われる商人が減るのだそうだ。つまり王都に入るためには、有効な紹介状を書いてもらうだけのコネが、魔物を倒せるだけの力のどちらかが必要になる。力こそが正義。


「それがこの都のルールだ」


「なるほどな。で、その討伐試験とやらは何処で受けられるんだ?」


「第二区の入り口近くに受付がある。そこに行きゃあ、後はわかるだろ」


「そうか、ありがとな」


 ダペルは礼をいうとその場を後にした。しばらく歩くと言われたとおり、第二区への門のそばには人だかりができていた。


「準備はいいか? それではこれより、討伐試験を始めたいと思うが」


 木でできた簡素な台の上に、門兵と同じ鎧を来た若い男が立っていた。この都に仕える者だろう。


「待ってくれ、今からでも参加できるか?」


 ダペルが声をかけると集まっていた者たちは皆一斉に彼の方を向いた。


「なんだい君は、悪いけどこれは遊びじゃないんだ。悪いけど力のない者は死んでしまうよ」


 若い男は気の毒なものを見るような目で、なだめるようにそういった。そこまで来てやっと、ダペルは違和感の正体に気がついた。自分はまだ十四歳の子供だ。魔法が使えなければ魔物と戦おうとすらしなかっただろう。周りの男達からしてみれば、未熟な子供が背伸びをして生き急いでいるように見えるのかもしれない。彼らにも彼らの暮らしや事情があって命懸けで第二区へ入ろうとしているのだ。その目に宿るのは同情か憐憫か、或いは同族嫌悪か。ともかくその誰一人とてダペルの実力を知らないのだった。


「ああ、いや、俺は魔法が使えるんだよ」


そういうとダペルは両手から勢い良く水柱を立てた。上空で拡散したそれは擬似的な雨となり、無詠唱で魔法を使った少年に驚く男たちに降りかかり、目覚めさせた。


「そ、そうか。すまなかった。それじゃあ行こうか」


「よろしくな」


「お前魔法使いだったのか」


 聞き覚えのある声にダペルが顔を向けると、先程道案内をしてくれた男がいた。古傷の男だ。


「ああ、おっさんも試験受けるのか」


「まぁそういうこった」


 王都から東の森へ入ってからどれだけ経っただろうか。ダペルは突然静かになった森に違和感を感じていた。既に試験は始まっている。参加者たちは森を警戒しながら広がっているが、それは何処か覚束ない様子であり、彼らが戦闘に関する素人であることを悟らせた。


「気づいたか、坊主」


 古傷の男が声をかける。


「ああ、森が静かすぎる」


 ダペルがそう言うと、男は少し苦笑いをした。


「まあ、それに気づいただけでも上出来だ。見てみろよ、他の奴らは変化に気づいてすらいない。魔物のテリトリーじゃそういう奴から」


「うわああああぁぁ!!」


 男がそこまで言うと遠くの方から叫び声が聞こえた。


「死んでいく」


 落ち着いて言い切った男とは対照的に、参加者たちは早くも混乱していた。


「オーガが出たぞ!」


「うわあ! 来るな! 来るなあぁ!」


「助けてくれ! 見逃してくれよぉ!」


 悲鳴、何かを叩きつけるような音、そして水が飛び散ったような音がした後に、森は再び静寂を取り戻した。それからしばらくして、先程音がした方から、くちゃくちゃと干し肉を噛むような音が近づいてきた。


「来たな」


 古傷の男が片手剣を抜いた頃には、既に参加者は当初の半分もいなかった。ややあった後、樹々の間から姿を現したのは赤い肌をした巨体の鬼だった。身の丈は古傷の男がダペルを担いだよりも高く、鋭い爪や牙を生やした口周りは血に塗れて赤黒く光っていた。


「行くぞ」


 最初に走り出したのは古傷の男だ。迷いなくオーガの間合いに入ると、片手剣を振り払う。


「シッ!」


 しかしオーガはその巨体からは想像もできない程の速度で避ける。


「速ぇ……」


 ダペルは愕然とした。どれだけ分身を出せても、どんな強力な魔法が使えても、あの速さに追いつくことはできない。凡人と、才あるものの明確な差を感じた。


「チマチマ避けやがって」


 業を煮やした男が今までよりも深く踏み込んだ瞬間、オーガの目の色が変わった。


「オオオオオオォォォォ!!」


 素早く男との距離を詰め、片手剣を持った右手に手を伸ばした。突然のことに男は反応が遅れ、オーガの手を深く切り込むも、断ち切るには至らない。オーガは片手が傷つけられたことをものともせず、もう片方の腕で男の首を狙う。


「ファイアアロー!」


 ダペルはすかさず魔法による炎の矢をオーガに打ち込んだが、オーガの肌を少し焦がしただけだった。


「なんだよこいつ……肉体派の癖に魔法抵抗レジスト強すぎんだろ」


 しかし一瞬とはいえオーガの気を逸らすことに成功したため、古傷の男は難を逃れた。


「ありがとよ坊主。危ないところだった」


「おう。それよりあいつ魔法に強いのな。全然倒せる気しねぇわ」


「そりゃお前オーガを魔法で倒せるわけねえだろうが。焦げてるだけでもおかしいわ。っていうかお前はどんな魔力してんだよ」


 ダペルと男が会話をしている間にもオーガは他の参加者を食らっていた。辺りに試験官の姿はなく、自分たちでなんとかするしかない。


「しゃあねぇ、もっかい行くか」


 古傷の男が再びオーガに立ち向かおうとしたとき、それは起こった。


「アースウォール!」


 若い女の声と共に、オーガの足元の地面が隆起し、オーガがバランスを崩す。見ると、魔法を放ったのはダペルと歳のそう変わらない少女のようだった。今放たれた魔法は土属性の 防御魔法。多くの魔法を習得したダペルでもこの場で使おうとは思わなかった。しかし彼女は応用することでオーガの動きを一時的にではあるが止めた。


「魔法使いはぶつけるだけが能じゃないのよ」


 少女は得意気に言うと、次の魔法のために集中しだした。


「そうか……そうだな、ありがとう。おかげでいい案が浮かんだよ」


 ダペルはそう言うと、巨大な火球を作り出し、それをオーガの足元に放った。


「エクスプロード!」


 火球は爆発し地面をすり鉢状に抉る。オーガはあまり傷ついていないが、足元が崩れて動きを止める。しかしダペルは魔法の発動を止めない。


「エクスプロード! エクスプロード! エクスプロードォ!」


 息つく間もなく放たれる魔法の爆発によって、オーガが立っている場所はみるみる低くなっていった。さながら落とし穴に落ちたような状態のオーガは、なんとか登ろうとするがダペルはそれすら許さない。水属性の最初級魔法でオーガのいる穴を満たすと、とどめに、再び魔法を発動する。


「アースウォール!」


 オーガがいた穴は今、水で満たされた上に土属性防御魔法で蓋をされた。中にいるオーガは勿論生き埋めである。


「ふぅ、終わったな」


 ダペルが満足気に頷くと、古傷の男と魔法使いの少女は目を見開き口をあんぐりと開けていた。


「……え、どうした?」

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